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暴かれた悪事

「随分と派手にやってくれたな、小僧」


 にらむ……というよりも、もはや刺す様な視線。限界値を突破していたと思っていた心音が更に大きくなる。目の前の老人、銭谷はそれ程の威圧感を漂わせていた。まさしく巨魁。


 構成員百人以上を従え、長年この紫野に君臨し続けた男。この男と今から戦うのかと思うと泣きたくなってくる。でも、泣いたらいけない時が男にはあるんだな、これが。


「末摘」


「今、何と言った?」


 僕が花ちゃんの名字を呟くと、銭谷は反応を示す。


「末摘って人に金貸してるだろ、アンタ?」


「正確には連帯保証人が逃げたから代わりに返済してもらう。運が悪かったな」


 銭谷の顔は笑っていた。そこには騙された人間への憐れみは無く、被害者を嘲笑っているかのようだった。何を白々しい、と思った。本当ならここで一発殴りかかってやりたかった。でも、それだけで済ますと思ったら大間違いだ。


「返してやるよ、五百万」


「何ぃ?」


 見せつけるように、持ってきたアタッシュケースを前に突き出す。銭谷はそれを一瞥するも、再び僕を睨め付ける。かと思ったら、口元が歪に釣り上がった。


「ふっ、ふふふ、ふはははは! なかなか面白い冗談だぁ。なら、見せて貰おうか。まさか、紙束で五百万分用意したとは言わんよなぁ?」


 別にそれでも良かったんだけどな。本気で返してやるつもりなんか無いし。高笑いする銭谷を完全に無視し、僕はアタッシュケースを開く。そして中に入っている五つの百万の束から一つを取り出し、放り投げてやった。


 銭谷は馬鹿にした表情で札束を取り上げたが、数秒後には表情が一変していた。


「……小僧、この金はどうした?」


「どうしたかなんてアンタに関係ないだろう。僕は金を返しに来ただけだ」


「確かに出処なんてどうでも良い事だ。何故末摘では無くお前の様な小僧が返しに来たかもな。貸した金さえ返ってくれば文句は無い。はっはっは!」


 目の前で自分の思い通りに事が進んだ事を、勝利を確信して笑う金の亡者。だから僕も笑ってやる。その余りに哀れで愚かしい姿を。


「っは、はははははははは!」


「何がおかしい、小僧」


 僕の笑い声に流石に異常さを感じたのか、銭谷の顔から笑いが消える。


 そろそろ頃合いか。僕は笑うのを止め、アタッシュケースに金と一緒に入れておいた資料を取り出す。そして、先程同様に銭谷の前に放る。内容はもちろん金を持ち逃げした男と目の前の老人との癒着。それを見たこの家の長は、初めて余裕の表情を崩した。


「貴様、何が目的だ」


「さっきアンタが言ったじゃないですか。元々借金していた奴が逃げたから連帯保証人の末摘さんに返済してもらうって。僕も必要とあらば金を返しますよ。でも、その必要は無いですよね。だって、借金していた人間がそこに居るんですから」


 きっと隠れる必要も無いと思っていたのだろう。構成員の中の一人が明らかな動揺を見せている。つまり、今回の事件は銭谷一派の自作自演。その構成員はとっさに身を隠そうとした。しかし、退路を断つように僕は言い放つ。


「逃げたって無駄ですよ。この資料はもう警察に提出してありますから」


 これで銭谷の悪事は暴きたてた。後は……僕はあらかじめ手に巻き付けていた装具のスイッチを押す。するとシュルッっという音と共に糸が急速に巻かれていく。もちろん糸の先は奴に投げた札束に繋がっている。百万は銭谷の手をあっさり離れ、僕の手元に戻ってきた。


「さて、何か申し開きは?」


 ここで素直に引き下がってくれれば御の字なんだけどな。だが、時代劇とかの場合だと大抵これで終わらないんだよなぁ。悪党ってたいがい諦めが悪いもんだ。


「詰めが甘いな、小僧」


 ほぅら、きた。


「銭谷の名前を舐めてもらっては困る。警察上層部にもウチの構成員はいる。つまりだ、余程決定的な証拠が無ければ潰せる。この程度の詐欺も揉み消せる訳だ」


「つまり、アンタが構成員とグルになって金を騙し取ったってのは」


「そんな事は存在しなかったという訳だな。残念だったな、小僧」


「なるほど、確かに聞きましたよ」


 笑いをこらえながら、僕はポケットの中に手を入れる。かちりという何かの停止音は銭谷の耳にも届いたはずだ。それは、破滅への一音。


「貴様、まさか……!?」


「えぇ、古典的な方法ですけどね。」


 そう言って僕はポケットからそれを、ICレコーダーを取り出す。容疑者の自白。一番効果的な証拠。これだけ確定的な物証があれば、いくら警察内に味方がいても揉み消せない。法治国家なめんなよ!


「ぐっ、んぬううううぅぅぅ!」


「じゃあ、僕はこの辺で失礼します。今から警察に行かないといけないんで」


 レコーダーをしまいアタッシュケースを拾い上げ、悔しげに唸り声を上げる銭谷に背を向ける。しかし、


「うん、やっぱりそう簡単には行かないよなぁ」


 退路はいつの間にか沢山の構成員のよって塞がれていた。恐らくこの邸宅にいる全ての極道が集まっているのではないだろうか。見事な四面楚歌だ。


「ここまでコケにしおって。タダで帰れると思うなよ、小僧」


 背後からは余裕を取り戻した銭谷の声。確かに僕一人だとタダでは帰れないかもしれないけれど、生憎とこっちには頼れる相棒がいるんでね。


「葵、今だ!」


「待ってました!」


 天に向かって叫ぶと、返事と共に二つの影が月の光を覆った。だが、それも一瞬ですぐさま僕の前に二人が降り立つ。もちろん葵と花ちゃんだ。


 花ちゃんはその身体能力から塀から飛び降りても全く問題は無かった。そして、葵も『今の状態』なら例えもっと高い所から落下しても平然とした顔をしているだろう。


「先輩、葵さんは一体どうしたんだ?」


 葵と一緒に飛び下りてきた花ちゃんが僕に話しかけてくる。まあ不思議に思うのも仕方ない。今の葵の体は薄く青い光に包まれているのだから。っていうか葵の奴待っている間に花ちゃんに説明してなかったのか。


「花ちゃんは、紫ちゃんが霊感強いの知ってる?」


「あ、あぁ」


「葵もちょっと特殊体質なんだ。霊能力者って言えばいいのかな?」


 そう、これが葵の『力』。この世に蔓延る霊を自らの体に取り込んで身体能力を強化したり、特殊な術を使う事が出来る。だが、この能力は体にも負荷がかかる。だから、さっさと終わらせないといけない。


「葵、頼む」


「任せといて!」


 すっと目を細めると、葵は聞こえるか聞こえないか程度の声量で何やら呟き始める。そして、カッと目を見開くとその両手を地面に当てて吼える。


「【地縛】!」


 叫びと同時に、地面から無数の細かい紐状で半透明の物体が現れる。そしてそれらがこの場にいる僕たち三人以外の全員に絡みつき、地面に縫い付けた。


「な、何だこりゃ!」


「か、体が! 体が動かねぇ!」


 先程まで僕たちの行く手を塞ごうとしていた構成員たちの統率は、一瞬にして崩れた。そして、目の前には出口である門へと続く道が出来上がっていた。


「よし、今の内に脱出……」


 術を展開し終えた葵と花ちゃんを連れて屋敷を出ようと声を上げたはいいが、僕の言葉は最後まで発せられなかった。側にいるはずの花ちゃんの姿が見当たらない。


「花ちゃん!?」


 周囲を見渡す。すると、直ぐに見つかった。彼女は銭谷の、自分の両親を苦しめた張本人の首元に木刀を突き付けていた。その切っ先は今にも首に突き刺さりそうだ。


「……末摘の娘か」


「そうだ! アタシが、アタシがあああぁぁぁーー!」


 銭谷は予想外に落ち着いていた。対して花ちゃんは完全に逆上している。


「お前、お前のせいで、父さんと母さんがどれだけ苦労してるか分かってるのか!」


「知っている。その為にわざわざリスクをおかしてまで今回の事に及んだのだからな」


「なに!?」


「ふっ、その様子だと親から何も聞いとらんようだな。銭谷と末摘の因縁を」


「なにを!?」


「だが末摘は甘ちゃんばかりだ。だから、こちらから潰しに行ったまでよ!」


「きさまああああぁぁぁぁーーー!」


 ダメだ。このままでは花ちゃんが本当に銭谷に危害を加えかねない。銭谷と末摘。何か関係があるらしいけど、彼女の手を悪党の血で汚す訳にはいかない。止めなきゃ!


「光!」


 しかし、僕の足は葵の叫びによって止められた。


「術が……!」


「しまっ!?」


 花ちゃんの行動が予想外だったから葵の術の有効時間が頭から抜けていた。考えろ、一番みんなが安全に終われる結末を。無限に存在する選択肢の中から少しでも二人に危害が加わりそうなものを排除して、一つの解を導き出す。


「葵、今直ぐここから逃げろ!」


 第一に葵を逃がす。


「でも、私がここから出ると術も解けるよ!」


「それで構わない!」


 これ以上術を発動し続けたら葵の体力が危険だ。術が解けることの方が望ましい。


「その後どうするのよ! 花ちゃんだっているのよ!?」


 もっともだ。今回のミッションはポケットの中に入っているICレコーダーよりも何よりも、花ちゃんの無事が最優先事項なのだ。だから第二に。


「言ったろ。花ちゃんは僕が守る。絶対にだ!」


 叫んだ後ほんの数秒、葵は呆けた顔をしていた。だが、直ぐに笑顔になる。流石長年の付き合い。理解が早くて助かる。


「花ちゃんに少しでも傷が付いてたら、一生紫に近づけないからね!」


 僕にとってかなり致命的な事を言いながら、葵は一目散に門へと走り出した。同時に僕も弾かれたように走りだす。銭谷に迫っていた花ちゃんが、遂にその持っていた木刀を振り上げたからだ。


 ――間に合うか!?


 体を倒れこませるように、左手を銭谷と花ちゃんの間に割り込ませる。瞬間、ぐちゅりという気持ち悪い音と共に鈍い痛みが左手の甲に走った。

シーンが長いので妙なところで終わっていますが、ご了承ください。

あと今更なのですが、この作品タイトル詐欺のような……

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