episode 2 1×2
放課後の三十分戦争・番外編
5 minutes duon bay
episode 2
1×2
銃声のような瞬間的な炎が、藪の中にいるヤグチの姿を照らし出す。
一瞬の、わずか数擊の打ち合いで敵は藪の中に後退した。ヤグチが舌打ちしている。
不死兵の掃討はほぼ終わった。ポータルもオオモリが押さえている。複合キメラ兵も、ヤグチに任せて問題ない。
不死兵を封じ込めての完全勝利。そう見えるが、ほんの小さな油断が、奴らに勝ちをもたらす。
奴らの小さな勝利を見過ごしていたから、この“戦争”は三十年以上続いてきたんた。
「サボート1よりライトニングダンサー、チャーリーチャーリーは時間稼ぎに徹している。まだどこかに伝令が潜んでいる。おそらくNK9だ」
NK9、不死軍用犬。戦力としても厄介だが、俊敏で感覚が鋭く、包囲網を抜けてポータルの向こうに情報を持ち帰ってしまう。
「威力は弱くていい。伝令とチャーリーチャーリーの位置を特定したい。可能であるか?」
ギフテッドと複合キメラ兵の存在が明らかになったとはいえ、だからといって公園を焼け野原にしていいわけじゃない。
俺はライフルから電解弾を取り出し、通常弾を装填した。
キタコウジヤの雷撃でNK9の再生能力は弱まるし、藪に反応してしまえは電解弾も意味がない。
確実性は高くない。電解弾と予備の通常弾は指に挟んでおく。
「アナモリ、位置がわかったら、ヤグチと合流してチャーリーチャーリーを叩け。以後俺が戻るまでは、サボート3の指示に従うように」
「大げさだねえ。昼にも出てくるワンちゃん一匹に死にそうな覚悟しちゃって」
背中のラッパ銃を取り出しながらアナモリが言った。
「ギフテッドとサボートの連携が不十分だったから、ナガハラは死んだ。あんなことがあってはならない」
死んでなかったじゃん。アナモリが言う。
「結果として、だ。ナガハラの体は戻ってこない。イケガミもサポートには、帰ってこない」
サポート4よりサポート1。準備ヨシ。
サポート1了解した。そちらのタイミングで開始されたし。
見晴らしのいいところへ移動する途中、アナモリがニヤニヤ笑いながら俺を見ていた。
真面目だねえ、と言っているようだった。
俺は新田ケンジロウ。夜はギフテッドのサポート部隊に所属している。
昼の顔は、プラムL1……ACR馬潟高校小隊の、マークスマン兼弾薬手、兼、チームリーダーだ。
こんな時間でも交通量の多い国道の重なったところから一本路地裏のマンション。学校からは離れているが、交通の便はいい。
「池上、起きているか?」
「なによー、正妻を置いといてアナモリさんと夜のお勤めしただけじゃ飽き足らず、わたしとデート?モテる男はタフだねえ」
「なんだそれは。任務の帰りに立ち寄っただけだ」
おつかれー。そう言うと池上は戸締まりも俺任せにダイニングキッチンに行ってしまった。
「なんか食べてく?ドゥオン・ベイしか用意がないけど。さっちゃんの愛妻弁当が待ってるんじゃない?」
「もう自分で食ってる頃合いだ……池上は食うのか?まだ夢を見るのか?」
「見るね。夢じゃない。記憶だから」
医師の診断書によると、池上ナオは親友を亡くしたショックで多重人格となった、そうなっている。
ウインドウォーリア、長原アツミが戸籍の上では死亡している事が明らかになった際には、そうなる。
昼に複合キメラ兵が出現する可能性が出てきた以上、昼に活動できるギフテッドは必要だ。
死人と死にたがりが融合した今の池上の状態は、協会にとっては都合がいい。
「今はアツミがいる。アツミにもわたしがいる。目覚めはよくなったよ。起き抜けに吐いたりもしない」
ちょっともらうよ、と池上が小鉢をドゥオン・ベイのそばに置く。
「……なあ池上。協会のレポートや記事は読んだ。おまえの体や心については、だいたい把握したつもりだ」
知りたくない事、知られたくないだろう事も。
「それでもやっぱりわからない。おまえは真面目に答えてくれないだろうが、聞きたいんだ」
池上……大丈夫なのか?
バカみたいな質問をするものだ。我ながらそう思う。
だが、聞きたい事は、とどのつまりは、いつだって、そうなんだ。
「たぶんね」答えもいつだってそうだ。
「無茶はしない。……と言っても、不死兵やチャーリーチャーリーが手加減してくれるわけでもないけどね」
そうなんだ。いくら無茶するなど言っても、無茶な命令を俺がする事もある。
わかっている。だけど。
「池上……俺は友達と言うのが、よくわからない」
キタコウジヤは、みんな友達だという。オオモリに聞いても、わからないと言う。アナモリに至っては、からかい半分にニヤニヤ笑うだけだ。
「だかな池上……俺はおまえの事を、友達だと思っている。友達が心配しているんだぞ?」
あっけに取られたような顔。一瞬笑ったかと思ったら、池上はぷいっと背中を向けてしまった。
笑いをこらえているのか、肩が震えている。大事な事を真面目に言っているつもりだが、何がおかしいのか。
「……いや、ね。リーダーがさっちゃんに告白した時も、そんな顔だったのかってね」
「うるさい、関係ない」涙まで拭っている。泣くほどおかしいのか。
「他にいいのが思いつかなかったんだアレだ……戦友。そう、戦友ならどうなんだ」
「真面目だねえ」どすん、と、池上がペットボトルのお茶を置く。
「真面目だねえ」ケンジロウに背を向けたところで、アナモリはもう一度つぶやいた。
「だけどあたし、あんたのそう言うところ、好きだよ」
あんたがわたしのリーダーで、本当によかったと思ってる。
「なんかわたしもあぶらげ食べたくなっちゃったなー。ジャンケンで決める?」
じゃんけんほい。グーとパーで、俺の勝ち。
「えーずるーい。友達なんだから、半分こしてよ」
どっちなんだよ。俺は箸で油揚げを押さえつけると、片方の箸でだいたい半分くらいに切り分けた。