episode final 10 minutes duon bay
放課後の三十分戦争・番外編
5 minutes duon bay
episode final
10 minutes duon bay
階段を登りきって屋上のドアを開けると、梅雨明けの昼下がりの青空がどこまでも広がっていた。
気持ちのいいまぶしい日射し。しかし吊り紐を通してずっしりと伝わる機関銃の重みと階段を駆け上がった息苦しさが、コノミに現状を思い出させる。
物陰に身を隠し伏せているANTAM。絶え間ない銃声。すでに不死兵は、向かいの二号棟の屋上を占拠している。
川沿いの、十五階建ての高級マンション。周囲にこれより高い建物はなく、周囲一キロは完全に不死兵の射程内なのだ。
屋上にいる不死兵の数はまだ少ない。Stgが一人いるだけで、他はライフル。火力だけなら、この四号棟屋上のANTAMだけで上回っている。
「どうした?」空調設備のそばで倒れているANTAMにコノミが駈け寄る。
目立った外傷はない。万能止血軟膏で治したのだろう……そばで手当てをしていたANTAMが状況を話した。
「首を撃たれて……万能止血軟膏で傷は治したんだが、それでもまだ動けないって言うんだ」
「プラムL7!聞いてた?……ハア?知らねえよ!」自分の首を触ってから、負傷したANTAMの首をそっと触る。
「あー、わかった。確かになんか変だ」無線を聞いているコノミのそばでコンクリートが砕け、跳ね返った弾がキューンという音とともにどこかへ飛んでいった。
「ACR-253さん、こちらプラムL7」コノミが撃ち返している間にタカヒロが手当てしているANTAMに呼びかけた。
「おそらくACR-249さんは首の骨を損傷しています。呼吸や脈拍に異常がなければ、周囲の安全が確保されるまでそこを動かさないでください」
万能止血軟膏ですぐに傷が治るとしても、銃弾の一発一発が致命傷になる。それにひきかえ、
「まずいね。屋上の不死兵、“覚醒”している」コノミが言うと、そばにいたANTAMが不思議そうに聞いた。
「不死兵だって元は人間なんだ。撃たれるのは恐いし痛い。それが撃たれるうちに慣れてきて、平気になる。不死兵として、覚醒するんだ」
コノミの銃撃にも不死兵はまったく動じない、弾が当たってようやくのけぞり、しかしすぐに銃を構える。
「あたしが引きつける!花火が上がるからそれを合図に、キチンと狙って頭を撃って!……さっちゃんよろしく!」
物陰から飛び出して、移動しながらコノミが短い連射を不死兵に撃ち込んでいく。歩きながらの連射は不正確で、不死兵は落ち着いて狙いを定める。
「そして覚醒したてでイキッてる不死兵には、こいつが特に効くんだ」
不死兵の頭の上で、青い閃光が閃く。
コノミの銃撃を目安に、地上から角度と距離を計算しての、四十ミリEMPグレネード弾のエアバースト攻撃。
EMPグレネードの電磁パルスが、半径数メートルにいる不死兵の再生能力を、一時的に無効化する。
「今だ!」屋上のANTAMが銃撃を浴びせる。
撃たれても、平気じゃない。そう不死兵が気付いて驚愕の表情を浮かべている間に、ANTAMの銃撃が不死兵の頭をとらえた。
エレベーターを降りると、コノミの機関銃の発射音が聞こえる。各部屋の入口がある二号棟北側は他の棟のANTAMが見張っていて、比較的安全だ。
「急ぎましょう。不死兵は壁や天井を破壊して被害を拡大しています。先週同様の手口で、カナダで四百人近くの死者が出ています」
タカヒロが手にしている、自力で避難できない要救助者のリストには、すでに多くのバツ印が記されている。
生存の見込みなし。または、襲撃済みを確認。発見が遅れたとはいえ、予想外に被害が大きい。
「今度の要救助者は、人工呼吸器とペースメーカーを使用しています。EMPグレネードは使えません」
マジか。言いながらハルタカが電解弾を用意する。
「そのかわり、この建物の断熱材や塗料には、シュリンゲンズィーフ線遮蔽材が含まれています。窓際でなければ、不死兵の再生能力は大幅に低下します」
電解弾を装填しておく必要はなさそうだ。「おっし」指に挟んでおく。
タカヒロが鍵束から鍵を探している間に、部屋の奥から爆発音が聞こえた。
「不死兵の好物は生きた肉です。市民相手に手榴弾はまず使いません。壁を爆破しただけです!」鍵を探す手がもたつく。
自分に言い聞かせる。「まだ間に合う!」
まかせろ。
「デッドサイレンス」「ストーカー」「アンプリファイ」ハルタカのパークバッジの人工音声。
ハルタカが鍵束を取ると、正しい鍵を取り出し鍵穴に差し込んでそっと回した。音もなくドアを開け、中に滑り込む。
いざ前に進むとなると、迷いがない。それはナオやコノミ、サチに至るまでそうなのだ。そうタカヒロは思った。
ハルタカの開けたドアからタカヒロも突入する。ちょうどショットガンの轟音とともに、胸と頭を撃ち抜かれた不死兵が崩れ落ちるところだった。
その向こうに、MPを構えた不死兵。タカヒロは、ライフルの銃身の下に取り付けられた強力なフラッシュライトでその顔を照らした。
ストロボモードの、激しい光の明滅に、目がくらんで視点を合わせられなくなる。一時的だが目を撃つより効果的に、不死兵の視界を奪う。
ハルタカが次の敵を撃ってリビングルームに突入するのを確認してから、タカヒロは不死兵の頭を撃ち抜く。
部屋は薄暗い。シュリンゲンズィーフ線は遮蔽されていて再生速度は遅くなっているが、一分もすればまた立ち上がる。
突入してきた不死兵は四人。そのうち三人をハルタカが倒し、一人をタカヒロが撃った。
リビングルームの壁に開けられた穴に、ハルタカが散弾を撃ち込む。背中のホルダーに差したショットガン用のスピードローダーで、一気に弾を装填している。
「ANTAMです!救助に来ました!」タカヒロが寝室のドアを開けて呼びかける。
「こちらプラムL4!不死兵と交戦中!要救助者はプラムL7が発見した……ようだ!」
タカヒロが撃った不死兵は窓際に近い。体の痙攣が治まりつつある。ハルタカが最初に撃ち倒した不死兵も、再生が始まってのたうち回っている。
タカヒロが車椅子を押し酸素ボンベと点滴のハンガーを引いて寝室から出てきた。
「撤収しましょう!長居は無用です!」
タカヒロがドアを開ける。……運び出された要救助者が、自分の家に入り込んだ不死兵を見ている。
一体起き上がろうとしている。壁の向こうの不死兵が突入してきた足音が、ハルタカには聞こえた。
無駄弾は使わないつもりだったが。電解弾を装填し、銃に送り込む。
起き上がろうとする不死兵の頭を狙って、ハルタカは引き金を引いた。不死兵の頭が青い閃光とともに弾け飛び、再び崩れ落ちた。
「ばあちゃん、不死兵はやっつけたからな。もういないから安心しな。でもまた来るかもしれないから、急いで逃げような」
ハルタカが車椅子を押しながら要救助者に話しかける。閉まっていくドアの奥を、タカヒロがストロボモードで照らしていた。
「こちらプラムL7。要救助者を確保。エレベーターまで誘導後、次の任務に向かいます」
不死兵は追撃してこない。ハルタカは救助した老人の手を握って、話しかけていた。よくがんばったな。恐かったろ。
エレベーターで待機していたANTAMに引き渡す時には、老人は名残惜しそうにタカヒロの手を握っていた。
「意外におばあちゃん子だという噂は本当のようですね」
「うっせえ!」
狩猟用大口径ライフルのひときわ大きな銃声が中庭に響き渡ると、手榴弾を投げ落とそうとしていた不死兵が仰向けに倒れる。
数秒後に最上階で手榴弾が爆発し、コンクリートの破片が中庭に散らばる。
その破片を上に向けた盾で防いでいるのは、スタンディングモードに変形した、トライチェイサー2019先行生産型。
「要救助者の救助……我々がやるべきことなのだが」
「避難経路の確保も、より多くの人を救う重要な役目です」
言いながらケンジロウはライフルのレバーを操作して、まだかすかに煙を吐き出す空薬莢を取り出してダンプポーチにしまった。
「それに今回は、地区の境を超えて動ける警察が対応に参加してくれたおかげで、被害の拡大が最小限に抑えられました」
今回の襲撃の発端は、川の向こう、神奈川県に出現したポータルだった。。
神奈川県地区のANTAMが出撃し不死兵の封じ込めは早々に終了したのだが、このポータルは囮であった。
第一ポータルからはシュリンゲンズィーフ線のみを放射して、その範囲内に、秘かにポータルを開いて不死兵を出現させる。
それがこの、川沿いの都内のマンション。ANTAMの担当エリアの境を超え、警報の出ていなかった地区を襲撃したのだ。
創設されたばかりの警察POR(警察官による対応)部隊も第一ポータルに対応していた。
しかしそのサポート斑が、マンションの住人との通話が突然切れたという通報から警官を向かわせ、そこで不死兵の襲撃が発覚したのだ。
「プラムL10、第一ポータルの状況は?」
「スナイパー以外のANTAMが集まって、警官が警備してるよ。ポータルを直に見られる滅多にない機会だからね」
「ポータル周辺の警戒を怠らないでくれ。NK9(不死軍用犬)、ドローン、ラジコン飛行機。伝書鳩の可能性だってある」
「考えすぎじゃない?ハゲるよ?」
「ハゲで済むなら結構だ。奴らには何も持ち帰らせたくない。公開されている情報を逆手に取られただけでこのザマだ」
「了解。引き続き周辺の警戒にあたるよ」
通信を終えたケンジロウをPOR部隊隊長は見つめていた。息子とたいして変わらない年齢の、高校生。
しかし彼らこそ、記憶にも新しい馬潟駅襲撃事件で、たった八人で駅ビルを奪還し、未知の敵であった複合キメラ兵と交戦し、崩壊しかけた戦線を立て直した英雄なのだ。
「自衛隊の到着まで、あと五分の予定です」本部からの無線連絡。
ふんわりと、カツオだしの効いためんつゆの香りが漂ってくる。襲撃が始まったのは昼下がり。夕食の支度にはまだ早い。
振り返ると、ベンチに座った女子高生が、カップ麺にお湯を注いでいる。どこから持ってきたのか、電気ポットで。
ANTAMの腕章。脇に置かれた巨大なグレネードランチャー。
「五分して自衛隊が来たら終わりってわけじゃないぞ。それまでに何が起きるかもわからない」
「だけど五分後に、ドゥオン・ベイができあがることは、確かだよ。自衛隊が来なくても。何があっても」
住民の避難はほぽ完了し、要救助者の救助も順調だ。屋上は膠着状態だが、自衛隊が来れば好転する。何もなければ、任務は終了する。
だが、これで終わるはずがない。
「こちらプラムL2!不死兵と交戦中!要救助者は殺害されている!」
軽いが鋭い銃声。激しい連射の応酬。
「ちょっと待ってくれ、プラムL2が向かったのは……302号室!?そこまで不死兵は来ていないはずでは?」
「だから彼女を行かせました。カナダで被害が拡大した謎の答えが、たぶんそこにある」
同じバスタブに不死兵と犠牲者が入っているのが不快で、ナオはバスタブに突っ伏した不死兵の死体を床に転がした。
「こいつらの侵入経路がわかったよ!」突入して来ようとする不死兵に、ドア越しに銃撃を浴びせる。
それでも怯まずドアを開けようとする不死兵より早く、ナオがドアを開けて不死兵の心臓に銃剣を突き立てた。
「壁を伝って窓から侵入してきた!そういう装備と訓練を受けている!シューネルフォイヤーの二丁拳銃なんて初めて見るよ!」
不死兵はナオのカービンを掴んで離さないつもりだ。「不明のパークです」ナオのパークバッジの人工音声。
“味方の体ごとANTAMを撃ち抜くイメージ”不死兵の背後から、鋭い殺意がナオを貫く。
銃剣を引き抜くかわりにカービンを掴んで不死兵に体当たりする。
その後ろにいた不死兵に勢いてぶつかり、体勢を崩す。不死兵はカービンから手を離し、ナオを抱き抱えて逃がさないようにする。
“体勢を立て直し味方ごと蜂の巣にするイメージ“、“若い女の首筋を食いちぎるイメージ”、“ドラムマガジンの連射を浴びせるイメージ”
カービンの上部に腕を当てて、銃剣をさらに押し込む。不死兵の腕は死んでも逃がさないとさらに締め付けてくる。
ナオは体の力を抜き、沈み込ませる。腕を支点にカービンを引き抜き、へし切りの要領で不死兵の腹を切り裂いた。
再生が始まる前に傷口に手を突っ込み、掴んだものをかき出す。体に力が入っていたせいか、かなりの量が傷口から吐き出される。
不死兵の力がガクンと抜ける。ナオの首にむしゃぶりつくイメージが消えた。
慣れないよね、これは。思わずつぶやく。
内臓を抜かれた不死兵の上半身を味方の銃弾が撃ち抜いていく。マシンピストルの十字砲火が、ミキサーのようにナオの頭上で荒れ狂っている。
側面にいた不死兵がナオに気付く。ドラムマガジンを装着し弾に余裕があり、少し距離が離れている。
構えようとしたカービンを、ナオは投げつけた。銃剣が投げ槍のように不死兵の腹に突き刺さったが、浅い。
イメージに切れ目が入る。立ち上がり、拳銃を抜いて左手に持ち替える。腰の山刀に手を伸ばす。
踏み出しながら拳銃を撃ち込む。一発でも当たればいい。反応を遅らせられれば。
身を翻し、山刀を抜き、回転の勢いを刃に乗せる。つむじ風を操るように。
ごきん。硬いものに山刀の刃が突き刺さる。もう一歩踏み込み、山刀の刃が食い込んだ頸椎をむしり取るように、振り抜く。
不死兵の首がありえない方向に曲がり、飛んでいく。首さえ切り落としてしまえば、死んでなくても体は動かせない。
内臓を抜かれた不死兵の後ろにいる不死兵が銃を構える。しかしもう、弾を撃ち尽くしている。
不死兵の脇をすり抜けるように、低く走り抜けながら脇腹を切り裂く。
弾を撃ち尽くした絶望。腹の中を冷たい刃が通り抜けた不快感。そして、恐怖。
不死兵になって捨てたはず、慣れたはずのものに囚われて動けない不死兵の後頭部に、ナオは拳銃を突きつけ引き金を引いた。
「プラムL2、無事か?」
「撃たれた……骨や血管には、当たってないと思う。四体とも、首は落とした。要救助者は……母子ともに……」
「……プラムL2、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないって言ったら、帰っていい?」乾いた笑いが混ざっている。
「おまえがダメだと思ったら、戻ってこい。傷の具合は?」
「こちらプラムL7。すぐに窓側に向かってください。エス線が遮蔽されているということは、万能止血軟膏の効き目も悪くなっているということです」
「それ早く言ってよ。どうりで……血が、止まらないと思った」
「プラムL2、大丈夫なのか?」
「少し休ませて……傷が治るまででいい。大丈夫かどうかは……わかんないよ。わたしバカだからさ」
ナオは窓を開け、ベランダに出た。鍵の周りをガラスカッターで切り抜いた跡があった。
不死兵の腕章。記憶に間違いがなければ、山岳部隊のものだ。都市戦向け、ビル攻略用に装備や訓練を改めたのだろう。
万能止血軟膏を改めて塗る。傷口を触っていると気持ち悪くなるほど早く塞がっていく。
「戻る頃には、さっちゃんのドゥオン・ベイができあかっているかな。それもいいね」
“銃弾が体を貫くイメージ”。隣の部屋のベランダから、壁を伝って山岳不死兵が入り込んできた。
まだカービンを回収していない。負傷した若い女をどう食べようか、イメージは変化していた。
一人だとそんなものか。アツミが死んだ時は、もっとひどかった。それにももう、慣れてしまった。
「……けど、ちょっとは弱音を吐いてもいいよね……たのむよ、ミユ」
銃剣を抜いた山岳不死兵の手が止まり、窓ガラスが割れる。その前に、銃弾は山岳不死兵のヘルメットを貫通し、頭を撃ち抜いていた。
そのまま倒れた山岳不死兵は、しかし数秒後にはヨロヨロと立ち上がる。そして、銃弾の飛んできた方向を見た。
山岳不死兵には見えただろうか。川の向こうにある三階建てのビルの屋上で立ち上がったセーラー服のANTAMが。
「どうして電解弾を使わなかったのミユちゃん?タングステン弾芯だから、不死兵のヘルメットは抜けるでしょ?」
カービンのカットオフレバーを操作して、ボルトを起こし、引く。弾倉の中の通常弾は送られてこない。
「私の電解弾は効果範囲が狭いので、ヘルメットに当たるとEMPが脳幹まで届きません」
ポーチから弾を取り出す。青い弾頭。そっと薬室に送り込み、ボルトを閉める。
「だから不死兵がこちらを向く必要が、あるんです」
山岳不死兵は見た。ミユの姿を。それがもう銃を構え、スコープに山岳不死兵をとらえ、引き金を引いたのを。
「……慈悲を与える」
山岳不死兵の頭の中で青い閃光が弾け、目や鼻の奥から光が漏れる。頭の中枢を破壊された不死兵は、二度と起き上がらない。
「こちらプラムL6。風向きは西北西、およそ三メートルほどで安定しています」
ミユが言った少し後で、ミユからは見えない上方の階で青い閃光が弾ける。少し遅れて、遠い雷鳴のような銃声。
「こちらACR-40。ワンダウン。ドンピシャだ。プラムL6、風の読み方がうまいな」
「風を読むのが得意な先輩がいるんです」
無線連絡によると、ANTAMのスナイパーがマンション全体を撃てる配置につき始めている。警察の狙撃斑も到着した。
ミユよりもさらに後方……マンションから八百メートル以上。
それまでの間、マンション南側に顔を出す不死兵を狙撃する……ミユの役目もそろそろ終了だ。
だが、まだ終わってはいない。
次々に背後で雷鳴が響くのを聞きながら、ミユはカービンの側面にある給弾ドアを開けて、通常弾を補充した。
山岳不死兵は狙撃を警戒して、バラバラに別れてちょろちょろと移動している。不用意に顔を出すことがあまりない。
狙いは絞られてきた……ベランダの間を飛び移る時が、わずかなチャンス。頭を狙う余裕はない。
ベランダを乗り越え、隣に飛び移る。直後に動きが止まる瞬間を狙って、ミユは山岳不死兵に通常弾を撃ち込んだ。
バランスを崩して転落する山岳不死兵。地面に叩きつけられる前に、ミユはカットオフレバーとボルトを操作して、電解弾を装填する。
その間に移動しようとした山岳不死兵をスナイパーがとらえた。遠距離用の大口径弾は威力も高い。山岳不死兵がぼろ切れのように落ちていく。
ミユが撃ち落とした山岳不死兵が起き上がる。低い階から落ちたので、落下のダメージはほとんどない。
生け垣に逃げ込もうとする山岳不死兵に、照準を合わせる。風の流れに、弾道を乗せる。
「慈悲を与える」耳の奥で閃光が弾け、山岳不死兵が倒れ込む。
「自衛隊のポータル破壊デバイスと即応部隊は、第二ポータルを優先して展開します。第一ポータル周辺のANTAMは、引き続き警戒を怠らないようにしてください」
四号棟屋上からは、重傷を負ったANTAMを担架で運び出すとコノミから連絡があった。
ハルタカとタカヒロからは、要救助者を確保したと連絡が入った。ナオも行動を再開したが、次に向かう前に自衛隊が到着するだろう。
サチは時計とカップ麺を交互に見つめている。まだ五分たっていない。
「……長いな」ケンジロウが手の汗を拭う。
時間が長く感じる。悪い予感を口に出すなとコノミに言われているが、ジリジリと焼けるような不安が背筋を這い上がる。
「まだ五分たっていないのか」
ケンジロウがつぶやいた直後、無線にざわざわと会話のさざ波が立った。あれはなんだ。NK9。不死兵。
「……こちらACR-9。第一ポータルから何か出現した。NK9だと」
重装不死兵!他のANTAMが叫んだ。
敵は一体。いや二体、ゾロゾロ出てくる。
電解弾が効かない。あのでかいNK9。
「プラムL10、L6、第一ポータルに向かえ!おそらく奴は」ケンジロウが話し終わらないうちに、叫ぶようなハルタカの声が聞こえた。
「チャーリーチャーリー!」
無線を聞きながら、POR隊長は体から血の気が引くのを感じた。
これが出現する可能性は高くなっている。そのためにPOR部隊は編成され、装備も整い、半ば待ち望んでいた。
しかしまさか、初任務で。二体同時に。
……それはもはや人間ではないという。人の頭脳と獣の体を、不死兵のイッテンバッハ体がつなぎ止めた、ブットゲライト准将の狂気の研究の、集大成。
通称チャーリーチャーリー……複合キメラ兵。
それはテレビやネットの動画で誰でも見ることができる。しかし自分の目で見ない限り、へたくそなCG画像としか思わないだろう。
空間にぽっかり開いた不思議な色と光を放つ穴。ここを不死兵が行き来する。これがポータルなのだ。
そこから一匹の犬が落ちてきた。近くで警備していた警官に噛み付いたが、振り払われ、射殺された。
NK9。不死軍用犬。主に伝令として使われるが、俊敏で凶暴。そして撃たれても、死なない。怯まない。
ポータルを見に集まったANTAMは、ポータルの真下から数メートルしか離れていない。警官が後退するよう指示を出す中、それは現れた。
NK9にしては大きい。しかし、人ではない。人ではないが、ヘルメットをかぶり、鎧のようなものを着込んでいる。
それは近くにあったNK9の死体を見つけると、顔に手をやり、見開いたままの目を閉じさせた。
その背後に、一匹、二匹。次々とNK9が出現していく。
警官をにらみつけるその目は、人のものであった。殺意に満ちたうなり声をあげるその口は、狼のそれであった。
最後の要救助者の部屋には、まだ不死兵は侵入していなかった。
終わったらサチさんがドゥオン・ベイを用意して待っていると話すと、タカヒロは呆れていた。
要救助者の車椅子を用意して、タカヒロが座らせて、次の瞬間天井が崩れ落ちて、
黒い巨大な影に反射的に飛びついた。後は無我夢中で覚えていない。
無我夢中で。
よくわからないキモい顔のバケモノと取っ組み合いをしているだけで。
手のようなものに拳銃を持っていたが、叩き落とした。しかしナイフを抜いてきた。
口の周りにある牙を突き刺そうとしてくる。カニの裏側のような見かけから、人間の手が生え、奥の方には人間の口や目が見える。
「畜生!一生夢に出そうだ!」
だが手を離せば、振り落とされれば、殺される。そうハルタカは直感した。
振り回され、叩きつけられ、引き回される。後ろ向きにジェットコースターに乗せられたような感覚。
「クソッ、俺をどこへ連れて行く気だ!」
言っている間に、答えが出たようだ。周囲から突き刺さる殺気の入り交じった視線。そして、むせ返るような血の匂い。
周囲は血の海だ。比喩ではない。床一面が、血と骨の破片に覆われている。
その隅に、連れ去られた捕虜がいる。運びやすい子供が多い……逃げられないよう、手足の腱を切られている。
甲高い泣き声。それよりも大きい悲鳴、断末魔。出現したばかりの不死兵が、捕虜をむさぼり食っている。
地獄へようこそ。複合キメラ兵の目は、そう笑っているようだった。
地獄と呼んで差し支えない。ここは、不死兵どものネストなのだ。
ポータルまでの最短距離、込み入った住宅街の狭い路地をユウコの大型バイク、トライチェイサー2015改が駆け抜ける。
「六郷さん!アドンをよこすからそれに乗ってブロッサムB3の援護に向かって!あたしは第一ポータルを見てくる!」
無線を聞いた限りだと、チャーリーチャーリーと思われる敵とNK9の群れ……ウルフパックが同時に出現したようだ。
警官や電解弾持ちが優先的に攻撃され、残りはウルフパックに襲われている。
幸いその時トライチェイサー2019に乗っていた警官が、生き残りのANTAMを援護しつつ後退しているのだが、犠牲は増える一方のようだ。
「こちらイダテン、ACR-54の識別信号に接近!……!」
遠目にもわかる。肉塊に顔を突っ込んでいるNK9が数匹。ユウコが機銃を撃つと、NK9はこちらをにらみつけたが、すぐに散らばって逃げ出した。
「……ACR-54の死亡を確認。頭を割られている。それと装備品を脱がされているね」
どちらもNK9にはできない。誰かがACR-54の装備を脱がせ、頭を割って、NK9に食わせたのだ。
「伝令のNK9にハンドラーやトレーナーが餌をやる手口だ。間違いない。そのチャーリーチャーリーらしき奴が、ウルフパックを指揮している」
「ねえミユちゃん。笛の音が聞こえない?」
ミユは足を止めて耳をすませてみるが、聞こえてこない。少なくとも、周囲の音に紛れてしまっている。
「そんな感じの風があるんだよ……ミユちゃんでもわからないんだ」
「犬笛かも」ナオの声。
「リーダーとユウコさんの話だと、チャーリーチャーリーがウルフパックに送ってる合図かも。アツミ、その笛に注目して」
歩き出そうとしたミユの耳に、モーター音が聞こえてきた。トライチェイサー2015改に随伴している無人バイク、アドンだ。
「この辺は道がわかりにくいから、それに乗って。ブロッサムB3のところまで連れてってくれるよ」
ユウコはそう言ったが、アドンは人が乗るようには作られていない。ミユはアドンに適当にまたがり、車体にしがみついた。
「こちらをプラムL4!ここがネストだ!花火を上げる!誰か見てくれ!」
複合キメラ兵に振り回され方向感覚がまったくわからない。ハルタカはEMPグレネードを取り出すと安全ピンを抜き、放り投げた。
青い閃光。同士討ちを恐れて周りの不死兵は撃ってこない。だがそれは、数秒のことだ。
このままバケモノとハグしたまま不死兵に撃たれるか、離れて戦うか。
だがこいつは、ハルタカがしがみついた状態であっという間にネストに戻ってきた。すごいスピードだ。
最初は直感だったが、今は確信している。離れれば秒で殺される。
「こちらACR-68。EMPグレネードの閃光を確認!……十二階、1203号室!」
スナイパーの一人が位置を確認した。
「こちらプラムL2、了解した!すぐ行く!」
ちょっとズルをするよ。ナオは小さくつぶやいた。
手すりを飛び越え、乱流を踏みつけて飛び移る。上向きの風を探し、密度の高い部分を踏み台に、ナオは一直線に飛び上がった。
十二階の窓は、スナイパーよけに家具を積み重ねて塞いである。その隙間から、またEMPグレネードの閃光。
ベランダの壁に隠れる位置に、山岳不死兵の出入口らしきものがあった。そこにナオは飛び込んだ。
不死兵たちはハルタカの方に集中していて、まだナオには気付いていない。EMPグレネードの効果はまだある。
「スカベンジャー」「アキンボ」「オーバーキル」山岳不死兵から奪ったシューネルフォイヤーを取り出す。
「不明のパークです」まだイメージは感じない。
二、三発の点射のつもりだったが、五発くらい発射されてしまった。しかし全弾不死兵のヘルメットを貫通し、頭を撃ち抜いた。
ナオが撃たれた感覚からも、この弾は貫通力は高いが威力が低い。不死兵相手なら、なおさらだ。
EMPグレネードの効果があるうちに、頭を撃つしかない。幸いドラムマガジンの二丁拳銃だ。
ホースの水を撒くように、不死兵に銃弾の雨を浴びせる。確実に倒せたかは確認しない。まずは数秒、時間を稼げれば。
五体、六体ほどの不死兵が倒れた。状況は……まだ数人の不死兵が立っている。
血の海。骨の山。捕虜たち。
そして壁面に張り付いている、巨大なクモ。足が長く、全幅は五メートル近くある。
銃は持っていないようだ。胴体にハルタカがしがみついている。
「これはいいね。グロックより撃ちやすい。不死兵のヘルメットを抜けるのも、いい」
弾の切れたシューネルフォイヤーを床に置く。焼けた銃身が床の血だまりを焼き、血の焦げた匂いをネストの空気に加えた。
「ハルタカ、どうよ?」
不死兵は近くの物陰に身を潜めた。ナオは後退しつつカービンを構える。
「ジリ貧だがちょっとはもつ」
「よく言った。正直こっちも、余裕がないからね……不死兵に捕虜たち、それからハルタカとチャーリーチャーリー。プランは決まった」
「ミユちゃんまた笛の合図!これはたぶん」
「足音はわかります!NK9多数、包囲されつつあります!」
正面はアドンの機銃が切り開く。側面や後方はミユが邪魔で撃てない。ミユのカービンを使うには、距離が近く、数が多すぎる。
「まさかこれを本当に使うことになるなんて!」
ミユは背中のポーチから巨大な拳銃を取り出した。五十口径のデザートイーグル。アツミが生前使っていた、電解弾が使える数少ない拳銃。
細い側道から飛びかかろうとしたNK9の眉間を狙って、ミユは引き金を引いた。
銃を持った手を蹴られるような強烈な反動。アドンの車体が大きく傾き、モーターが不快なうめき声のような音を立てる。
アドンが体勢を立て直す間に、追いかけるNK9との距離が縮まる。タイミングよく飛びかかればミユを引きずり下ろせそうだ。
真後ろに撃つぶんには、アドンの走行を邪魔しない。追いすがる四匹を撃ち倒すと、手首や肩、耳が痛くなってきた。
ひとまず包囲網は抜けたようだ。デザートイーグルの弾倉を交換し背中にしまうと、ミユは痛む耳で周囲を警戒しながらアドンにしがみついた。
休める時間はほとんどない。数秒だ。明らかに大きさの違う足音が迫ってきている。
銃声はわずかに聞こえた。おそらく消音器をつけたMPかStg。
右手は痺れて、痛い。撃たれて万能止血軟膏を使った方が楽になれるのではとミユは思った。
応援が来たようだが、ウルフパックはそちらを標的にしたようだ……警官はカービンの弾倉をを交換した。
警官のカービンとトライチェイサー2019の機銃の弾は、最新の416口径電解弾。それが警官と、周りのANTAMたちの命綱た。
ウルフパックを指揮している不死兵、あるいは複合キメラ兵。そいつは物陰から電解弾使いを狙って銃撃してくる。
そしてウルフパックの突進になすすべもなく、負傷したANTAMを連れて行かれる。
警官自身も何度も撃たれ、ウルフパックに襲われている。スタンディングモードのトライチェイサーにしがみついて、かろうじて助かっている状態だ。
ほんの三分足らずの事が、永遠のように思えてくる。救援が来るまでの時間を考えると、その何倍も感じられる。
周りのANTAMが全滅するか、電解弾が尽きるか、自分が撃たれて引きずり下ろされるか。それはすぐ先のように感じられる。
高速で接近してくる、……味方の反応!バイクに乗っているが警官ではない。コールサイン、イダテン。
大型バイクが音もなく警官のそばに停止すると、スタンディングモードに変形した。
「遅くなってごめん。サムソンを先によこしたんだけど、まともに仕事してなかったみたいだ」
言いながらユウコは警官に装備を手渡した。死んだ警官の装備。カービンの予備弾倉。
「みんな死んでた。でもこれがあった。大事に使って」
周囲から聞こえる銃声は散発的で、小さい、ユウコはトライチェイサーをバイクに戻すと、少し離れた場所まで移動した。
「チャーリーチャーリーはプラムL6が対応してる。今のうちに、ブロッサムAチームまでANTAMを護衛しつつ合流するようにだって」
ナオが不死兵から奪って投げた手榴弾は、不死兵のいない見当違いの場所で炸裂した。
それを鼻で笑いながら銃を構えた不死兵は、周囲が急に明るくなった事に気付いた
爆煙や煙が、どこからか吹き込んだ風で流されている。
ナオが狙っていたのは、窓を塞いでいたバリケードだったのだ。
気付いた不死兵が窓の外を見た時には、自分の命を奪う電解弾の発射炎が瞬いた後であった。
不死兵の一人が起き上がった。ナオは首を銃剣で切りつけ、ベルトの背中に手榴弾を二本差し込んで、バリケードに叩きつけた。
不死兵の、声にならない絶叫。轟音。
家具と不死兵の破片が部屋中に飛び散り、血煙でかすかに赤い日射しが差し込む。
煙を風で吹き流すと、ナオはスナイパーに合図を送った。この奥に捕虜がいると。
「もうちょっとだけ頑張って!すぐに助けが来るから!……ドア付近に二人!バスルームは見てないから気をつけて!」
入口のドアが開き、ライフルの三点射が不死兵の後頭部を撃ち抜く。
とっさに振り向いた隣の不死兵の顔をフラッシュライトのストロボモードが照らした。少し遅れての三点射。
突入してきたタカヒロに反応する間に狙いを定め、ナオは天井から頭を出した不死兵を撃ち落とした。
ナオの指示した物陰にタカヒロがたどり着く……息を切らせている。要救助者の引き渡しも程々に、階段を駆け上がってきた顔だ。
「らしくないね」床に空いた穴に手榴弾を投げ込みながらナオが言う。
「ハルタカがさらわれて取り乱すなんて。今はダメだ。そうでしょ?……人間くさくてあたしゃ好きけどさ」
ナオが壁の一角をライトで照らす。複合キメラ兵はハルタカの体を盾のようにかざして、少し後退した。
「そろそろもたないってさ。戦いに専念したい。捕虜の手当て、よろしく」
「プラムL6よりプラムL10。ここで降りて戦います」
警官のいる地点までもうすぐだが、少し幅の広い道路に出たところで、ミユはアドンから降りた。
「ニンジャ」「アイアンラング」「デクスタリティ」
息を整え、耳をすませる。……ウルフパックに囲まれているが、距離は詰めてこない。
複合キメラ兵はほとんど物音を立てず、慎重に進んでいる。都合がいい。時間があれば、ブロッサムB3も退却できるし自衛隊も来る。
「ミユちゃん、また合図!」ウルフパックが一斉に動き出した。どこへ……ともかく、奴は仕掛けてくる!
ミユが近くの家に駆け込んだその後を、銃弾が空気を切り裂く音が駆け抜けていく。
低く押し殺された発射音。家々の間を縫うような射撃で、位置の特定が難しい。
ミユの後ろをNK9が通り過ぎる。ミユに襲いかかる素振りも見せない。
「こちらプラムL6、ウルフパックが東南東の方向へ移動中!おそらく」
「ミユちゃん上!」ウルフパックの足音に紛れて距離を詰めてきた複合キメラ兵が、屋根に飛び乗って銃を構えていた。
それは一言で言えば狼男だった。革製らしき、鎧とヘルメットを装備している。
銃はおそらくStgに、略奪品らしき消音器と光学機器。鉄臭さを消すために、汚れた布を巻き付けてある。
銃撃をミユがかわすと、複合キメラ兵はすかさずミユに飛びかかってきた。とっさに転がって身をかわす…
ミユが立ち上がるよりも速く、複合キメラ兵は振り返ってベルトから小ぶりな鉈を取り出した。
これで犠牲者の頭や背骨を割ったのだろう。刃や刀身が血で濡れてぬらりと光っている。
「こちらプラムL6、チャーリーチャーリーと交戦中!」複合キメラ兵の攻撃をかわしつつカービン撃ち込む。
効果はほとんどない。たとえ電解弾を使っても、複合キメラ兵の再生能力は傷をほぼ完全に復元してしまう。
ミユもアツミも、それはいやと言うほど知っている。
それでも、一瞬、数センチの余裕を銃弾で切り開ける……拳銃を抜いて足に撃ち込む。踏み込みが遅れ、鉈の刃先がミユの肩をかすめる。
他に道はない。弾が切れれば、複合キメラ兵に対応する手段はなくなる。
それまで命があれば、の話だが。
「こちらプラムL10。ブロッサムAチームと合流した……プラムL6の援護に行った方がいいかな?」
ケンジロウが少し考えている間に、本部からの連絡が入った。それを聞いてから、ケンジロウは答えた。
「いや……まずサムソンをウルフパックに向かわせてくれ。座標を本部から送るから、そこにEMPグレネードを撃ち込むんだ」
「こちら本部。サムソンがブロッサムB3を援護できなかったのは、NK9がトライチェイサーのすぐそばまでウルフパックを組まなかったからのようです」
EMPは電子機器にもダメージを与える。至近距離でEMPグレネードを食らえば、トライチェイサー2019も機能を停止してしまう。
そうなれば、ブロッサムB3も殺されていただろう。
「このウルフパックは、EMPグレネードを回避する訓練を受けている。だがうまく撃ち込めば、ウルフパックを散らすこともできる」
ケンジロウはマンションから移動して土手を超え、川岸の公園に移動していた。
「マラソンプラス」「ウォーロード」「スクアッドリンク」うへえ。サチの悲鳴。
「ウルフパックの狙いはスナイパーと狙撃斑だ。プラムL10はブロッサムAチームと共同してこれを阻止しろ」
ハルタカが複合キメラ兵にしがみついたのは正解だった。重みでスピードが落ち、腕を封じられて体当たりしかできない。
そうでなかったら、初見で殺されていておかしくない……突き倒された状態から立ち上がり、カービンを構えながらナオは思った。
“体当たりのイメージ”。単純だ。しかし防ぎようがなく、地味にナオとハルタカの体力を奪っていく。
ハルタカはボディアーマーを着込んでいて軽傷だが、何度も振り回され叩きつけられて疲労困憊している。
タカヒロは負傷した捕虜を手当てし、泣いている子供をあやして出口まで走るよう促している。
恐くて動けない子供の手を引いて、周囲の警戒をしながら出口まで連れて行き、待機しているANTAMに引き渡す。
ANTAMの本分は、不死兵の犠牲者を可能な限り減らすこと。銃をほとんど撃たなくても、タカヒロは充分に戦っているのだ。
「姐さん!こいつを……」ナオ共々壁に叩きつけられながらハルタカが言う。
「赤いローダーに特製ブレンドが入っている!目潰しか何かに使えねえかな?」
足元でごとんと音がする。吊り紐を外してハルタカがショットガンを降ろしたのだ。
ハルタカの背中に差してある、矢筒のようなホルダーから赤いスピードローダーを抜き出す。
ナオがハルタカのローダーをタカヒロに投げ、ショットガンを転がして渡す。
「なるほど」ローダーの中身を見ると、タカヒロはコッキングレバーを操作して弾を抜き取り、ローダーの弾を装填した。
「あの複合キメラ兵は全身の感覚毛で空気の動きを察知するようです。これとEMPグレネードを併用すれば、数秒間だけ反応速度を鈍らせる事ができます」
「こちらプラムL3。1203号室ね?一秒で着弾する。合図ちょうだい!」
“体当たりのイメージ”。「オーケー。……おいしくなあれ!」
マジですか。タカヒロがつぶやく。
「「「萌え萌えキュン!」」」
体当たりの衝撃。ナオはハルタカのボディアーマーをつかんで引っ張る。背中に隠しておいたシューネルフォイヤーを取り出し、顔に突きつける。
EMPグレネードの閃光。タカヒロの反応は速くないが、全弾撃ちきる前にショットガンが文字通り火を吹いた。
ドラゴンブレス弾。マグネシウムの火のシャワーが、複合キメラ兵に降り注ぐ。
全身の感覚毛を焼かれたショックで、複合キメラ兵の体が硬直する。絶好のチャンスだ。
山刀を抜く。シューネルフォイヤーを離し、カービンに持ち替える。
脚の上を滑らすように山刀の刃を走らせ、脚の付け根に叩き込む。斬り込みが浅く切り落とせなかったが、ナオは身を屈めて裏側から銃剣を突き刺した。
銃剣をこじると、思ったより簡単に脚が外れた。山刀で胸部を斬りつけるが、殻が硬くて傷は浅い。
銃剣を腹に突き刺し、そのままカービンの引き金を引く。弾倉に入っていた全弾を撃ち尽くした。
突如、ナオの体を形のない殺意が突き抜ける。破れかぶれになって暴れる予兆……反応する間もなく、ナオは突き飛ばされた。
意識が飛ばされそうになるのを必死に抑える。周囲の状況が焦点を結んだのは、タカヒロが駈け寄って万能止血軟膏を塗った時であった。
胸から肩口まで、ナイフで切られている。思った以上に傷が深い。
「……奴は?」
「逃げられました。窓から、外へ」
「外って……」川沿いのマンション。川岸には、
「……さっちゃん!」
無我夢中で窓から飛び出すと、昼下がりのまだ強い日射しが焼かれた体表に突き刺さり痛みを感じる。
しかしもう、EMPグレネードの効果が切れつつあるのを複合キメラ兵は感じていた。シュリンゲンズィーフ線が、体に活力を与える。
マンションの壁面に張り付いてひと息つく。撃たれた顔、大ダメージを受けた内臓、切り落とされた脚が再生を始める。
スナイパーのいる方角は把握している。銃火が閃くのを見てからでも、余裕でかわせる距離だ。
ほんの少し飛び退くだけで、超音速の弾丸が脇をすり抜けていく。
ネストに突入してきたANTAMとの戦闘で、回復能力を大幅に消費した。
近距離の戦闘で、このアシダカグモ型複合キメラ兵に対応できる人間がいるとは……
聞いた事がある。シュナース中佐とも戦った、黒い石の戦士。
それだけではない。名無しのANTAMに飛びつかれて動きを封じられたのは痛かった。
あれがなければ、黒い石の戦士とも鉢合わせせずに、もっと多く殺せた。
だがこれから、もっと多く殺せばいい。
地面に、スナイパーに撃たれた山岳不死兵が転がっている。その次は、
……大きい銃。グレネードランチャー。EMPグレネードを撃ち込んだ奴。動きの鈍そうな、高価値目標。
そして、おいしそうな女。
EMPグレネードを撃ち込んだ後、それは窓から飛び出してきた。そのまま落ちるかと思ったら、壁面に張り付いてスナイパーの狙撃をかわしていた。
そして一瞬、サチの方を見たような気がした。
次の瞬間には、複合キメラ兵は姿を消した。目で追っても、視界の端に見え隠れするばかり。
そして次に複合キメラ兵が姿を現した時は、悠々と土手を乗り越えてきた。山岳不死兵の死体をくわえている。
正確には、死んでいない。いや、いなかった。
複合キメラ兵が山岳不死兵の頭に牙を突き立てる。動かなかった体が大きく痙攣する。
消化液を注入され、脳と神経を吸い出された山岳不死兵はしばらく痙攣した後、動かなくなった。
死体を離すと、複合キメラ兵はジリジリとサチとの間合いを詰める。時折スナイパーの銃弾をかわしながら。
スナイパーの射撃が止んだ。複合キメラ兵の動きに合わせてサチが動き、銃口がぶれた瞬間、複合キメラ兵の姿が消えた。
サチを押し倒そうとした複合キメラ兵の前脚が、しかしその直前で止まった。
重い衝撃が、複合キメラ兵の胸部を走る……今までの銃撃より、重く、強烈だ。
別のスナイパー?……遠くに視線を巡らせるが、それらしき姿は見えない。もっと近くだ。
……川沿いの茂みに潜んでいたケンジロウが起き上がった。
「スライトハンドプラス」手動式の単発ライフルとは思えない速さで、次弾を装填する。
サチに襲いかかるその瞬間。危険だが、この複合キメラ兵を撃つには、そこを狙うしかない。
そして……動きの止まった複合キメラ兵に、四十ミリの対人用スチール散弾が命中する。
至近距離でまとまったままの鋼鉄のパンチに、複合キメラ兵が大きくのけぞる。
さらにそこへ、ケンジロウの大口径弾が撃ち込まれる。続いてEMPグレネード。
危険を察知した複合キメラ兵が後退した。ケンジロウが追って狙いを定めるが、動きを読まれてかわされた。
サチが散弾を撃つが、距離が離れると効果がない。
「深追いは無理だ……この手も二度は使えない」ケンジロウはサチの隣に来ると、その肩を抱きしめた。
「すまなかった」サチはケンジロウの
胸に、頭を預けた。
回り込んで飛びかかろうとする複合キメラ兵に、ミユは拳銃を撃ち込んだ。足の動きを、ほんの少し遅らせる。
押し倒されなかったが体がぶつかり、大きくよろめく。銃弾で怯ませて紙一重でかわすのは、もう限界が近い。
「まずいよ……ミユちゃん。このままじゃ」
アツミの思考がぐるぐる回っているのがミユにもわかる。言葉でない分、全部伝わってくる。
複合キメラ兵と交戦し、ナオが助けに来なくて、そして殺された記憶がはっきりと蘇っているのだ。
「アツミ先輩の魂は、ナオ先輩の体にあるじゃないですか。死ぬのは、私だけです」
「いやだよ!わたしが死んだとき、ナオは死ぬほど後悔してた。ミユちゃんが死ぬのも、ナオが後悔するのも、絶対にいや!わたし……」
「……大丈夫です。私たちは、一人で戦っているわけじゃないんですから」
自分でも驚くくらいはっきり言い切った。なぜ言える……そうだ。妹を不死兵に連れ去られた時の、無力な私ではないんだ。
今私はANTAMとして戦っている。銃を持ち、訓練を受けて、スキルも積んでいる。
それだけでは目の前の複合キメラ兵にかなわない。なのに、自信があふれてくる。
根拠はないようで、しかし確かにあるとミユには信じられた。
それは、わたしは、
「ミユ!また恥ずかしいこと口に出して言ってるよ!」
一直線に飛び退くミユに飛びかかろうとした複合キメラ兵に、銃弾の雨が突き刺さる。効果は弱いが、複合キメラ兵は反射的に飛び退いた。
どこから……不死兵に占拠されたマンション二号棟の隣、三号棟。その最上階に銃火が瞬くのが見えた。
「こちらプラムL5、チャーリーチャーリーを目視で確認!距離、約五百五十メートル!さっちゃん!」
「はいな!」銃声にしては気の抜けた、グレネードランチャーの発射音。空を凝視していれば見える速度で孤を描いて、EMPグレネードが降り注いだ。
周囲一帯が青白く輝く。まともに見てしまって視界が真っ白になる……飛びかかってくるのは足音でわかる。
「ミユ、体を貸して!少しいやな思いをするけど、ミユなら耐えられる!」
はい。言った次の瞬間、“まっすぐ飛びかかって押し倒し、喉笛を食いちぎるイメージ”
喉に牙が食い込み、引きちぎられる感覚がはっきりとわかる。横に移動すると、感覚が薄れる。
“すれ違いざまに鉈で切りつけるイメージ”内臓のどこを切られるかまで、わかるようだ。ショックで実際死んでしまってもおかしくない
複合キメラ兵がどう自分を殺そうとしているか、自分がどのように殺されるかが、はっきりとわかる。
これが、ナオの持つ「不明のパークバッジ」、デス・ウイッシュ。イメージを感じるごとに、殺されているのだ。
突進する意思、覚悟。カービンの弾や拳銃の連射では、止められない。
足に力を入れ、背中に手を伸ばす。
ミユだと単に機先を制するためにできるだけ早く行動しようとするところを、タイミングまで計算して、待てる。
地面を蹴って、軽く飛び上がったところに複合キメラ兵が突っ込んでくる。それを蹴って、さらに後退しつつデザートイーグルを抜く。
「これはミユの方がうまいね」
両手で持ってまっすぐ構えれば、反動は受け止められる。蹴られるような衝撃は相変わらずだが、ミユの体を風が受け止める。
……そうだ。もうひとりじゃない。
私も。ナオ先輩も。アツミ先輩も。
私が複合キメラ兵に勝てなくても、わたしたちなら、勝てる。
眉間に撃ち込んだ銃弾で、具体的なイメージは消えた。しかし形のない殺意が津波のように押し寄せてくる。
二発目。首の下、背骨を砕く。殺意の波から身を引いて、着地する。
身を屈めて膝をつく。胸の中央。心臓の位置は、人間とそう変わらないはずだ。
飛び退いてさらに距離を離したミユを追おうとした複合キメラ兵の心臓が弾ける。肺が破れる。
体が動かない。だがEMPグレネードの効果が切れれば、その次は。
しかしミユが飛び退いたその瞬間の変化を、複合キメラ兵は見ていた。
二つの体に三つの魂。シュナース中佐を倒した。こいつらが。
喉にぽっかりと穴が開く。そして強い衝撃。世界が揺れて、消え失せる。
だが、それも数秒間のことだ。
「……骨折はないようです。目立った外傷もありませんが、脳振盪が気になります」
ネストは静まり返っていた。捕虜は救出され、今のところ不死兵は襲ってこない。ハルタカたち以外のANTAMも部屋の外だ。
第一ポータルを見物していたANTAMが複合キメラ兵とウルフパックに襲われたのは、ほんの数分前の話なのだ。
「すまねえ……まだちょっと立てねえ。周囲の状況は?」
「ポータルは奥の寝室。目立った動きはない。不死兵はまだいるみたいだけど、来ない限りは自衛隊に任せよう」
ナオがネストの探索を終えて戻ってきた。手榴弾とシューネルフォイヤーの弾薬も調達したようだ。
「来ない限りは、っすか」ハルタカは起き上がってボディアーマーを着込んだ。
「腹減ったア。早くサチさんのドゥオンベイが食いてえ」
「……プラムL4、無事でなによりだ」
無線連絡。声が大きいが、その後ろにヘリコプターのローター音が聞こえる。
「自衛隊のおっさん!」
「無線でいきさつは聞いていた、よくがんばったな。足は義足になったがな、おれも帰ってきたぞ!」
無線越しにでなくても、ヘリコプターの音が聞こえてきた。
「こちらJGSDFキサラヅ1、協会からの要請に基づき、不死兵への攻撃を開始する」
EMPロケット弾が上空で炸裂し、攻撃ヘリの機銃が屋上の不死兵を掃討していく。
「もう一息だね。逃げるとなったら、奴らポータルに殺到してくるはずだよ。止めるのが無理そうなら退却して、行かせてやんな」
カービンの弾倉を交換すると、ナオは窓際に立った。
「こっちの準備はいいよ」
「こちらも……準備いいです!」ミユの声。
「了解した。プラムL2、L6、フォローに向かえ」
茶番だが、必要な手続き。ケンジロウは無線で本部に呼びかけた。
「こちらプラムL1、チャーリーチャーリーの出現を確認。ギフテッドの出撃を要請する!」
昼下がりの日射しはかすかに弱まったが、橋の路面の照り返しはまだ強く、風が弱まると陽炎が立ち上る。
マンションの屋上に、自衛隊のヘリコプターが静止して部隊が降下しているのが見える。
スナイパーの守りに警察POR部隊とユウコがついた。ウルフパックが損害を受け、退却した。自衛隊の攻撃ヘリも、ウルフパック狩りに参加した。
残るは、二体の複合キメラ兵。それを倒せるのは。
橋を少し渡ったところでミユは立ち止まって振り返った。狼型複合キメラ兵は追ってきていない。
蜘蛛型複合キメラ兵は、川沿いの公園に潜んでいる。殺気は感じない……マンションから“ズルをして”飛び降りると、ナオは橋へと向かった。
「出番ですよ、アツミ先輩」ミユが呼びかける。
「うん。行こう、ナオ」ナオの周囲に風がまとわりつく。
「わかった。……行くよ、ミユ」
「……はい!」
橋の中央、測ったように真ん中で、ミユとナオは出会った。奴らはどこかで見ている……見せつけるように、二人は並び立った。
ナオは黒いパークバッジを外し、杖とともに前にかざす。ミユはカービンを手に取って、かざした。
「「変身!」」
光の奔流が二人の周りを駆けめぐる。服がほどけて、消えていく。
橋のど真ん中で服を着ていないと、恥ずかしくて、不安になる。しかし隣を見れば。
わたしたちは、ともにいる。暗闇の中も、光の中も。
白地に緑のドレス。山刀に、カービンの予備弾倉。指に埋め込まれた黒い石。シューネルフォイヤーの居場所もできた。
黒に近い濃い紺色のドレスに、金のライン。ライフル弾のポーチに、デザートイーグルのホルスター。
「ギフテッド・ウインドウォーリア……到着しました!」ナオが言う。
「ギフテッド・魔弾の射手……到着しました!」
「……さて。蜘蛛型複合キメラ兵は動きが速い。近距離で人間が対応するのは、ほぼ無理だ……慈殺弾なら一発で倒せる」
「狼型は……ナオ先輩も感触はつかんでいますね。ウルフパックへの合図は、アツミ先輩がまねできるようです。これで撹乱できます」
「こちらプラムL1。足跡を見るに、蜘蛛型のジャンプ距離は、通常十メートル以下、最大二十メートルほどだ。銃弾をかわす時は、だいたい横に五メートルほどだ。参考になるか?」
オーケー。ナオが答えた。
橋の中央にサチが合流した。狼型に狙撃されなければ、ここで安全に二人の戦いを支援できる。
「さっちゃん悪いね、もうちょっとかかりそうだ……ドゥオンベイのびちゃうね」
「大丈夫!」息を切らせながらサチが答えた。
「ドゥオンベイは十分待つとモチモチのツルツルで、おいしくなるんだって。新食感よ!」
「」
くすっ。誰が笑い声を漏らした。
「伸びてブヨブヨになっただけと違うの?」コノミが言った。
「サチさんの味覚に関しては、信用していますよ……新食感、興味深い」タカヒロが言う。
「とりあえず腹はふくれそうだな!」続けてハルタカ。
「伊勢うどんとかみたいな感じなのかな?ちょうどぬるくなってるなら、食べやすくて好都合だ」ユウコが言った。
「おまえらまたそういう!俺まで腹が減ってきたじゃないか!」
息を整えてケンジロウが続けた。
「プラムL10は怪力線を用意してウインドウォーリアのサポートにつけ。ウルフパックの残りに注意しろ」
蜘蛛型を最後に見た場所を、ミユに合図で伝える。茂みがかすかに動き、殺気を感じる。
「奴らには何も渡さない。俺たちから、何も奪わせない……勝つぞ!そして、みんなで帰るんだ!」
「十分ドゥオンベイですか」バッテリー車からバッテリーを受け取り、トライチェイサーを変形させながら警官が言った。
「帰ったら試してみるか」POR隊長が言った。帰ったら。口の中で言葉を転がす。
そうだ。彼らANTAMは、市民なのだ。ここで暮らし、ここを守るために銃を取る。
戦場で奮迅の活躍を見せるプラムL小隊も、高校生なのだ。カップ麺の変わった食い方を話し合うような。
萌え萌えキュンも、ドゥオンベイも、戦いに明け暮れる彼らが日常に帰るおまじないなのだ。
それを守るためにこそ、我々はいるのではないか。
「狙撃斑は目標を変更。怪力線を用意し、ギフテッドを援護せよ!……帰すぞ!あの子たちを、のびたドゥオンベイの待っている日常に!」
突風を叩きつけられ、狼型複合キメラ兵は後退した。風に乗ってナオは間合いを詰め、すれ違いざまに胸元に切りつける。
攻撃が浅い。毛皮をかすっただけで、肉にも届いていない……首から下げた、犬笛の革紐が切られていた。
不敵な笑顔を見せて、ナオは複合キメラ兵に投げキッスをする。ひゅう、と吐く息に、集合の合図を乗せて風に乗せる。
罠だと直感した複合キメラ兵に、ナオは竜巻をぶつけた。息が吸い出され、合図を送れない。
ウルフパックの生き残りが集まってくる。だめだ、だめだ。
今複合キメラ兵とウルフパックがいるのは道の真ん中。その向こうに、スタンディングモードに変形した二台のトライチェイサー。
「テ式八型怪力線、発射準備よし!そっちは?」ユウコが言う。
準備よし、ブロッサムB3が答える。
「怪力線、シュート!」
青白い光が迫ってくるのが複合キメラ兵にも見えた。よけられない……いや、すでに怪力線を浴びているのだ。
迫ってくる光は、怪力線に焼かれた空気が弾けているのだ。そう思った時には、複合キメラの目が煮え立ち、血が泡だっていた。
スナイパーの銃弾をかいくぐり、蜘蛛型複合キメラ兵がミユに迫る。風に乗って軽やかに動くミユは、攻撃を銃床で防いだ反動で距離を離してしまう。
銃で撃とうとしても、動きを止めた瞬間にはもうミユが撃ってくる。EMPグレネードが近くで炸裂し、機関銃の銃弾が周囲の地面を穿つ。
ミユを追っているようで、自分が追い立てられているだけなのだ……わかっていても、追うしかない。
突然足に力が入らなくなる。地面と思っていたものは川の水面だ……風に乗って川面の上を、ミユが舞っている。
次の瞬間、体が熱くなるのを複合キメラ兵は感じた。水が爆発したように煮え立ち、水蒸気が上がる。
空気の流れでは気付かない。目で見てからでは遅すぎる。殺人光線が複合キメラ兵とその周囲を焼いているのだ。
感覚毛が焼き潰され、内臓が弾け飛んだ。細い脚には芯まで熱が通り、動かない。
「ウォルフガング・ボル中尉!」山刀の刀身が風をまとい、輝く。
「ハンス・ルツォヴォツキー曹長!」カービンに弾を装填し、構える。死の光が複合キメラ兵を照らす。
「「慈悲を与える!」」