友達
今日で僕が北涼高校に通い始めて三日目になる。未だ新しい友達はできていない。もちろん自分の席の周り、大希の席の周りの何人かとは軽く話はしたが、全く会話が弾まなかった。そして僕は人の顔と名前を覚えるのがものすごく苦手である。話していても『この人は確か…えっと…あ、名前出てこねぇ』となってしまう。今のとこ完全に名前と顔が一致してるのは長身のハーフ「クリス・拓洋」君ぐらいだ。これぐらい特徴がなければなかなか覚えられない。
そんなこんなでなかなか人と話す勇気も出ないまま今日も昼休みが来てしまった。もちろん1人で昼飯を食うことになる。大希は持ち前の明るさで既に自分の席の周りの人達と仲良くなったらしい。さすがにあの中に混ざる勇気はない。大希が羨ましいと思いながら仕方なく1人で昼飯を食べようとしたところ、斜め前の席に座ってる男子から声をかけられた。
「ねえ、一緒に弁当食わない?」
「ゔぇ!?」
さすがに予想外の出来事で心臓が口から出るくらい驚いた。てかもう出てた。反射でものすごい声を出してしまった。
「いやかな?」
「い、いや全然全然。」
ものすごく嬉しい提案だし、断る理由も一つもない。北涼で初めての友達ができるチャンスでもある。しかし、1つ問題がある。名前がわからないのだ。顔は見覚えがある。確かに見た事はある。だが名前が全くわからない。どうにかして教卓に置いてある名簿表を見に行けないかと思っていたところ、
「えと、平野くんだよね?」
「え!?名前知ってるの?」
「いや、もちろん だって入学式で先生がクラスの人の名前呼んでたじゃん」
「あ、あぁ 確かに そ、そうだよね ハハハハハ…」
嘘だろ。そんなんで覚えられるものなのか。それでもってほんの数言会話しただけで分かるが、この人は"THE 好青年"である。僕とは真逆の人間だ。記憶力も含めて。正直もう既にこの人に僕は惚れた。もう今すぐにでも握手をして「友達になろう!」って叫びたくなった。中学生の時は陽キャに振り回されて3年間が終わってしまったので、こういう好青年と健全な友情関係を育みたいとずっと思っていたのだ。この機会を逃すともう僕に平穏な高校生活は訪れないだろう。
だが名前がわからない。どうすれば、自然な流れで聞けるだろうか。
「くそ、どうすれば…」
「ねえ、平野くん 俺の名前わからないっしょ?」
「え、ええ!?なんで!?」
「いや、だってずっとなんか考えてるっぽいし、チラチラ教卓の生徒名簿見てるし」
「バレた……いや、実はおっしゃる通りでして…顔と名前を覚えるのが苦手で…」
「まあ、しょうがないよ どこにでもいそうな名前だしね。俺の名前は齋藤岳斗」
「さいとう…がく…と。 がくと!?」
「そう!」
苗字は確かに普通だった。だが、名前が全然普通じゃなかった。"がくと"と言われてしまったらもう完全に脳内で英語で表記されてしまうし、そんでもってデコピンの映像が脳内を駆け巡ってくる。しかし初対面で「あは!おかしな名前だね!」なんて言ってしまったら完全に嫌われるだろう。僕は齋藤くんに絶対嫌われたくない。好かれたいのだ。言っちゃえば愛されたい。全然変な意味ではなく。
その後は齋藤くんと合う話を探りながら弁当を食べていたのだが、会話が弾んでるのかどうかも全くわからないし、齋藤くんが楽しんでくれてるのかどうかも全くわからないしで、弁当の味は全く感じなかった。どうしようどうしようと、頭がこんがらがったまま昼休みの終わりのチャイムがなってしまった。
「はあ、結局仲良くなれたのかどうかもわからないなぁ…。」
その後は授業でも全く会話する機会はなく、下校の時間になってしまった。放課後にもう1回話がしたいと齋藤くんを探してみたが既にその姿はなかった。大希はこの後部活の見学に行くらしいので、仕方なく一人で帰ることにした。
来週には宿泊研修という人見知りにとってかなり最悪なイベントが待ち構えてるというのに、未だ1人も友達が出来ていない。落胆しながら自転車を漕いでいると、前を1人の北涼生が歩いていた。見覚えがある。というかさっきまで探していた人。齋藤くんだ。
「齋藤くん!」
「え?あ!平野くん」
「偶然だね。まさかここで会えるとは」
「ほんとだね」
もうここしかない。「友達になろう!」を言うのはもうここしかない。ここを逃せば僕は3年間ずっと独り身だろう。どうやって言おうか、どのタイミングで、どの話の流れで、どの…
「あ、平野くんさ LINE交換しようよ」
「え、ええ!?」
「なんでそんなビックリしてんの? 友達でしょ?」
「僕と齋藤くんが 友達…?」
「え、違った?」
「い、いや その嬉しくて 泣きそう」
「そんな?平野くん 変な人だね ハハ」
僕は齋藤くんが好きだ。