episode 3 7×3
放課後の三十分戦争・番外編
5 minutes duon bay
episode 3
7×3
一番遅くまで練習していた六郷さんが帰ってから、もうすぐ一時間になりそうだ。
協会のネットワークにつながるPCがここにしかないので仕方がないのだが、武器庫は不気味に静まり返っている。
霊や怪奇現象の類は信じない……としたいのだが、ご存じの通り魔法使いや怪人も、現実に存在することが明らかになってしまった。
もう何があってもおかしくない。それの何が嫌って、この武器庫が、より一層不気味さを増して感じられるということだ。
ここに集められているのは、ただ古今東西の銃を集めた、という物ではない。
何らかの曰くのある銃。道具との特別な相性、いわゆるマッチドを期待されている物が大半を占めている。
そしてマッチドであることは、特別な素質を持っている可能性がある……六郷さんは大当たりを引いたという事だ。
あるいは逆で、協会が六郷さんという大当たりを引いた、という事なのかもしれない。
僕らを動かしている、目に見えない何かがここに渦巻いている。そう思うと、ゾッとする。
だがまあ、慣れていくしかないのだろう。
複合キメラ兵だって、ほんの一週間前まではホラー映画のばかげた怪物、でしかなかったのだ。
僕は山王タカヒロ。対不死兵武装民兵協会に加入しているANTAMだ。ACR馬潟高校小隊の救護担当、プラムL7。
【】
「タカヒロくーん、まだ帰らないの?というか先生は?」
夜食のカップ麺を作ろうとフィルムを破いたところで久が原先輩が入ってきた。
久が原サチ先輩。僕同様ACR馬潟高校小隊の擲弾手、プラムL3。
「僕は協会に提出したレポートの検閲待ち、先生は校舎の見回りに行っています。リーダーから何か連絡でも?」
「ない。先生に聞けばわかるんじゃないかと思って。もう今回の件は終わったのかって」
新田隊長が夜間はギフテッドのサポート部隊にいることがわかってから、久が原先輩もお弁当を持って学校に残るようになった。
わざわざいったん家に帰って。誰もが認めるおしどり夫婦だ。
「何見てたの?」
「“イッテンバッハ体の利用による、キメラ融合手術の是非”。ブタの腎臓をそのまま人に移植する手術についての議論です」
不死兵の再生能力の秘密がイッテンバッハ体だ。ANTAMの必需品と言ってもいい、万能止血軟膏にも含まれている。
再生能力、同化能力の高いイッテンバッハ体の医療への利用は期待が高まっているのだ。
「それが複合キメラ兵という最悪の形で、広く知られてしまった訳で。安価でドナーを待たなくていい臓器移植の可能性よりも先に」
「ふうん」話を聞いていなさそうな、気の抜けた返事。
「なんか気持ち悪い話だけと、大事な事なんだなってのはわかった。タカヒロくん、冷たいようでこういうところで熱いよね」
久が原先輩のこういうところが苦手だ。僕の話を、おそらく半分も聞いていない。
何を話しているかではなく、どう話しているかで理解している。感覚的な理解力が、優れているのだろうか。
攻撃の起点となるEMPグレネードを先んじて撃ち込むのが久が原先輩の仕事だ。そういう勘が、鋭いのだろう。
だが心の奥を見透かされてるようで、嫌いではないのだが、苦手だ。
「というか女の子がお弁当食べてる時にする話じゃないよ?」
「話を振ったのは先輩じゃないですか。それとそのお弁当は、リーダーと一緒に食べるやつなんしゃないんですか?」
「あ」あ、じゃない。
……僕は優しくなんかない。人を助けたいだけなら、ANTAMになる必要なんてないんだ。
「先輩はサポート部隊でもないしギフテッドでもないんです。ACRの待機時間は終わりました。食べないと力が出ないは、言い訳になりませんよ」
言ってから気付く。理由がわかったからといって、先輩がリーダーとお弁当を食べられない事がどうにかなるわけではない。
時間が余って口寂しいから自分で食べました、はどうかと思うが。
じゃあ、……太りますよ糖尿病になりますよブタの腎臓を移植するつもりですか……もっとダメだ。
というか糖尿病なら膵臓だろう。
「役に立つ子なら、リーダーの周りにいくらでもいます。先輩もマッチドなんですから、一緒に戦って欲しいのなら言っているはずです」
リーダーの好きな先輩は、たぶんそうじゃない。言おうか一瞬考えて、言わないことにした。
言おうとしたことを感づかれてるかもしれない。久が原先輩のそういうところが苦手だ。
思い出した。僕は机に置いてあるファイルを手に取った。
「リーダーから預かっています。先輩が不審な行動をした際の対応を記したマニュアルです」
少し大げさにページをめくってみる。
「勝手にお弁当を食べた時は、完全装備で校内見回りを十五分以内で、とのことです」
「はーい。……タカヒロくん優しくない。せっかくいいこと言ったのに」軽くむくれて久が原先輩が言った。
そうとも、僕は優しくなんかない。
……本当に冷たい人と思われるのも心外だ。そうではないと思いたい。
だがそうじゃないとしたら、優しくないと言ってほしかったと見透かされたのだろうか。
……わからないのは幽霊でも妖怪でもない。人の心だ。
だがまあ、慣れていくしかないのだろう。
そろそろ時間だ。ドゥオン・ベイの蓋を開けると、久が原先輩がいなくなって寒々とした武器庫に湯気が立ちこめる。
これだけあれば夕食はいらないだろう。帰ったら、協会のフォーラムにあったお薦めのサメ人間映画でも見るとしよう。