四家
「『しいか』?」
バイト後、配達所に戻ってきて花ちゃんが言った言葉を僕はそのまま反復した。漢字に変換しようとしても、どの文字を当てはめれば適切なのかが分からない。
「そう、『四つの家』って書いて『四家』」
花ちゃんは言葉で発しながらも、空中に指で漢字を書く様になぞる。今は彼女を家に送って行きがてら、先程の話の詳細を聞かせてもらう。
「なんでも、その四家っていうのは平安時代に特に栄えていた貴族達らしい」
「平安、貴族」
「で、ウチはその四家の内の一家だったらしいんだ。冗談みたいな話だよな。今はこんなに貧乏なのに」
愚痴っぽく言う彼女だけど、その顔はどことなく嬉しそうだった。なるほど、それならば色々と想像ができる。貴族同士の争いとかよく有りそうだし。
「ひょっとして、銭谷もその四家の内の一つだったとか?」
とりあえず真っ先に思いついたことを口にしてみる。が、
「ぶっぶー。残念でした」
目の前で思いっきりバッテンマークを作られてしまった。いつの間にクイズ形式になったんだろうか? まあ、花ちゃんが楽しそうだから別にいいけど。
あと、残っている可能性は……。
「銭谷は四家より下の貴族で、その座を狙っていたとか?」
「な、何で分かったんだ!?」
今度はやけに驚いた顔。どうやら正解らしい。
「単なる消去法。でも、そんな昔から狙われてきたんだ?」
「うん、でも四家が崩れることは決して無かったらしい」
「どうして?」
貴族なんていうものの凋落は昔からよくある話だ。それが現代になってまでも未だに残っているなんて。銭谷の方はしぶとそうだから未だに残っていても不思議は無いけど。
「四家の人間には不思議な力が代々備わっていたらしい。だから、凡人じゃとても相手にならなかったんだって」
「えっ!?」
不思議な力。その言葉だけが強く頭に残る。最初に思い浮かべたのは葵。彼女が持つ力は明らかに常人離れしている。力を存分に発揮したなら、恐らく格闘技の世界チャンピオンだって相手ではないだろう。次に浮かんだのが紫ちゃん、そして。
「僕、か」
「うん。それがあったから話を後回しにした」
それだけ言って花ちゃんは黙ってしまった。多分、いきなりの事で上手く事態が飲み込めていないんだろう。年上である僕ですらどう反応していいか分からない。でも、一つ分かったことがある。
「花ちゃんの身体能力の高さの理由はそれなんだね」
「うん、ウチの家系は異常に身体能力が向上するらしい。……幻滅した?」
「何で?」
「だってなんか、化け物みたいじゃないか」
ギュッと着ているシャツのすそを摘まむ花ちゃん。確かに驚きはしたけど、そこに嫌悪感なんか一切無い。だから、出来るだけ彼女を安心させてあげるように頭を撫でてあげた。
「花ちゃんが化け物だったら葵や紫ちゃん、僕まで化け物になっちゃうよ?」
「でも、葵さんやゆかちゃんは普段は普通の人と変わらない。先輩だって違うだろ? だったら、アタシだけ……」
「もし、キミが化け物だとしても」
花ちゃんの声をさえぎる様に少し語気を強める。彼女は人間だ。化け物なんかじゃない。それでも彼女自身が化け物と言い張るなら、こう返すだけだ。
「僕はこんな可愛らしい化け物だったら、いつでも歓迎だよ」
言った後で自分が凄く恥ずかしいことを言ったなぁと感じる。それでも横を歩く花ちゃんが「ぷっ」と吹き出したので、安心出来ちゃうんだなぁ。
「先輩さ、前から言おうと思ってたけど」
笑いをこらえながら、それでも先程とは比べ物にならないくらいの良い表情で彼女は僕の方を向いた。
「本当に馬鹿だな」
「……へっ?」
帰ってきた答えに少し呆然としてしまう。てっきり「優しいんだな」とか言われる流れを予想していたんだけど。僕って本当に花ちゃんに好かれているんだろうか?
確認したかったけれど、彼女の顔はとても晴々したものなので口をつぐまざるを得なかった。危うく愚問を口走るところだった。彼女が僕のことを信頼していなければ、そもそも『四家』の話しなんてする訳が無い。だから、多分そういうこと。
しかし、花ちゃんの言った事が全て事実ならばその四家にあたるのは『末摘』、『藤壺』、『源』。そしてあと一つ。何の因果かもう一家に心当たりがある。つい最近不思議体験を一緒にしたばかりだ。
だから、彼女にも学校で確かめなければならない。まあ、彼女がどこまで自分の立場を理解しているのかまでは分からないけど。
僕と葵は今まで特に意味を考えることなくその力を行使してきた。だが、これからはそういう訳にもいかないのだろう。一抹の不安を感じながらも、僕は花ちゃんを家に送り届け、一緒に朝食でもと言う彼女の両親の誘いを丁重にお断りして自宅へと帰還した。
自宅で身支度を済ませ、いつもより少し重い足取りで藤壺家へと向う。一応念の為に親父にも四家の事について尋ねてみたかったが、生憎仕事に出たばかりだった。お袋にも聞いてみたが、こちらはあまりかんばしい答えは得られなかった。
まあ普段からありふれた一般家庭をやっているので、あまり期待はしていなかったけど。
「葵なら、何か聞いているかな?」
別に今すぐ四家の事を明らかにする必要性は無いかもしれない。ただ、葵の力のように自らの身を削って行使する力もあるということは事実。ならば、少しでも知識を増やして危険性を減らしておいても損は無いとはずだ。
「あれっ?」
藤壺家の玄関に立った時に、ふと違和感を覚えた。どこがおかしいかは分からないけど、なんとなく変だ。しばらく家全体を眺めていても原因が見えてこないので、仕方なく僕は扉を開けた。
すると、いつもは何かしら生活音がするのに今日に限っては全くと言っていい程何も聞こえてこない。家中がしんっと静まり返っている。紫ちゃんはともかく、葵がこの時間に起きていないのは珍しい。
「一応、確認しとくか」
階段をゆっくりと上り、紫ちゃんの部屋の奥にある葵の部屋を目指す。彼女の部屋の前には紫ちゃんの部屋同様、「あおい」と平仮名でかかれたプレートが引っ掛けられていた。
「似合わないなぁ。似合わなさ過ぎる」
でも、未だに彼女がこのプレートを使ってくれているのは嬉しかった。なんて言ったってこのプレートの製作者も僕だから。むかしむかしに僕が紫ちゃんの為にプレート作ったときに葵が珍しく羨ましそうに見ていたのでついでに作ってあげたのだ。気に入ってくれたのはちょっと意外だったけど。
「葵ー。起きてるかー?」
呼びかけと共に軽くノック。すると、
「私、この戦争が終わったら」
何やら意味深な返答が返ってきた。っていうかそこで止めるなよ。気になるだろうが!
「葵、入るぞ」
「服を全部脱ぐ~!」
開けかけた扉を全力で閉めた。同時に指を挟む。
「くぁwせdrftgyふじこlp~~~……っ!」
「ぐぅ……」
扉前の床で悶絶していたら、自然とドアが開いて中から寝息が聞こえてきた。恐る恐る中を覗き込むと、完全に熟睡しきって顔からよだれを垂らしている葵がいた。どうやら先程の「脱ぐ」発言は単なる寝言だったらしい。
「なんて危険な寝言を吐く奴だ。我が幼なじみながら恐ろしい」
四十路近くの干されかけた女優さんでももっと慎重な選択をするぞ。一体何がこいつをそこまで駆り立てているのか。
「まあ、冗談はさておいて」
比較的早起きなコイツがまだ寝ているとは。どこか体調でも悪いのだろうか? 寝息は安定しているし、汗をかいた様子も無い。単なる気にし過ぎかもしれなけど……。
「葵、あーおーいー!」
「んん? あっ、ひかるだ。やっほ~」
頬をペチペチ叩いてやることでやっと眠り姫は御起床なされた。寝惚けているのか、かなり舌足らずで目がショボショボしている。
「ほらっ、さっさと起きろ。もう七時半だぞ」
分かりやすい様に目覚まし時計を目の前まで持って行ってやる。葵はそれをしばらくじーっと眺めると、急に両手を上げてばんざい体勢を取った。そして、
「抱っこ~」
と言いながら……て、ええええぇぇぇぇーーーーっ!
「ひかる抱っこ~」
ダメだ、こいつ完全に寝惚けてやがる。こっちに抱きついてこようとする葵を無理矢理退き離す……ことなんて出来る訳ねぇだろうが! いくら普段からぞんざいに扱われていようと可愛いものは可愛いんだよこんちくしょう! あぁ、肌がぷにぷにだよ。これだよ、これが僕が望んでいた理想の……。
「……いや、違うな」
完全に暗黒面に堕ちそうになった自分を現実に引き戻したのは、昨日までの葵の姿だった。確かに今この状態の葵は可愛いかもしれない。でも、それは僕の知っている葵では無いんだ。そんな一時の幻想にすがっていたって何にもならない。
僕は張り付いてこようとする葵の体をゆっくりと離し、再びベッドに横たえる。
「どうしたの~ひかる~」
やっぱりまだ寝惚けている。普段ならここまで長時間にわたって自我が無いことなんてない。
多分だけどこの前『力』を使った疲れが残っているのかもしれない。思い返せば最近のコイツの態度は少し変だった。どことなく虚ろな感じがしていたし。
「ひかる~?」
「ごめんな。もっと早く気付いてやるべきだった」
戸惑う葵に掛け布団をかけてやる。今日はこのまま学校を休ませよう。
「たまにはゆっくりしな。先生には僕から言っておくから」
そう言って葵の返事も待たずにきびすを返す。
「……やっぱり光は優しいね」
部屋を出る時に何か聞こえた気がしたが、きっとまた寝言だろう。
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