ミニマリスト
短編集
ミニマリスト
不揃いの芝生を太陽の光が刺すように照らしだしていた4月上旬の土曜日、ロバートは重い腰を上げてガレージに向かった。その後ろを4歳になるジェームズが手を右に左にに振りながら追いかけて来る。「お父さんは今からガレージを掃除するけどジェームズも来るかい?」と尋ねると、ジェームズは大きく首を縦にふった。
冷たいドアノブを捻り外に出ると、上着がいらないほど暖かかった。寒く厳しかった冬も終わりをつげ、辺りを厚く覆っていた雪は先週からの暖気でほとんど溶けてしまった。残っているのは木の幹の影に隠れている厚さ2cmくらいの雪だけで、それはクリスマスが終わった後のイルミネーションみたいだった。
気持ちのいい日差しが庭に降り注ぎ、若葉の香りが湿った地面からする。野球をするにはうってつけの日だなと思った。しかし、ダメだと自分を制した。今日は前からガレージに溜め込んでいたガラクタを片付けると前から決めていた。
ジェームズとキャッチボールでもしたらどれほど楽しいものかと太陽が照らす庭を見つめた。
舗装されたタイルの上を歩きガレージの前に立った。長方形をした人差し指ほどの無線の鍵を使うと。ドアが自動で上に開き、正午の暖かな光が中を照らした。中には黒のSUVが一台と大小様々な荷物がガレージ全体を覆い尽くしていた。車が停められているスペース以外は全て物が置かれており、車は肩身狭そうにそこに佇んでいた。車を停めているスペース以外は物で埋め尽くされている。それは深い雪山にある小さな洞穴を遠くから眺めているのと似ていた。
「こんな光景は二度とごめんだ」深いため息をついた後、ようやく決心が固まった。余計なものは処分していこう。まずはガレージから物を出すところからだ。
ガレージは一面ガラクタでいっぱいな上に、長年放置された結果それらを埃が灰色に染めていた。ガレージの奥側に踏み入れると、息苦しくなり鼻はムズムズした。
ジェームズは早々に隅に置いてあったオモチャ箱を早々に見つけて、掃除への興味を失ってしまった。箱の中からオモチャを取り出して、暖かい光が射している庭で一人で遊んでいた。
重いものや軽いもの、とにかく色々なものがガレージに置いてあり、自分でも驚いた。全ての物を運び出し終わったのは夕方だ。ジェームズは既に家の中に入り、お昼寝をしていた。
一度家の中に入り、インスタントコーヒーの粉をカップに入れ、ぬるいお湯を注いだ。熱湯と冷水の間くらいの温度で淹れたコーヒーはピザ窯のススのような味がした。 休憩を終えてガレージに戻り改めて出したものを見ると、どれも使わないものばかりだと気が付いた。必要なものは自転車の空気入れや、車の掃除用具など数えるくらいしかなかった。それ以外のガラクタは翌週のホームセールスで売っぱらった。
綺麗になったガレージは見違えるほど広く、同じ大きさのSUVが2台は軽く置けそうだった。今まではただの道具としてしか考えてこなかった車が、広々とした空間に威風堂々と佇んでいるのを見てロバートは一人で微笑んだ。洗車をして久々に家族でドライブに出かけたのはガレージを掃除して数日後だった。
私がミニマリストを志したのは10日ほど前のことだ。子供の頃から、物を捨てるのに抵抗があり、嫌な思い出や記憶さえも忘れることができないほど整理が下手だ。
金曜日の仕事帰り、古本屋にふと立ち寄った際に目に入った本を手に取った。その本のシンプルかつ芯のある表紙に惹かれた。幅は薄く白地の背景に「解放」と赤い縁で彩られた字、表紙の真ん中には黒い革製の旅行用カバンが堂々と立っている。「解放」と言う名のタイトルのその本は、文字を見るだけだと宗教臭く説教っぽいことが書いているかと思ったが、私の人生を揺るがすほど重要な本となった。
内容は本の表紙のようにシンプルだ。多くを持つことにより物事は複雑になり効率が悪くなる、一方持つものが少ないと集中ができ豊かな人生を歩めるといもの。最初に目次を見たときはイカサマ臭いなと思ったが、気がつくと本は手元にあった。
夕食後に一気に本を読み終えた私は、半信半疑でその夜に、物で溢れていた机を片付けた。 驚いたことにその日以降、机での読書や仕事がすこぶる捗るようになった。周りに物がなくなったことで気が散らず、一つのことに対して集中することができるようになった。まさに本に書いてある通りだった。
私はその時から必要なものだけを持つシンプルな生き方に魅了された。人生には多くの物は必要ない、必要なものだけで事足りるのだ。
それ以降、服も靴も使わないものはリサイクルに出した。自分の使わなくなった服が、どこか見知らぬ遠い国で使われるのだと考えると、善い行いをしているように感じた。
自分の寄付によって、裸足でぬかるんだ地面を歩いている子が一人でも救われると思うと、空虚な自分がマシな存在に思えてきた。
そうした気持ちで洋服を寄付するとクローゼットの中身は数える程しか残らなかった。
どれだけ余計なものがあったんだろうと広くなったクローゼットを見て首を横に振った。
いつも毎朝何を切るか迷っていた私が、洋服をリサイクルに出した翌朝から着るものを考える必要がなくなった。洋服の種類が少なくなったのと、シンプルなデザインの洋服しか残らなかったため、どれを着てもそれなりに格好がつくということがわかった。不思議なことに職場で着ている服を褒められるようになったのだ、以前と同じ物を着ているのにも関わらず。
シンプルに生きるのは、無駄な時間を減らし有益なことに時間を回すためのプロセスなんだと気が付いた。それ以降、私は余計なものはどんどん人生から排除していった。
自分との約束を守ると決めた私は、早速次の日から実行した。
手始めに職場の机から始めた。書類の山が机の両端を埋め尽くしており、遠くから机を見ると山と山に挟まれた谷のように見える。職場では私の机に行くことをハイキングと呼んでいるやつもいるくらい書類が積み重なっている。これまではそれらの書類を邪魔だとは考えたこともなかった。
しかし、シンプルの魔力に魅了された私はあの時、自分の仕事机を見て眉間にシワを寄せた。 まずは書類の中身を見て、必要なものと不要なもの、2つのボックスに分けた。作業を始めると気がついたが、不要な書類の方に圧倒的に書類が溜まっていく。必要な書類はせいぜい書類の上から数枚程度だった。それ以外はもう使わなくなった紙くずなのだ。使うだろうと思っていたものが、ゴミだということを知って少しショックを受けたが、それと同時に本当に必要なものは数えるほどしかないんだと学んだ。
一時間後には机は綺麗に片付き、山は今では整地された道となっていた。通りかかった同僚たちは目を見開いて驚き、机を何度も見物しにきた。
机を綺麗にしてからのロバートの働きぶりは目を見張るものがあった。今までは真面目だが、冴えない40代の男だったが、机を片付けて一ヶ月後には営業のトップセールスにまで上り詰めていた。
机が書類で埋まっていた時は、次に何をやればいいのか皆目見当がつかなかったが、今では次に何をするべきかが手に取るようにわかる。キャリアも同様に見通しがついてきた。今までほとんど話すことのなかった上司から、食事に誘われたり、社長から会議に呼ばれたりなど、このまま成績を保てば、いつか夢に見ていた役員になれるのもすぐなのではと淡い期待をよそに仕事に精を出した。選択肢が少なければ少ないほど、フォーカスできるようになるらしい。シンプルに生きるのは良いことづくめだ。
私は普段の週末、平日の疲れから遅くまで寝ており、起きてからは何も考えずにテレビの前で過ごすというのが日課になっていた。ジェームズが遊びにきても「お父さんは疲れてるから、あっちでママと遊びな」というのが常だ。かわいそうなジェームズ、これからはそんな悲しい思いはさせない。ロバートの日常は変わりつつあった。必要のないことには手を出さないようになった彼は、テレビを見ることも昼過ぎまで寝ることもなくなった。週末は朝からジェームズや妻と出かけてリフレッシュをし、夕方からは仕事の効率を上げるために本を読んだ。
今までの人生を振り返ると無駄なことに相当の時間をつぎ込んできたことがわかる。意識を変えるだけで、これまで平凡に生きてきた人生が急に色づいた。それはまるで、モノクロの絵が急に色彩を得たかのようだった。息子と遊び、本を読んだロバートは久しぶりに心から充実した時間を過ごし、深く眠りに落ちていった。
オフィスに行き、自分の机を見ると、自分でさえ不思議な感覚がある。今までの汚かった机がこんなに綺麗になるものなのかと感心してしまった。
熱を持って仕事に取り込むようになってから、明らかに周囲の対応が変わり出した。以前は腫れ物に触るかのように波風を立てないように話しかけられてたが、今は気さくに話かけられるようになり、同僚とのコミュニケーションの機会も増えた。
思い返せば私は気が短かった。自分に対して不利なことや気にくわないことがあるとすぐに怒り出す。ガスを充満させた部屋に火をつけたかのように一瞬で爆発する。これが今までだったが、今では相手の意見を最後まで穏やかに聞き、的確なアドバイスができるようになった。それは意識したことではなく、やるべきことにフォーカスをした結果であった。それからは部下からの信頼も厚くなり、チーム一丸にプロジェクトを取り組むようになった。
そうすると、目をみはる成果が現れた。今までは常に最下位だった私のグループの成績が右肩上がりに上昇をし続け、半年後には会社の中でトップになった。社員のみんなは何が起こったのかわからなかったが、私には確かにわかっていた。ミニマルにシンプルに生きることが成功の鍵なのだと。人生を豊かにするには全てをシンプルにするしかないと反芻をするように何度も唱えた。
全てのことを限りなくシンプルにしようと決意した私は食べるものから変えていった。朝はビタミンやミネラルが効率よくシリアルを毎日食べるようにし、昼食は曜日ごとに食べるものを決めた。これで毎日何を食べるか考えていたあの煩わしい時間もなくなる。ただ決めた場所にいき、決まった物を口に運べばいい。
仕事もマニュアル化をした。どんな人がやってもある程度の成果が出るように工夫をし、能力の差に関係なく誰がやっても同じようにした。できる限りシンプルに誰でもできるようにを念頭に置いたのだ。もちろん場面場面で行動は異なるため、マニュアルは多少長くなったが、それらをイレギュラーを網羅することにより誰がやっても同じような成果が出るようになった。そのため、私の部下になると仕事ができるようになるという噂が社内で広がった。
期を追うごとに私の評価は上がっていき、ミニマリストになろうと思った日からちょうど一年経った時、会社に入った時から夢に見ていた役員になった。昇進を聞いたときは天にも昇る気分だった。シンプルさは最大の武器だと気がついたロバートは、物事の単純化を追求していった。今までは紙や服などの物を捨て、シンプルさを手に入れていた。物もある限度を超えると取捨選択ができなくなる。つまり、追求すると必要なものだけが残り、それ以上は捨てられないのだ。それに気がついたロバートは不必要な考えを消していくようになった。どれが必要で不要かは、自分に問いかけるとわかってくる。理由を1から10まで考えれるものは必要でそれ以外は不要なのだ。そして人は、一人一人物事を考えるときにある一定の法則を所有している。Aを考えたら次はBを意識せずに考えてしまうような舗装された道があるのだ。これらはいつも同じような結論に考えを導いてしまう傾向が強い。それに気がついたロバートは自分の考えの癖を消すように努めた。最初はなかなか上手くいかず、ムッとすることも多かったが何度も経験するうちに対処の仕方が掴めてきた。そのうち考えの癖はなくなり物事をバイアスなしに見れるようになってきた。そうすると物事を自分の視点だけでなく他社の視点から見れるようになる。意見が2倍3倍になり、様々な角度から物事を見れるようになる。これはロバートが仕事をする上で大きな役に立った。意見を求められたときに自分の意見だけでなく、他者の視点から物を言える。それだけでなく、自分の意見を主張するために他の視点の意見を使えるようになったのだ。ロジカルで厚みのある意見を常に出すロバートは役員になってからも蒸気が地面から空に昇っていくように評判を上げていった。
徹底的に物事を排除していくロバートのやり方には目を見張る。今まで欠かさず見ていたテレビは一切見なくなり、会話をする際にも必要かどうかを考えるようになった。全てを自分にとって有益かどうかというモノサシで測るようになり、知らず知らずのうちに利己的になってた。 シンプルを突き詰めることによって家庭内の関係は鉛のように冷え切っていた。妻や子供との会話もメリットがあるかどうかで判断するようになった。以前食事をしている時は、ジェームズの学校での話題を微笑みながら話していたが、今はそのような話になってもロバートは顔色一つ動かさない。眉間に皺を寄せ虚空を見つめてずっと何かを考えているようなのである。食事時は機械的に食べ物を口に運び、さっさと自室にこもってしまう。 ロバートが家族との団欒に介入しなくなったことによって、家族間の会話は極端に減った。
ロバートは一人で遊ぶことが増え、顔に笑顔を浮かべる回数が日毎に少なくなっていた。妻も夫であるロバートに愛想をつかせ、職場の同年代の男と関係を持つようになった。まるでジェットコースターのように家庭環境は壊れていった。少し前までは暖かく笑顔が絶えない理想の家族が、ロバートのミニマリズムによって壊滅し干上がった海のように手がつけられなくなってしまった。
ロバートは会社を良くすること、仕事で成果を出すことにだけ頭を使っていた。そのため、家族との会話は耳にも入ってこないし見えてもいなかった。仕事場以外では彼は盲目であり聴覚障害なのだった。そのため、彼は家庭で起きている一切のことに関して気がついていなかった。
ロバートが仕事が帰ってきたある日、家は喪服を着せたように静かだった。静かに考え事をできて都合が良いなと、久々に口角を上げた。家は電気がついていなく真っ暗で人の気配はしなかった。妻とジェームズは友達の家でも行ったのだろうかとロバートは考えたが、部屋の明かりをつけるといつも以上に室内が広々と感じられた。
昨日まであった食器や家具、洋服がなくなっているのだ。ついにロバートに感化されて、妻もミニマリズムの素晴らしさを知ったのかと考えたが、どうも片付きすぎている。歩みを進めると床の軋みが聞こえるほどしんとしている。よく見ると生活をする際の必要最低限のものまでないのだ。そこでロバートはようやくテーブルの上に何かがあるのに気がついた。
広々としたテーブルの上にA4の紙が一枚、意志を持つかのように佇んでいる。黒を基調にしたテーブルの上に、白い紙が置かれているコントラストは不思議に綺麗だった。今ではロバートの信条になっている「シンプル」を象徴する図であった。
そのA4の紙は、ロバートと妻の間にある婚約関係を破棄するものだ。所謂、離婚届がそこには置いてあった。そのことを認識した時、ロバートはさほどショックを受けなかった。というのも、仕事のことで頭がいっぱいだったのだ。スーツを脱ぎハンガーにかけ、ネクタイを外した時にふと、頬に生暖かい水気を感じた。次の瞬間に、ポトっと床に涙が落ちた音が遅れて聞こえた。ダムが決壊し水が押し出されあふれ出すようにロバートはひたすらに泣いた。自分がどれだけ妻とジェームズを愛していたことか、愛しい彼らのためならなんだって投げ捨てる覚悟だった。
深く彼らのことを考えた末に彼はハンマーで後頭部を殴られたような大きな衝撃を受けた。私が今、一番楽しみ充実している時間は仕事かもしれない。家族を思ってひとしきり泣いた後に考えたことは、明日のプレゼンの進行だった。そして、それは彼を慰め元気付けた。仮に離婚をして、ジェームズがどこかへ行っても後悔はしない。私は私のやりたいことをやるのだ。家族がいなくなれば、かえって仕事について考えれる時間は増えるとまで思っていた。
今までロバートを支配し、最重要として考えてきた家族はもはや必要がなくなっていた。自分に課せられた期待を超えること、課せられた仕事を効率よくこなすことがゴールなのだ。一般の人が描くゴールが私のゴールではない。自分が信じた道をただただ歩むのだ。それが人生なのだ。お金や情や家族などはいらない。自分に課せられた責務を一つ残らず完璧にこなすのが私の人生の目的であり。ミニマリズムなのだ。
家には薄暗い光が2つ付いており、四角い窓枠からレース越しにロバートの後ろ姿がぼんやりと見える。それは安住の地を求めて飛び立った鳥の群れから逸れた、一羽の鴨ようだった。どこに行けばいいかも分からず、ただ左右を見渡すことしかできない。流れにのってどこかへ向かうには遅すぎた。11月下旬の冷たい外気が庭の芝についた露を霜に変え、本格的な冬がやってきた。