幼なじみ
『うぅ、ひっく、うぇ、うわああぁぁぁん!』
女の子が一人、泣いている。最初に目に入ったのは白と黒の垂れ幕。そして遺影。それでここが葬儀の場である事を理解する。
『泣かないで、×××ちゃん』
『おかあさんが、おかあさんがぁ~』
夢の中の僕が呼びかけても、女の子は一向に泣き止む気配が無い。
『うぅ、おかあさああぁぁ~ん、うわぁあぁあぁ~ん!』
困った。どうしよう。なんとか泣き止ませてあげないと。
でもこういう時は、なんて言えばいいんだっけ?
『どこにもいっちゃやだああぁぁ~』
そうだ。女の子はおかあさんがどこかに行ってしまった事を悲しんでいるんだ。
だったら。
『おかあさんの代わりにはなれないけど、僕が×××ちゃんとずっと一緒にいるよ!』
我ながら良い提案だ。まあ、僕なんかいらないかもしれないけど。
『えっ!?』
でも、僕の言葉を受けて予想外にも女の子は泣くのを止めた。
『本当? 本当にずっと一緒にいてくれるの!?』
『う、うん。僕でよかったら』
『それって、私とケッコンしてくれるってこと!?』
あぁ、そうか! ずっと一緒って結婚するって意味にも取れるか。困ったなぁ、僕には紫ちゃんが……最近では六条さんや花ちゃんもいるのに。
『ケッコン、してくれないの……?』
答えないでいると、少女の瞳に再び涙が滲み出てきた。あぁ、もう仕方ない!
『うん、結婚してあげるよ!』
ヤケクソ気味に言うと、少女の顔に満面の花が咲いた。
『じゃあわたし、大きくなったら×××くんのおよめさんになる!』
良かった。元気になってくれた。
あれ? でもこの声、どこかで聞いたような……?
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「んっ、ふわっ……」
布団からのっそりと這い出し、あくびをかみ殺しながら伸びをする。何か夢を見ていたような気がするが、いまいち内容がはっきりしない。思い出そうとすると、頭がずきりと痛んだので、僕は仕方なく考えるのを放棄した。
実に平和な朝だった。最近は何かにつけて異常なドタバタ劇に巻き込まれていたせいで、こんな穏やかな時間がとても懐かしく思える。
「本当に、色々あったなぁ」
パジャマから私服に着替えつつ、最近起きたことを思い返す。
『でも、だからこそ私は貴方を好きになりました。簡単な理由かもしれません。正直、この感情は恋では無いのかもしれません。でも、私が貴方に好意を寄せているという事実は変わりません』
『先輩のこと、好きになっちゃった。だからまた、よろしくお願いします!』
「って、ちがあああああぁぁぁぁぁーーーーーう!」
いや、違わなくないけど! 確かにそう言われたけど!
でも最初に思いつくのがこれって、人としてどうなんだ!? いや、むしろ男としては非常に当たり前な反応かもしれない。だって僕、男の子だもん!
「しかし……」
着替えを終え、鏡の前に立ち身だしなみを確認しながらも思う。
「どうにかしないといけないよな」
二人の女の子から告白されたのは事実。二人には答えは待って欲しいと言ってはいるが、それでもあまり長い間待たせる訳にはいかない。こういう時に信頼の置ける同年代の、女心が理解できるが人が身近にいればなー……。
いや、現実から目を背けるのは止めよう。同年代だし身近な存在ではあるが、『信頼が置けて女心の理解できる』かどうかはなはだ疑問な知り合いが一人居る。
部屋のカーテンを少し開いて、隣家の様子をうかがう。カーテンは空いてないし、電気も消えているからまだ寝ているのだろう。
「葵、か」
僕の幼馴染であり、初めて好意を向けてくれた女の子。
でも、それはもう遥か昔の話。今では僕をいじくることを生きがいにし、昔よりもずっと可愛く綺麗になって遠い存在になってしまった女の子。でもたまに、本当にまれに気まぐれで僕に優しくしてくれる女の子。
僕は考える。
確信がある訳じゃないけど、葵に告白の事を相談したら真剣に考えてくれると思った。それこそ、まるで自分の事の様に親身になって僕の話を聞いてくれると思う。
でも、何故だろう? 僕はこの話を葵にするべきじゃ無いと思ってしまうのだ。理由が有る訳じゃない。全ては感覚的な問題だ。何となく、今カーテンの向こう側で安らかに寝息を立てている彼女の姿を想像すると、心のどこかでストップがかかる。
結局、僕はカーテンを締めた。今日だけは朝の空気を吸いたいとも思わなかった。ただただ眠る葵の姿を想像して、もやもやとした気分のまま気付けばバイトに出る時間になっていた。
「どうしたんだ、先輩?」
「えっ!?」
配達所に入って軽く他の配達員に挨拶をしていたら、花ちゃんに声をかけられた。
「顔色が悪いぞ? ちゃんと朝ご飯食べてきたか?」
「いや、僕は配達終わってからいつも食べているから……」
とは言っても、いつもは配達前でもお腹はぐうぐう鳴っている。今から消費する分のカロリーをよこせと体が求めているのだ。でも、今日はまったく食欲が無かった。
「……ひょっとして、アタシのせいか?」
「な、何で?」
答える言葉がどもってしまった。
「やっぱり、アタシがあんな事言ったせいなんだな」
勘の鋭い花ちゃんは直ぐに僕の動揺を見抜いた。参った。知られるつもりは無かったのに、よりにもよってこんなに直ぐにばれてしまうとは。
「べ、別に花ちゃんのせいじゃないよ。僕が優柔不断なだけで……」
そう、僕が優柔不断なのがいけないんだ。
今までだったら僕は紫ちゃん一筋だった。だからそれを理由に簡単に断ることが出来ただろう。でも六条さんに告白されて以来、僕の中で人を好きになるという考え方が揺るぎ始めた。
何が『好き』なのかが分からない。どこからが『好き』なのか分からない。
でも、これは自分自身で決着をつけないといけない事だ。
「とにかく、花ちゃんが気にする必要はないよ」
「でも」
「それよりさ、ご両親の方はどうだった」
更に追及されるのを予感して、とっさに話題転換をする。
「あぁ、二人とも先輩に凄く感謝してた。今度家に招待してくれって」
「そこまでお礼を言われることじゃないんだけどな。それと、銭谷の言ってた因縁って?」
「うん、実はさ」
この前の事件で銭谷が最後に残した『因縁』という単語が心の中でずっと引っかかっていた。片や最近まで金に物を言わせていた極道、片や少し貧乏などこにでもある一般家庭。そこに何かしらの因縁があったとは考えにくかったからだ。
「ウチも元々は旧家だったらしい」
「なるほど、だからか。いや、でも」
花ちゃんの言葉に一度は納得するも、再び疑問が浮かび上がってきた。
「確かに旧家同士の争いなんてよく有りそうだけどさ、どうして花ちゃんの家なの? 数こそ多くないけど、この紫野だけでも旧家は幾つか有るよ?」
それこそ六条さんの家とかはまさにと言ったところだし、藤壺家だって元々はそうだ。
「それに関して何だけど、ちょっと込み入った話なんだ」
「そっか。じゃあバイト終わりで良い?」
「うん。構わない」
花ちゃんの声色にただならぬ気配を感じて、僕はそこで会話を打ち切った。
二人で長いこと話していたので、配達所内での僕のロリコン疑惑が深まったのはこの際どうでも良いとしよう。うん、そうしよう。
おかげさまで、ブックマーク50行きました!
いつも読んで頂き有り難うございます!