オカルト研究部って本当に存在するの?
「で、私の放課後の時間をくれと?」
「ま、まあそういう訳だ」
放課後になると僕は一目散に葵の教室である二年二組に向った。突然現れた下級生に、二年の先輩方は特に驚いた様子は無かった。なんせ入学以来、僕は事あるごとにパシられているので自然と面が割れたのだろう。
「宮須ちゃんが私に用があるって言ったのね?」
「多分、そう」
「もう、はっきりしないな~」
葵は面倒くさそうにしているものの、特に嫌がっている訳ではない様だった。
「僕の顔を立てると思って、頼むよ」
「私の利益は?」
「……昼飯二日分」
昼は紫ちゃんが給食なので葵の弁当を作る理由も無い。だから今は学食にお金を落としているのだ。そう考えれば悪くない提案のはず。
「少ない。五日分」
「間をとって三・五日分」
「・五って何よ?」
「デザートも付けてやるよ」
「じゃあ四日分」
「ぐっ……」
こんにゃろう。こっちがこれだけ譲歩しているって言うのに更なる要求をしてくるのか。
流石に長年の付き合いだけあってか、こっちが仕掛けたクロージングテクニックを見事に返されている。僕が考えている程度の事はお見通しってか。
「……オーケー、分かった。四日で良いよ」
「ラッキ~♪」
はぁ、僕はつくづく葵に弱いのかもしれない。このヒエラルキーが崩れる日が来るのを夢見つつ、オカルト研究部に足を向けるのであった。
「しかし、未だにオカルト研究部なんてもんがある学校ってあるのねぇ」
旧校舎の一角にある部室を見ながら葵が呟いた。確かに部員は六条さんしか見たことないし、実績も上げようがないからとうに廃部になっていてもおかしくはない部活であることには同意する。
そもそも、僕の知る限りで、ある程度常識を有している彼女が何でこの部活に入ったのか未だに謎に包まれている。
「六条さーん、来たよー」
木製の扉をノックしながら呼びかける。木製と言っても普通の人が想像するものでは無く、それこそ木がそのままむき出しになった扉だ。ワビサビあっていいが、下手すると怪我しかねない。今度補修に来よう。
「どうぞ、お入りになって」
中から返事が聞こえたので、僕は扉を開くために手に力を込める。が、扉はギギッという耳障り極まりない音を立ててはいるが、ビクともしていない。
「あ、それ縦開きですのよ」
僕の戸惑いを読み取ったのか中から更なる声が。
「まさかの縦開き!?」
「何かオカルト研究部っていうより、忍者屋敷みたいね」
葵が物珍しそうに屈んで扉を持ち上げると、実に普通の部屋が視界に入った。別に水晶玉とか置いてないし、魔女もいないし、カレーが入っていそうな鍋も無い。
「適当な椅子にお掛けになって下さい」
六条さんは何か調べ物をしているのか、僕たちには目を向けないで書棚に向っていた。言われた通り僕たちは部屋の片隅に乱雑に立てかけられていたパイプ椅子を適当に開いて座る。やがて、彼女は読んでいた分厚い書物を片手に僕たちに振り返る。
「藤壺先輩、本日は急にお呼び立てして申し訳有りません」
「いや~私はいいよ。代わりに光の手作り弁当ゲットしたから」
「なっ! そ、それはどういう意味ですこと?」
うわぁ、まずい。六条さんの額に青筋が立っているよ。この二人どうにも相性悪いんだよなぁ。理由はあまり深く考えたくないけど。
「そ、それはともかく。どうして僕たちは呼ばれたのかな」
「えあっ、あ、あぁ、そうでしたわね」
強引に話題を切り替える。ただ、後が多少怖い気もするけど。
「本日二人をお呼びしたのは他でもありません。藤壺先輩、私は貴女になります!」
「は、はぁ……はぁっ!?」
葵は一瞬納得しかけたが、直ぐに言葉の奇怪さに気付いてナイスリアクションを取る。こいつは芸人にでもなった方が良いんじゃないかと思いつつも、正直僕も六条さんが言った意味が良く理解出来ていない。というか、あまりしたくなかった。
「六条さん。えっと、どういう意味?」
「あっ、すいません。これだけでは伝わらないのは分かっています。今から説明しますわ」
言いながら彼女は、こちらも木製の長机にさっきの分厚い本を置いた。中には……恐らく遥か昔に使われていた言語が、ナメクジが這いつくばった跡の如く踊っていた。
「これ、平安文字?」
「さすが源くん、よく分かりましたね」
満足そうに頷く六条さんだが、平安文字ということが分かるだけで中身は何が書かれているかさっぱり分からない。
「ここには、人体から魂を離脱させて他人に憑依させる術が書かれています」
「幽体離脱?」
「有り体に言えば、そうですわね」
葵の呟きに、六条さんは動じることなく答える。
「つまり、宮須ちゃんの魂を私に入れるって訳?」
「理解が早くて助かりますわ」
「出来れば理解したくなかったんだけどね~……」
「藤壺先輩、この際はっきりと言わせてもらいます!」
何とも面倒くさそうな葵の言葉を遮る様に、六条さんはその手を机に叩き付けた。
「な、何よぅ」
六条さんの予想以上の剣幕にあの葵が怯んでいる。珍しい光景だ。写メ撮っておこう、写メ。はい、チーズ。と、そんなことをやっている間にも話は進む。
「いいですか! 正直、今の藤壺先輩に源くんは満足していません!」
「……へぇー」
「いや、へぇーってそれだけですか?」
「それ以外にどう反応したらいいのか」
六条さんには葵の淡白な反応が予想外だったようだ。もちろん、僕は予想していたよ!
「でも、でも、先輩は源くんに好かれたいのではないのですか!?」
「そういう事になってるの?」
いや、僕に聞かれても困るんだけど。
「で、では何故そんなにいつも源くんと一緒にいるのですか!?」
「うーん、便利だから?」
だよねー。そういう奴だよねー葵は。あれ、おかしいな。どうして涙が出るんだろう?
「そ、そんな……」
自分が思っていたことが外れていたからか、わなわなと震えだす六条さん。というか、当事者の一人である僕の事はもう二人とも眼中に入って無いでしょ?
「おーい。大丈夫、宮須ちゃん?」
「み、認めません……」
「え?」
「認めないといったのです! そんな生半可な気持ちで源くんの側にいるなんて、ず、ずるいです!」
「えぇ~……」
逆上する六条さん。逆切れされて戸惑う葵。そして、傍観する僕。もう好きにして。
「大体、先輩は自分の妹に優先順位が負けているのですよ!?」
「あ~それはねぇ」
葵がやっと僕の方に振り返る。圧倒的な眼力で僕の瞳は射られた。同時に微生物が体内を探っているような感覚に襲われ、心の奥底にあるものがすくいあげられる気がした。もう少しで僕の全てが見透かされる、そんな予感さえした。
だがその直前でふっと違和感が消えて、いつの間にか葵の視線は六条さんの元へ戻っていた。
「いいよ、やろうか」
「ほ、本当ですの?」
「うん。私も(万が一成功したら)光が実際にどんな反応するのか見てみたいし」
またこちらに振り返る葵。その瞳に何が写っているのか? 彼女の瞳はどこまでも蒼くて、まるで深い海のように真意を見透かせる気配は無かった。
「やっぱり、何でもない」
「な、何だよそれ」
「ただ面白そうって思っただけ」
葵はあくまでそっけない態度だ。なんか、いつもはぐらかされている気がする。それは単に僕の目が未熟なだけなんだろうけど、いまいち納得がいかない。
「じゃあ、さっそく始めていいですわね?」
「いいわよ」
僕の気持ちはさておき、当事者二人はどうやら乗り気のようで次々と準備を進められていった。どうか無事に終わって下さい、お願いします。
読んでくれた方、ブックマークして頂いた方、有難うございます!