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隠し続けてきた気持ち

 それから有無を言わせることなく僕と六条さんをオカ研部室から連れ出した葵は、その足でそのまま桐壺小学校まで紫ちゃん達を迎えに行った。そして紫ちゃん、花ちゃんと合流するとバスを乗り継ぎ嵐山の方にあるとある動物園まで来た。結構長時間かけて辿り着いたので、着いた頃には夕陽がまぶしかった。


「さ、遊ぶわよ~」


「遊ぶわよ、と言いましても」


「花ちゃん、おさるさんがいっぱいですー」


「ゆ、ゆかちゃん。そんなに引っ張らなくても」


 女性陣はめいめいに騒ぎ始めた。紫ちゃんは早速花ちゃんを引っ張って猿山の方へと行ってしまった。あぁ、無邪気で元気だなー。せっかくだから写メ撮っておこうと携帯を取り出そうとした僕の右手に、するりと何かが絡みついてきた。


「ひ~かる!」


「おわっ! あ、葵」


「ねぇ、一緒に回ろうよ」


「う、うん。別にいいけど」


 本当に葵の奴どうしたんだ? いつも以上にテンションが高いというか、無理して元気によそおっているような感じがする。


「お待ちください」


 声と共に今度は左手に六条さんの腕が絡みついてきた。な、何か腕に柔らかいものが当たっているんですがね。これはどうしたらいいんでしょうか?


「光、鼻の下伸びてるわよ」


「えぇ! そ、そんなことないよ!?」


「もう、さっさと行くわよ」


 不機嫌そうに葵は僕の手をぐいぐい引っ張って行く。対して六条さんは大胆に腕を絡ませながらも、目は葵の方を見ている。


「六条さん?」


 僕が呼びかけると、彼女はそっと顔を僕に近づけてきた。幸い葵は前を向いていて気付いていないけど、これは色々と危ない体勢なのではないだろうか?


「源くん、やはり変です」


 しかしそんな僕の甘い考えも、六条さんの真剣味を帯びた声で一気に霧散する。


「葵の事?」


「はい。どこがとは言えませんが、今の藤壺先輩はとても危うく見えます」


 危うく……か。確かに少し顔色が良くなったからって油断し過ぎていたのかもしれない。葵の力は詳しくは聞いたことは無いが、基本的に霊に力の一部を貸してもらうだけだ。しかし中には例外もあって、霊に体ごと貸して能力を行使するものもあるらしい。


「とにかく今は藤壺先輩から目を離さないことです」


 六条さんの忠告に僕は頷く。もし葵の身に何かあったら、それこそ『力』を使ってでも助けないといけない。『四家』の事も近い内に伝えなきゃいけないし、今更僕の『力』を隠している訳にもいかないだろう。


 それから僕達はしばらくの間、園内を散策した。途中で道行くお一人様の男性達から殺意をビシビシ浴びたが、外見がこれだけいい女の子を二人もはべらせていたら当然かもしれない。


 紫ちゃん、花ちゃんコンビとも合流して売店で売っているアイスクリームをみんなで食べ、日も沈んでそろそろ帰ろうかという頃合いになった。


「ごめん、帰る前にちょっとお手洗い行ってくるね」


 葵が思いついたようにそう言った。そして返事を待つ事もなくお手洗いの方に駆けて行く。走り出す前に、彼女がこちらをちらりと見た気がした。なんとなく、胸の中がざわめく感覚に襲われた。


 追うべきだろうかと一瞬ためらっていると、服のすその部分を微かに引っ張られる感触がした。視線を下ろすと、真っ直ぐな紫ちゃんの瞳がそこにあった。


「おにーちゃん……」


 それだけで僕は彼女が何を言いたいのかを理解した。だから僕は腹をくくることが出来た。


「ごめん、僕もちょっとお手洗いに行ってくる。六条さん、二人を頼むね」


「えぇ、任せてください」


 六条さんも特に驚いた様子もなく送り出してくれた。ただ背後から「今回ばかりは、譲るしかないじゃないですか」と聞こえたのが、心の中に小さな棘として刺さった。


 探すまでも無く葵は直ぐに見つかった。お手洗いの前のベンチで所在無さ気に足をぶらぶらさせながら座っていた。僕は走るのを止め、ゆっくり彼女に近づいた。すると向こうもこちらを振り向いた。


「なーにやってんだ、こんな所で」


「別に、何も」


 誤魔化すようにあいまいに笑う葵。


「お前、やっぱり何か隠しているだろ?」


「何かって?」


「それが分からないから聞いているんだろ?」


「この鈍ちん」


「えっ?」


 葵はささやくように何かを言ったが、上手く聞きとれなかった。


「何だって?」


「別に。それより。私も光と二人で話したかったの」


「な、何だよ……」


 じろり、とこちらに視線を向けてくる葵。そんな視線を向けられると後ろめたい事なんて無いのに、犯罪者にでもなった気分になってくる。


「光も私に、何か隠してること有るでしょ?」


「別に隠していることなんて……あ」


 あった。隠している訳では無いけど、黙っていたことが。


「やっぱりあるんだ」


「いや、でもこれは、別に人に話す様なことじゃないし」


「当ててあげよっか?」


「えっ!?」


 急に何を言い出すんだ、こいつは。いくら葵が鋭いからって、そこまで分かりやすい態度を取った覚えは無いぞ。


「花ちゃん」


「うっ!」


 取った覚えは無いはず……なんだけどなぁ。


「宮須ちゃんに引き続き、告白でもされた?」


「お前、実は読心術も使えるだろう?」


「まさか。でも、そっかあ。そうなると完全に光はロリコンの性犯罪者予備軍だね」


 けらけらと笑って否定する葵。だが、その表情はどこか作り物めいていた。


「それくらい簡単に分かるよ。何年一緒にいたと思ってるの?」


 少なくとも十年以上は一緒に居るだろうな。ついこの間もそんな話をしたような気がする。だけどそれって、関係あるのかだろうか?


「あるわよ」


 僕の心を勝手に読んで葵は喋り続ける。


「本当に、何で光は十年以上も一緒に居て気付かないんだろうね。ま、私の自業自得か」


「何の、話を……」


「もうこの際はっきり言うわ、私の気持ち。最近になって幼なじみのアドバンテージも完全に無くなってきたし」


 葵の視線が僕に固定される。いや、違う。固定させられているのは僕の方だ。吸い寄せられるように目の前の幼なじみの少女に目線がいってしまう。だって、こんな彼女の恥じらいを帯びた表情なんてもう何年も見ていなかったから。


「光。私のお母さんが死んじゃった時に言ってくれた言葉、覚えてる?」


「それは……」


「それで、私がなんて答えたか覚えてる?」


 覚えている。忘れる訳が無い。僕が最初で最後にした、そしてされたプロポーズ。子供の頃の約束と言えばそれまでだ。実際小さい頃にこんな約束をしてもたいがいが両方とも綺麗さっぱり忘れて大人になってしまう。でも、僕達は未だに覚えている。


「冗談と思うかもしれないけどさ、私の気持ちはあの頃から変わってないよ」


「……」


「って、信じてもらえないよね。色々酷かったからね、私」


「信じているよ」


「本当に?」


「十年来の幼なじみなんだから分かるだろ、それくらい」


「そっか、そうだよね」


 信じられてしまうから困るんだ。どうして今になってそんなこと言うんだよ。今までそんな素振り、全く見せてこなかったくせに。相手に、してこなかったくせに。


「じゃ、そんな十年来の幼馴染が次に何を言うかも分かるよね?」


「……」


「光、答えて」


「分かってるよ」


 いつの間にか僕達がいるベンチの周りには全く人が居なくなっていた。さっきまでは子供連れの家族やらカップルが何組かいたのに、気を遣われたのか今は閑古鳥が鳴いている始末だ。舞台装置としては完璧だな、これは。


「光、私はね」


「……うん」


「今でも、光の……あ、れ」


 がくんと、急に力が抜けた様に葵がこちらに倒れてきた。僕は慌ててそれを受け止める。


「葵っ!?」


「あれ、おかしい、な。もう少しもつと思ってたんだけど……。あはは、これも今まで自分の気持ちを偽ってきた罰、かな」


「どうしたんだよ!? ちゃんと説明してくれ、葵!」


「んっとね、この前取り込んだ霊がどうやら悪霊の類だったみたいでさ。あれから少しずつ体力奪われてるんだよね。流石に悪党の家には悪霊しかいないのかな? はは」


「笑い事じゃないだろ! なんでもっと早く……くそ、気付いていれば」


「そこで私のせいにしないのが、やっぱり光だね」


「馬鹿、もう喋るな!」


 顔が蒼白になってしまった葵をベンチに寝かせて、携帯を取り出す。この状況を打破するには情けなくても彼女を頼るしかない。大切な人を守る為に。

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