A boy in wonderland.
…
その次の日、点滴跡の残った腕を見ながら、俺は自室のベッドの上に寝転んでいた。
真夏、エアコンの無い部屋。でも、そこにしか俺の居場所は無かった。いや、本当はそこにも無かったのかもしれない。
母とは何も話さなくなり、姉は仕事、父は旅行から未だ帰ってきていない。
俺はとにかく気を紛らわそうとした。手始めに、溜まっていたアニメを消化しようとした。
…が全く面白くない。
観ていられないのだ。
つまらないアニメを観ているわけじゃない。昔好きだったアニメの2クール目だ。アニメは悪くない。
変わってしまったのは俺だ。
違和感を感じつつも、まだ気を紛らわそうとした。
次にゲームをやってみた。
スマホのゲームアプリを開こうとした…が、全く面白くない。というか、開く事すら苦痛だった。
今まで楽しく感じられていたものが、180度変わってしまった。
何も楽しく感じられないのだ。
そもそも何も考えられない。
思考を巡らせているような、ぼーっとしているような、その間のような。
ただ、違和感と不安だけを覚えた。
…
アルバイトの方は、辞退させてもらった。
テレビ局が怖くなっていたのだ。
学校の方はというと、一学期末期間だったのだが、全て休んだ。特に病名があったわけではないので、普通の病欠、という事になった。
病欠の連絡、事の説明は全部俺がやる事になった。
あまりにも気分が悪いので、本当は母にお願いしたかったのだが、その要望は受け入れられなかった。
母としても、息子にどのように接していいのかわからなかったのだろう。
ただ一言、「痩せたね。大丈夫?」と言われた事だけは覚えている。
俺は心の中で、"大丈夫ではないから痩せちゃったんじゃないか。"と憤っていた。
…
8月に入ると、追試験を受けられる事になった。教科は限られてしまうが、主要教科は受けることができた。
学校では友達は多くなく、だが、それなりに充実していた。
去年、今年と同じクラスの唯一の友達、山口佳子に連絡を取った。
"テスト、どんな感じ?今度追試があるんだよね。"
"学校休んでたよね。体大丈夫なの?試験の方は〜"
と、結構内容を教えてもらった。
元々ある程度勉強をしていたので、全く集中できなかったが、どうにかなった。
試験時間、机に向き合うことすら困難になっていた。
…
テストが終わると、家から出なくなっていた。外は暑いし…と言いたいところだが、そういう事ではない。
外が怖いのだ。
もしかしたらまた発作が起きてしまうかも。
もしかしたら熱中症になるかも。
もしかしたら外出中に家が火事になるかも。
もしかしたら自分のせいで家が崩壊するかも。
そんなことが頭の中から離れない。
お陰で、俺は外に出なくなった。
…
もっと困った事がある。
家の中にいるのも怖いのだ。
家にいると、動悸の音が聴こえてくる。
しかも、世の中と隔絶されたような感覚に陥る。
これが酷く憂鬱なのだ。
気づけば学校に行けなくなっていた。
電車にも乗れなくなっていた。
外出もできなくなっていた。
何も楽しく感じれなくなっていた。
自分の人生に、光を見出せなくなっていた。
そう、迷い込んでしまったのだ。うさぎに招かれたアリスのように。