表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/33

先輩のこと、好きになっちゃった。

「な、何で……!?」


「なっ!?」

 花ちゃんと、そして銭谷までもが声を上げた。僕も声を上げたい。痛てぇ。


 手からは滔々と赤黒い血が流れ出ていた。見たくは無いが、木刀の切っ先がしっかりと刺さっている。幸いなのは真剣じゃなくて良かったなーということくらいか。そして、刺さっていた刀身から力が抜けた。


「せ、先輩、どうして……。嫌、いやああぁぁぁぁーーー!」


 花ちゃんが木刀を離したのだ。そして、そのまま頭を抱えてうずくまる。あぁ、しまった。彼女に余計な罪悪感を与えてしまった。まだ誰一人として動いてない所を見ると、葵の術が解けるまでまだ少しあるみたいだ。左手を背中越しに隠して屈み、僕は右手一本で花ちゃんを抱きしめた。


「うぇっ、うぅ、せ、先輩!?」


「こら、花ちゃん。人にあんな危ないもの向けたらダメだろ!」

 ひたいを突き合わせて、幼子に言い聞かすように諭す。花ちゃんの瞳には涙が浮かんでいる。あぁ泣かせてしまった。女の子を泣かすなんて本当になんて最低な奴なんだ、僕は。


「でもごめんね。これがさっきキミにしてあげられる最善策だったんだよ」


「何で、先輩がっ、ひっくっ、謝るのよ。全部、全部アタシが悪いのに!」


「うぅん、僕が悪いよ。これは花ちゃんに人を傷つける事をさせたくないって思った、僕のわがままだから」


「でもっ!」


「でも、そうだな。もし花ちゃんが僕に少しでも『ごめん』って思ってくれているなら、少しの間目を瞑っていてくれない?」


「えっ……う、ぅん」


 戸惑いながらも、その小さく円らな瞳を閉じる花ちゃん。あぁ、これってまるでキスする時みたいで照れるなぁ。まあ、したくてもそんなことしている暇ないけど。


 時が動き出した。正確には葵の術が解けた。周囲の構成員達は揃って僕を囲み、僕の背後に控える自分たちの『親』の命令を今か今かと待ち構えている。


「小僧」


「なんですか?」


 背中越しの銭谷の言葉に、僕は自然な言葉で返す。その台詞には何も付加されていない。感情の一切を削ぎ落とした返事。ここからはひたすら無心になる。集中力を高める。


「先程かばわれた事は自覚している。しかし、それは別の問題だ」


「そうですね。僕もあなたの為にやった訳じゃない」


「ならば」


 後ろで銭谷が動く気配を感じた。恐らく手下に合図を送ったのだろう。その証拠に構成員達が一斉に武器を構えてこちらを向いた。沢山の殺意が襲い掛かってくる。


「恨むなよ、小僧」


「えぇ、別に恨みませんよ」


 答えながら、僕は手に刺さった木刀を引き抜く。抜いたことにより更に血がドバっと流れ出るが、今はそんな事は全く気にならない。それほど集中できていた。


「だから」


 木刀を正眼に構える。今なら人に打撃を与える武器の最大限の力を発揮できるだろう。

「あなた達も恨まないでくださいね」


 そんな予感が有った。だから僕は、僕の『力』を解放した。


「名も知らぬ木刀よ。今こそ、その真価発揮せよ!」


 一閃。それで全ての事が足りた。




 目を開けた花ちゃんはただでさえ丸い目を、更にまん丸くした。


「これって」


 当たりの様子を一巡り見渡して、そして最後にまた僕の方へと視線が戻ってくる。


「先輩が、やったのか?」


「うーん、みんな眠かったんじゃないかなぁ。春だし。春眠暁を覚えずってね!」


 さーて、この適当なお茶濁しでどこまで通用するかなー?



「先輩がやったんだな?」


 ですよねー。通用しないよねー。まあいかに十歳の子が相手と言えど、こんな言い訳は通用しないか。しょうがない、ここはある程度は説明するしかないか。


「僕も少し『力』があってね。これ出来れば紫ちゃんには黙っていてくれないかな?」


「ゆかちゃんに? 葵さんじゃなくて」


「う、うん」


 葵にはもう知られているから、紫ちゃんが一番気付かれたくない相手なんだ。ひょっとしたらもう感づかれているかもしれないけど。


「先輩と私との、秘密か?」


「ま、まあそういう事になるね」


 何と言うか凄く背徳的な言い方ではあるが、言っている事は間違ってない。


「え、えへへ……」


 そしてどうしてそこで笑うの、花ちゃん!? お兄さん勘違いしちゃうよ!?


「おーい、光~」


 馬鹿なことを考えていたら、葵が門の方から走ってきた。そして、気のせいか遠くからパトカーのサイレンも。こんな夜中にご苦労なことだ。


「うわっ、これどうしたの!?」


 庭に死屍累々と倒れていらっしゃる構成員の皆さんを見て、葵は度肝を抜かした。正直に言うのははばかられるので、適当な言葉でごまかすことにする。


「いやぁ、何か睡眠不足だったみたいで寝ちゃったよ。それより葵、警察呼んだ?」


「ううん、私じゃない。さっきケータイに連絡あったんだけど、宮須ちゃんが呼んでくれたみたい」


 流石六条さん、僕と違って抜かり無いなぁ。お金の件も助けてもらったし、紫ちゃんの相手もしてもらったし、今度折り菓子でも持ってお礼に行かないと。


「っていうか光、あんた手どうしたの!?」


「あーこれは……」


 見つけなくてもいいものを。だが葵相手だとこういう時は強引に誤魔化すに限る!


「そんな事より早く撤退しないと僕たちまで警察の事情聴取だよ!」


「えっ、あっ、やば!」


 脅し文句は効果覿面だった様で、葵はすたこらと門に向かって遁走を始めた。笑いを噛み殺しながらそれを見送って、僕は右手をもう一人の少女に差し出す。


「さ、僕たちも行こうか。花ちゃん」


 しかし少女は差し出した右手を取らず、僕の左手を傷口に触れず、労わる様に取った。


「せんぱ、光さん」


「えっ!?」


「ありがとうございました」


 そう言って笑う少女の微笑みは、深夜の深い闇にも負けない明るさをたたえていた。




 あれから数日経った。


 銭谷一派の詐欺事件は世間に明るみになり、末摘家の借金もチャラになった。


 そう、色々と変わったんだ。


 例えば今日の朝陽新聞の朝刊。『銭谷一派逮捕!』の報道が一面を飾っている。事件自体は数日前に起きた事件だから記事にさして目新しさも無いのだが、未だにこの事件が取り上げられているのは『銭谷一派』を解体させた謎の人物について言及されているからだ。


 新聞に掲載されている言葉を借りれば、『京の都に現れた平安時代の武士』だとか『頬に十字傷のある赤髪の流浪人』だとか、しまいには『朝の子供向け番組のマスクを被った変態』との記載もある。まあ、最後のが一番正解に近いんだけど。


 そして、倒れていた銭谷を含む全員が気絶していただけという事にまで言及されている。まあ、普通に考えれば真実には辿り着けまい。だが、この話題でしばらく紫野一帯は盛り上がるのかもしれない。


 もう一つ変わった事がある。僕が配達分の新聞を読んでいる席の対面、数日前までとある少女の席だったパイプ椅子に人影が無い事だ。


 まあ、借金も無くなったしこんな朝早くからしんどい仕事を進んでやるなんてよっぽどの変わり者だろう。そして、僕の知る限りでは彼女は普通の女の子だ。だからここに帰ってくるはずが無い。


 無い事は分かりきっている。分かりきっていることなのに……。


「どうしたんだい、源くん。元気無さそうだね?」


「何かあったの? 良かったら私達に相談してね」


 明石家に続く奥から靖男さんと清さんが顔を出した。こんな気分の時に、この温かい人達の顔を見ると泣きたくなってくる。自分の気持ちが偽れなくなってしまう。


 そう、僕は今寂しいのだ。ほんの数日間だったけど、彼女と過ごした日々は確かに僕の心の中に何かを残していった。それはとても漠然としていて、今でもその正体はよく分からないけどしっかりと根付いている。答えが分かるのはいつの日か。


「もう少し一緒にいられたら、分かったかもしれないな」


「ん、何がだい?」


「いえ、何でもないです」


 僕の独り言に律儀に反応を示してくれた靖男さんに笑い返し、配達分の新聞を持ち上げる。前より〇・五人分増えた新聞を、その重みをしっかり確かめながら。


「あぁ、ちょっと待って源くん!」


「えっ、何です……」


「すいません、遅れました!」


 靖男さんの呼び掛けに答えようとした僕の言葉は配達所の扉が開く時に軋む音と、一人の女の子のはつらつとした挨拶によって阻まれた。


「おっ、やっと来たね。今日からまたよろしく頼むよ」


「お願いね。しばらくは源くんと一緒だから」


「はいっ!」


 靖男さんと清さんの言葉にはきはきと答える女の子の声は、僕には聞き慣れたものだった。というか、ここ最近この声を一番聞いていた気がする。


「どう……して……?」


 この疑問は当然の帰結だ。だって、もう借金は無い。働く理由が存在しない。


「いやね。『どうしても!』って頼まれたら、断れなくて」


 少し薄くなった頭を掻きながら、言い訳染みた言葉を口にする靖男さん。いや、でもさ。


「だって彼女まだ小学生ですよ? いいんですか?」


「だからアルバイトじゃなくて、お手伝いってことで。大丈夫、責任取るのは私だから。それに、源くんがそんな事言っていいのかい?」


「どうして、ですか?」


「だって、笑ってるよ」


 言われて初めて気付いた。僕は、笑っていた。そして、目の前に佇む少女も。彼女は僕の前まで歩いてくると、背伸びをして僕に目線を近づけた。


「先輩に言い忘れてた事がありました。だから、戻ってきちゃいました」


「えっと、何かな?」


 問いかけると目の前の少女、花ちゃんは僕に向かって茶目っ気たっぷりにウインクし、


「先輩のこと、好きになっちゃった。だからまた、よろしくお願いします!」


「えっ! ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!?」


 そう言ってみせたのだった。そろそろ五月を迎えようとしている、そんな春の日の一幕だった。

花ちゃんズストーリーはいったん終了でございます!

次回からはちょっと意地悪な幼なじみ、葵に焦点を当てたものとなります。

ところでタイトルにある紫ちゃんを育てる要素はいったいいつになったら出てくるのか!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました: https://ncode.syosetu.com/n9265fp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ