素直になれないお年頃
「ただいまー」
配達を終え、当初の予定とは少し違うが僕と花ちゃんは藤壺家へ帰宅する。最近は六条さんとのお泊まり会もあってか、以前より来る頻度が増えたように思える。
「ここは光の家じゃないってーの。ま、それは置いといて……いらっしゃい、花ちゃん」
花ちゃんを泊める事はバイト終わりに携帯で了解を取ってあったので、葵は普通に彼女を家へ招き入れた。一方、招き入れられる方は先程とは打って変わって大人しい。
「あの、突然すいません。ご迷惑じゃなかったでしょうか?」
「いいのいいの~。紫も喜ぶしね。紫~花ちゃん来たよ~!」
葵はひらひらと手を振って花ちゃんの遠慮を封じ込め、二階にいる紫ちゃんに声をかける。すると、トントントンといつもより軽やかな足音が響いて紫ちゃんが下りてきた。
「花ちゃん、やっときたですか。ゆかり待ちくたびれちゃったです」
玄関まで来ると紫ちゃんは花ちゃんを抱きしめ、そして手を取った。
「遊ぶ準備はもうできてるですよ。さ、お部屋に行くです」
「あ、ちょっとゆかちゃん!」
花ちゃんは紫ちゃんに手を引かれながらも、何かを気にするようにこちらをちらりと振り返った。そこには突然押し掛けてしまった事への申し訳なさと、来たばかりなのに遊んで良いのだろうかという不安が感じられた。
本当にこの子はどこまでも優しい子だな。でも今は、彼女の本来の姿……小学生という心持ちで楽しんでもらいたかった。だから、
「花ちゃん、ゆっくりしていってね」
僕は自分に出来る一番柔らかい笑みを浮かべて花ちゃんを送り出す。彼女に遠慮をさせない。遠慮をするというのは、つまりは感情を殺すという事だから。
しばらく花ちゃんは困ったような顔をしていたが、紫ちゃんの屈託の無い誘いを受けてやがて二階に上がっていった。
「さて……」
二人が完全に部屋に引っ込んだのを確認してから、僕は葵に向き直る。
「葵にちょっと頼みたい事があるんだ」
「や~っぱね。そんな感じ、したよ」
葵も別に驚いたりしない。だてに長い間、幼馴染という関係を続けていただけのことはある。お互いの考えている事はある程度つつ抜けだ。だから、今回僕が持ってきた厄介事もある程度ばれていることは予想していた。
「花ちゃんのことね?」
「うん」
「はぁ~」
僕が答えると、葵は深くため息をついた。でも、その仕草は僕にとってはちょっと予想外だった。葵は昔から僕が彼女に頼む……彼女にしか頼めない厄介事をぶつくさ文句言いながらも手伝ってくれた。でも、最初からこんなに大きなため息をつかれたのは初めてだ。
「な、何かマズイこと言ったかな?」
「ん~ん、別に」
言いながら葵はリビングへ歩いて行く。仕方なく僕もその後に続く。リビングに入ると葵はソファにその身をぼふんと埋めて、「で?」とこちらを窺ってくる。
「私に頼むってことは、私の『力』が要るんでしょ?」
「うん、まあそうなんだ」
言い繕っても仕方が無い。僕はソファからテーブルを挟んで対面の椅子に腰を下ろす。真正面から見ると葵の表情はどこか僕を責めるようだった。
「えぇと……」
どう反応したらいいのか分からず、視線をあちこちにさまよわせる。でも、最後にはやっぱり葵の目に合ってしまう。うぅ、どうしろって言うんだ。
「はぁ」
そんな僕の様子を見て、葵はまた、ため息をついた。これは相当ご機嫌斜みたいだ。
「ごめん、私が悪かった。花ちゃんのこと、そして私の『力』がどうして要るのか話して」
だがしかし、葵はさっさと話題を本題の方へと切り替える。てっきり何か言われるものだと思っていたけど、思い過ごしだったのだろうか?
「早く。説明は短くね」
「う、うん」
僕は販売所で聞いた花ちゃんの現在の状況をかい摘んで説明した。本当は花ちゃんの許可も取った方がいいとも思ったけど、いずれ葵には話さないといけないのだ。
「うん、なるほどね」
話し始めると葵の顔からはいつものふざけた笑顔は消える。情報を冷静に分析して、最善の解決策を模索する。それが彼女の表の武器。
そして。
「銭谷、ね。ここで私の『力』が必要になって来る訳か」
「うん、葵の霊能力が必要なんだ」
彼女の裏の武器、『霊能力』。
藤壺家は今でこそ一般家庭だが、元を辿れば六条さんの実家と近い力を持った旧家だ。その中でも藤壺家の長女はずば抜けた霊能力のセンスを持ち、その力を利用して様々な事象を起こせる。
ただ、その分リスクも多く基本的に代々薄命らしい。葵のお母さんも出産以前に結構能力を使ったことがあったらしく、若くして亡くなってしまった。
「花ちゃんの話だと借金に異常な金利を付けているみたいなんだ。しかも、正規の金融業じゃないから暴力に物を言わせてかなりぼったくってるらしい」
「暴力って、私嫌いだな」
「うん」
「でも、きっと借りた金額返してもそれ以上の金額を要求してくる」
「可能性はかなり高いと思う」
「ま、なんせあの銭谷だからねぇ~」
そこで葵は力を抜いたのか「ふぇ~」と息を吐きながらだらんと手足を弛緩させた。そのまましばらく制止。カチカチと時計の針が動く音だけが部屋の中に響く。
だが、突然勢いを付けて葵はソファから跳びあがった。同時に僕の目の前にあるテーブルに手をついて、ずいっとこちらに顔を寄せてきた。
「もし私が協力しないっていったら、どうする?」
挑みかかる様な葵の視線。レーザーでも出ているんじゃないかと言うくらい僕の目はじりじりとした痛みを感じた。でも、答えは決まっている。
「もちろん僕が一人で交渉に行くよ。『ぼった金利なんてチャラにしやがれこんちくしょうっ!』ってね」
上手く笑えたかどうかは分からないけど、それでも僕は笑わないといけない。例え一人でも葵に心配、させたくない。
「はぁ~」
そうして、葵は今日何度目かも分からないため息を吐いた。正直、今日はこれがずっと気になっていた。普段のため息とはちょっと色が違う、迷いを含んだため息。
「あ~~~!」
そうして今度は髪をガシガシとかきむしり始めた。
「お、おいっ! そんなことしたらせっかく綺麗な髪が」
「だ~か~ら~。ううううぅぅぅぅ~」
今度はうなりだした。な、何だ!? 僕の何がまずかった!?
「はぁ~~~……」
そして、また深いため息。
「手伝うわよ。決まってるでしょ」
もう随分と投げやりに、それでも葵は肯定の言葉を紡ぎだしてくれた。でも、嬉しさ反面不安もある。彼女の言葉に、それが滲み出ていた。
「本当に大丈夫か? 無理とか……っいて!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。ひたいに軽い衝撃が走り、そして目の前には葵の線の細い手。そこでようやく彼女にデコピンされたのだと気付いた。
「な、何すんだよ」
「い~ま~さ~ら~」
葵は怒っていた。いや、もう怒りを通り越して呆れている顔だ、あれは。
「何年一緒にいると思ってんのよ。全部お見通しよ、光のことなんて。さっきの質問も一応しただけだし」
「何で……」
いや、答えは分かっていた。答えはもう既に葵が出している。
――僕達は長い間一緒にいた。
それが全てだろう。
「でも、今回は僕が勝手に決めた事で」
「だから分かってるの。光が困っている人を、女の子をほっておけないどうしようもない程の優しいロリコンだってことはさ」
ロリコンじゃねぇ!
「それに、助けるのは私の勝手でしょ?」
冗談っぽく言う葵の言葉は、それでも真剣みを帯びていた。もう、僕が手伝わなくていいって言っても、無理矢理手伝いそうな勢いだ。そして、こうなった彼女をもう止められないことは長年の付き合いで重々承知している。だから僕も、腹をくくった。
「ごめん、頼むよ」
「うん、よろしい」
葵は満足そうに笑うと、猫の様な身軽さでソファを飛び降りた。フローリングに着地すると、そのまま自分の手をグーパーして何かを確認しているようだ。
「完全に感覚を取り戻すまで、少しかかるかな……。詳細はまだ決めてないんでしょ?」
「うん。この件に関しては花ちゃんの同意と、あとまだ手を借りたい人がいるから」
この作戦を一番重要な部分は『お金』だ。正直言ってそれは僕自身では少し手が余る。だから、『彼女』の力をほんの少し借りなければならない。
「それってさ、女の子?」
何気ない質問の中でも、葵は確信をついてくる。本当、参ったなぁ。
「うん、葵も知ってる人」
「ふ~ん」
興味が有るのか無いのか、微妙な返事を残して葵はリビングを出て行った。本当、うまくいけばいいんだけどなぁ。
おかげさまで総合ポイントがもうすぐ100になりそうです! いつも読んでいただき有難うございます!
またブックマークして頂いた方、評価して頂いた方も有難うございました!