ラクガキ 虫刺され
姉がしきりに腕を掻いている。
覗いてみると、腕一面にびっしりと赤い粒のようなものが浮いている。
「うわっ。なにそれ。虫刺され!?」
「うーん……。なんだろう……」
どこかぼんやりした目で、腕を掻き続ける姉。
「ちょっと、どこでこんなになったの?部屋?」
「うーん……。どこだったかな……」
「いつからなの?」
「うーん……。いつ……だったかなあ……。ずっと前……最初から?」
何を聞いても、姉は曖昧に首を傾げるだけ。その間も腕を掻き毟り続けている。ぼりぼりと掻くたびに腫れが一層盛り上がり、今にも中から赤く吹き出そうだ。
「ちょっと、もうやめなよ。血が出るって」
「うーん……」
「やめなって。余計酷くなるよ」
「うーん……?」
「ほら、手をこっちに置いて。うわー、酷いな、これ。っていうか、こっちの腕も、足も……首も!もしかして全身刺されてるの!?」
「うーん……」
「とにかく、薬持ってくるから!じっとしてて!明日、病院行きなよ?あと、今夜はとりあえず部屋に線香置いて」
「必要ない」
姉は急にきっぱりとした口調で遮った。一瞬前までとは打って変わった強い目でこちらを睨みつける。
「いらないから。絶対に線香なんて置かないで。いい?」
「わ……かった」
有無を言わせぬ圧力を感じて、抗議の声を飲み込んだ。
しかし、あの虫刺されはただごとではない。深夜、姉が寝ているのを確認し、そっと部屋の中に火をつけた線香を設置しておいた。
翌朝、姉は起きてこなかった。昼近くなり、姉の部屋を覗いてみた。一目見て、うっと息を呑む。
部屋のなか一面に、赤く細長い紐状のものが散らばり、蠢いていた。柔らかいベージュのラグの上で、無数の赤い紐がのたくっている。恐る恐る室内に踏み込んで観察すると、それはミミズに似た見たことのない生物だった。線香の香りのなか、それらは断末魔に苦しみ悶えているようだ。
何故こんなことに。どこから湧いて来たのか。そして、姉は?
振り返ると、ベッドの中に姉のパジャマが見えた。だが、中身がいない。パジャマは脱ぎ捨てられたようにベッドに置かれている。一体、姉はどこに……?
と、そこで勘違いに気付いた。姉はいた。目の前に。ちゃんとパジャマを着て、ベッドの中にいた。ただ、姉は皮になっていた。まるで空気を抜いたあとの風船のように、ぺちゃんこで皺だらけの人型の皮。干からびた皮がパジャマを着て寝ている。
何故。どうして。
呆然と姉だったものを見下ろす。目の前で、皮の一部がかすかに動いた。皮の表面に残る、無数の盛り上がった腫れのひとつから、赤い紐がにゅるりと這い出してきた。濡れて光るそれは、皮の上を這い、ベッドのシーツを這い、ぽとりと床に落ちて痙攣した。
線香の香りのなかで、私はただ立ち尽くした。