六条さんイン葵ボディー
言っちゃあなんだけど、六条さんが用意した道具はなんというかデタラメだった。水泳帽に縄跳び、それに理科の電流の実験で使うような器具とお札が揃えられた。
「これ、どう使うの?」
「えぇとですね。まずは水泳帽を二人でかぶって、頭と帽子の間に縄跳びの先を挟みます。縄跳びを真ん中で切断して、その両端をこの機器に繋ぎます。最後に機器にお札を貼って終了ですね」
「……」
流石の葵もこれには言葉を失った。彼女にとって六条さんが不思議研究をしていた事より、このいい加減な感じの方が驚きなんじゃないだろうか?
「ちなみに失敗しても害は無いのよね、宮須ちゃん?」
「えぇ、大丈夫です。こう見えて私の家はれっきとした陰陽師の家系なので、実験に使う霊具の安全性は保障いたしますわ」
陰陽師なのか。もう色々とぶっ飛んでいるけど、僕自身不思議能力を持っているのであまり他人の事をとやかく言えないのが辛いね。というか今、実験って言ったよね?
色々とつっこみたい所満載だけど、常識を持っている(はずの)六条さんがこんなにも自信満々なんだから、ここは黙って成り行きを見届けよう。
「では、早速始めますわよ」
六条さんは言葉と共にお札を実験機器へと貼り付けた。
………………
…………
……。
「あれ?」
室内は驚く程、特に何も起こらなかった。
別に眩い光が辺りを包み込むでもないし、二人が異常な言葉を発しながら倒れこむことも無い。葵も六条さんも、それは静かにその場に佇んでいた。
「し、失敗?」
そうなると、まず二人の体調が心配だ。とりあえず近くにいた六条さんの体を揺すってみる。こういう場合はまず意識レベルの確認だ。
「六条さん、大丈夫!?」
しかし、一向に返事が返ってくる気配は無い。なら、葵は?
「葵、大丈夫か!? ほら起きろっ、朝だぞ!」
寝ているのを起こす様に頬を数回軽く叩く。しかし、瞼は閉じられたままピクリとも動かない。これは本格的にまずいかもしれない。二人とも意識レベルⅢ‐300か。
「と、とりあえず救急車を……」
ブレザーのポケットの中に手を突っ込む。中で数回携帯電話をお手玉し、やっとの事で取りだした時に、その異変に気付いた。葵が目を開いている。
「葵!? 良かった! どこか痛い所はないか? 気持ち悪くないか?」
尋ねても葵は答えない。ただ、その体を小刻みに震わせている。
「やっぱりどこか具合が」
「……ですわ」
「えっ?」
「成功ですわーーー!」
突然のことだった。
あの葵が、日頃徹底的に相手にされていなくて、それでもやっぱり可愛いと思えてしまうあの葵が、
僕に抱きついたのだ!
「えっ、何っ、ちょ、え、これ、はぁあ!?」
「やりましたわよ、成功ですわ!」
唖然とする僕に抱きつきながら異常な程喜ぶ葵。すると、少しずつ思考も冷静なる。
「……えっと、六条さん?」
「はい、そうですわ!」
予想は間違っていなかった。葵は「ですわ」なんていう雅な言葉遣いはしない。それに、こんなに無邪気な笑顔を浮かべない。笑い方も良く見れば全然違う。
「本当に成功したんだ……。そして、そろそろ離して貰えますか六条さん?」
「はっ、す、すいません!」
ぱっと体から体温が消える。これはこれで寂しいけど、これ以上密着していると男として色々とまずい事になるんだ。葵のやつ、スタイルだけは良いからなぁ。
「ごめんなさい、私ったらはしたない事を」
「いやいや」
非常に気持ち良い感触でございました。ごちそうさまです。
「それより、葵は今どこに?」
「先輩も、この体の中にいますわ」
自らの胸の部分に人差し指を当てる六条さん。ある程度予想していたけど、どうやら間違っていないらしい。まさか身近にもこんな不思議な力を持った人がいたなんて。
「一つの体を二人で共有しているってことでいいのかな?」
「おおむねその解釈で結構ですわ」
しかし、六条さんイン葵ボディーからは体の持ち主である葵の気配は全く感じられない。
「いまいち実感湧かないなぁ」
「……源くんは本当に藤壺先輩の事を分かっていますのね」
やけにしみじみ言われてしまった。
「どうしてそう思ったの?」
「だって源くん、私の中に先輩の意志を感じ取っていないでしょう?」
正解だ。もしかして読心術とかも使えたりするのかな?
「凄い、どうして分かったの?」
「顔に書いてありますわよ。先輩は『面倒臭いから後は若い二人に任せた』と言って眠ってしまいましたわ」
そんなに顔に出ているのか? 自分の顔をぺたぺた触ってみる。あいにくと表情筋までは鍛えていないので、自分が今どんな顔をしているか分からない。
「というか寝るって。確かに葵らしいけどさ」
「若い二人って、私たちと一つしか変わりませんのにね」
僕らは二人して葵のよく分からない言葉を反芻した。そして、
「「ぷっ」」
どちらからともなく吹き出してしまった。それは葵の言葉に対してなのか、一つの体に二つの魂を持った人間がいるという訳の分からない状況に対してなのかは分からないけど。
「帰りましょうか」
「そうだね。そういえば六条さんの体どうしよう?」
目を閉じたまま静かに佇んでいる六条さんの本体に目をやる。うぅむ、相変わらず綺麗だ。いや、よこしまな気持ちは僅かしかないんだよ。本当ダヨ?
「み、源くん、そんなまじまじと見ないで下さいまし! でも、本当にどうしましょう。そこまで考えていませんでしたわ」
あ、考えてなかったんだ。流石にこのまま置いておくのは心配だしなぁ。嫁入り前の大切な女の子の体だし、万が一誰かが見周りに来たら死体と間違われかねない。
「じゃあ、僕が六条さんの家まで背負って行くよ」
「そうですか……って、えぇえ!?」
「あ、やっぱり駄目かな?」
そりゃそうか。いくら魂が抜けて感触が無いからと言って男に触れられるなんて……。
「是非、是非お願いしますわ!」
驚くくらいの食い付きだ!
「い、いいの? 肌に触れちゃうかもしれないよ?」
「むしろ何でこんな肝心な時に私の魂は抜けて、くっ!」
今度はこっちが可哀想になってくるほどの残念がりようだ。こういうコロコロと表情が変わるところが六条さんの一番の魅力と言えるのかもしれない。
無理と分かりつつも、彼女は自分の本体に今の体を押し付けて魂を戻そうとしている。
「あの、もう一度その機器を使えばいいんじゃないかな?」
「でも、それだと、源くんが背負って帰ってくれないじゃないですか!」
「うん、まあそれはそうだけども」
「それでは意味がないんですのよおおおおぉぉぉぉーーーー!」
六条さんはヒステリック気味に叫びながら、頭を右に左にシェキナベイベー。
うーん、予想以上に彼女の想いは強いようだ。別に本気でお願いされたら僕も「うん」と頷いてしまいそうだけど……いやいや、僕には紫ちゃんが。
「とりあえず一緒に帰ろう。ご家族にはどうやって説明しようか?」
「あ、あぁ。その辺は問題ありません。使用人に私が説明します」
「ん、そっか」
一通り打ち合わせを終えると、僕は六条さんの本体を背負う。女の子を背負うなんて紫ちゃんくらいしかやったことが無かったけれど、彼女の体は予想していたよりも遥かに軽く、柔らかい肌が僕の理性を刺激した。
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