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名乗りはダサくても良い、たぶん

 作戦の決行は夜になった。本当はもっと日を空けても良かったんだけど、夕方配達所で僕の口から真実を聞いた花ちゃんは烈火のごとく怒り、勢いそのままにミッションスタートと相成った。


 藤壺家が留守になる間は六条さんに事情を説明して、紫ちゃんの事を見てもらっている。それはいいんだけど。


「どうしてこうなってるのかなぁ?」


 銀のアタッシュケースを抱えて銭谷邸を目指す僕の右隣には今夜のパートナーである葵がいる。そして、


「銭谷め、アタシを敵に回した事を末代まで後悔させてやる!」


 何故か僕の左隣で意気軒昂に木刀を構える花ちゃん。どうしてこうなった。


「光が花ちゃんの勢いに負けるから悪いんでしょ~。しっかり守ってあげなさいよ」


 お気楽にそんなことを言い放つ葵。まったくその通りなので反論が出来ない。


 そうなのだ。銭谷の悪行を知った花ちゃんは激怒し、自ら討ち入りに行くと言い出した。


 そりゃ僕だって止めたさ。いくら葵がいると言っても相手は本物の極道。下手したら刃物や拳銃で武装しているかもしれない。そんな中に小学生の女の子を連れて行くとか正気の沙汰じゃない。確かに花ちゃんが小学生にはあるまじき身体能力を持っているのは認めるけど、それとこれとは話が別だ。


「ねぇ花ちゃん、もう一度考え直さない?」


「止めても無駄だ。アタシは社会の害悪に天誅を下しに行く!」


 どうやら決意は固いようだ。もうこうなれば僕が死ぬ気で守るしかないな。


「二人とも、そろそろ銭谷邸の敷地に入るから気を付けてね」


 後ろにいる葵と花ちゃんに注意を促しながら、僕は握った手のひらに僅かな汗の湿りを感じていた。


「よっと」


 とは言っても、流石に真正面からぶつかっていくほどの戦力も無い。塀を跳躍で越えて屋根の上に降り立つ。そして、下にいる女の子二人を引っ張り上げようとしたのだが。


「ふっ!」


 花ちゃんは僕と同じように跳躍だけで二メートル近い外壁を越えてきた。一気にでは無く途中で壁を一蹴りしているが、それでも未だに目の前の光景が信じられなかった。


「嘘……」


「おぉ~。話には聞いてたけど凄いね、花ちゃん」


 呆然とする僕と、下で大して驚いてもいない葵。この場合どちらが正常な反応と言えるだろうか? ……僕だよな?


「光~。さっさと引っ張り上げてよ」


 その声でようやく正気に返った。いけない。ここはもう敵の本拠地。一瞬でも気を抜く訳にはいかないのだ。アタッシュケースを一旦置いて両手を下に向けて、葵がそれを掴むのを確認すると引っ張り上げる。思ったより軽いな……と思ったのは口には出さなかった。


「いや悪いね、光」


「いいよ。葵はこっちの切り札なんだから体力温存しとかないと」


「先輩、あまりのんびりはしてられないぞ」


「そうだね。じゃ、行きますか」


 呼ばれ慣れない花ちゃんの『先輩』という呼称に応えて、僕達三人は歩を進めた。


 邸宅とは言っても、流石に創作物にありがちな広さは無い。元々京都は山が多いから家を建てられる土地自体がそこまで多くない。銭谷邸もせいぜい通常の平屋の数倍程の敷地だ。一通り邸宅内を歩き回って、銭谷の『親』が居る所を特定しにかかる。


「多分、あそこで間違いない」


 コの字状に作られた邸宅の縦線の部分の中央。恐らく空白の部分の庭の奥に部屋があるのだろう。ありきたりと言えばありきたりな場所だ。周囲にはぱっと見で分かる様な、その筋の人達がたむろしている。


「あっ!」


 小さく花ちゃんが声をあげた。その理由を僕も直ぐに理解する。中央の部屋を囲むように集まっている構成員の中に知った顔を発見したからだ。興信所でもらった資料に載っていた男。つまりは花ちゃんのご両親を連帯保証人にして逃げた男だ。


 ちらりと視線を横に向けると、花ちゃんと葵の顔があった。僕の視線に、二人ともこくんと頷く。ではいっちょ、始めますか!


 僕は服のポケットに忍ばせていた爆竹と煙幕弾とライターを取り出す。かつて紫ちゃんに花火を見せてあげたくて、花火職人に弟子入りした時に作り方を教えてもらったのだ。意外と色んな事に手を付けておくものだなぁと思いながら、ライターで火を点ける。


 ジジジ、と音がして導線が短くなってきたところで僕は手に持っていた危険物を真下にいる集団の中に放り投げた。瞬間、激しい爆発音ともうもうと湧きあがる煙が庭を支配した。部屋の周囲にいたヤバ気な人達が一斉に庭に出てくる。


「う、討ち入りだあああぁぁーー!」


「どこの組のもんじゃあぁ! 名乗りやがれええぇぇぇーー!」


 めちゃくちゃドスの効いた声が聞こえてきて、一瞬帰りたくなった。こちとら面が割れないように()()()()()までして出てきたんだ。名乗らずに帰れるか!


「そんなに聞きたいなら名乗ってやらぁ!」


 僕は脇にいる二人に後から出てくるよう合図を出し、庭に置かれているデカイ庭石目がけて飛び降りた。が、目測を誤ってその横にある池へとダイブしてしまった。


 ばしゃあん!


 浅い池だったらしく、足には痛みと冷たさがダブルで襲いかかってきた。でも、そんなことより恥ずかしさで死にたい。だが、僕のこんな奇天烈な登場も敵を驚かすのには十分な効果を発揮したらしい。明らかに僕よりマッチョで、強面の人達が動揺していた。


「だ、誰だテメェは!?」


 遂に焦れたのかマッチョAが僕に強烈なガンを飛ばしてきた。うおぉ、ちびりそう。でも、ここは出来るだけ大言壮語を吐いておかなければ!


「ふっ」


 ニヒルに笑う。今日この日のこの時の為だけに考えた、僕の中の格好良い登場台詞ランキング第一位を発表する時が遂に来たか。僕は肺一杯に空気を溜めこんで、けん制の意味も兼ねて出来るだけ大声で叫んでやった。


「耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ! 困ってる女がいたならば、すぐさまそこに駆けつける。惚れた女がいたのなら、惚れさせてみましょう、この愛で。滅するは悪、信奉するのは小さい女の子! 誰が呼んだか、紳士『源光(げんこう)』とは僕のことだぁ!」


「…………」


 周囲が、いや、邸宅全体が静寂に包まれた。


 流石に僕の本能(リビドー)が込められた決め台詞。いかに極道と言えども心震わされたに違いない。酔いしれな。僕の熱い激情(パトス)に。


「……だ」


 誰かが口を開いた。


「……だ、だせぇ」


 瞬間、せきを切ったように笑いが溢れ返った。それもかなり蔑んだ部類の。


「ぎゃははは、『源光』だってよ! 『源光』だってよ!」


 うるさい、二回言うな!


「それに何だよあのマスク。ギャグにしか見えねぇって!」


 それは面が割れないようにかつて紫ちゃんに受けたマスク付けてきたんだよ! 確か子供向けアニメの怪獣のマスクだったような気がする。しかし、僕が恥辱に塗れて憤っている間に、永遠にも続くと思われた嘲笑が急速に消えていった。そして後に残ったのは身を切る様な冷たく重い空気。


「で、分かってんだろうなぁ、おい。こんなふざけた真似しやがって、悪戯じゃ済まねぇぞ、あぁん?」


 言われて再確認した。本当にヤバい所に来てしまったんだと。例えふざけて笑っても、それはポーズでしか無い。本当の極道だ、こいつら。


「親分をだしてもらおうか!」


 だが、ここで少しでも怯んだ様子を見せるともう終わりだ。早いところ親玉を引っ張り出さなければ。池から上がり、威嚇しながら僕は連中へと歩を進める。


「親分は忙しいんだよ。てめぇみたいな訳分かんねぇ奴の相手してる暇ねぇっつうの!」


 言葉と同時に一人の男から拳が飛んできた。


 早い。やはり伊達(だて)に極道を名乗っているだけはあるみたいだ。だけど、


「がぁっ!」


 バックステップで後退しながら拳を受けとめ、そのまま相手の腕を掴んで引き寄せ肘の関節をキめた。本当は骨を折るところまでやった方がいいのだけど、僕にそこまでの度胸は無い。それに、これだけでも目的を達成するには十分な効果を発揮した。


「す、須藤が!?」


「須藤さんはウチでも十本の指に入るぞ。それが」


「あんなにあっさり……」


 にわかに周囲がざわめき始めた。これで僕への認識がただの侵入者から、得体の知れない奴になってくれれば作戦成功。さ、本気になってくれよ。


「もういい、ドス持ってこい!」


「殺すんじゃねぇぞ、サツに目ぇつけられんからな!」


 そして遂には刃物の登場が迫って来ている。まだか……そろそろ出てこないと結構まずい。焦りがつのり、心音と呼吸が連動するように荒くなる。来い、来い来い来い来い!


「静まれえぇい!」


 僕の心の中の願いが届いたのかは定かでは無いが、奥の部屋から重く低い鉄の塊の様な声が響いた。すると今まで騒いでいた強面達が部屋の両側に頭を垂れて座り、中央に道ができる。その道を一歩一歩しわがれた顔の、しかし爛々と瞳に強い光を宿した老人がゆっくり歩いてきた。


 老人は僕が立っている庭と部屋を隔てる階段の手前まで来て、止まった。

有り難いことに、この前はじめて誤字報告を頂きました!

誤字報告を下さった方、修正しておきました。報告有難うございました!

お礼を言える場が見つからなかったので、この場をお借りしてお礼申し上げます。

感想とかではないですけど、こういうのをもらうとやっぱりうれしいですね!

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