ツンツンの幼女に蹴りを入れられることが夢の一つでした by源 光
「ア、アンタって奴はあああぁぁぁぁーーーー!」
「だ、だから、ごかっ、誤解だって言ってるじゃないかあああぁぁぁぁーーー!」
拝啓、僕は今(鬼の形相をした)美少女に追いかけられています。常々小さい女の子の純粋な所が好きだと言っているけれど、もちろん純粋に怒ってもらうのも大好きです。えっ、お前はマゾかって? それ、僕にとっては褒め言葉ね。敬具
「小学生の指舐めて、どこが誤解だあああぁぁぁぁーーーー!」
「だから消毒! 消毒の為だったんだよおおおぉぉぉぉーーーー!」
僕の背後から追いかけてくるのは末摘 花ちゃん。紫ちゃんの友達にして親友。
そんな彼女に桐壺小学校のグラウンドで何故追いかけられているのかというと、まあ些細な行き違いがあったとしか言いようがない。
でも、多少は情状酌量の余地があったと思うんだ。それでも僕が全面的に悪者になってしまっているのは、ひとえに彼女の僕に対する評価があの頃から最悪だったからだと思う。
それは今年の四月始めの頃だった。初めて紫ちゃんが友達を家に泊めたいと言い出したのだ。もちろん葵は適当にオッケーを出したし、僕に関しては友情を深めあうのならそれはとても良い事だと思った。もちろん『女』友達であることは大前提だったけど。
そうして藤壺家に訪れたのはとても長く、まるで漆の様な驚くほど美しい髪を持ったツインテールの女の子だった。
『初めまして、末摘 花です。本日はお招きいただきありがとうございます』
幼い、だけど紫ちゃんよりしっかりとした声でそう自己紹介してくれた。うん、この辺は良かったんだ。四人で和やかに食事して、お風呂場やトイレでばったり遭遇なんていう有りがちなハプニングも起こらず、全ては順調に進んでいたんだ。翌朝までは。
『お、おおおお、お前、一体ここで何してんだあああぁぁぁぁーーー!』
次の日の朝、僕は痛烈な蹴りで起こされた。
実は朝早くに二人を起こしてあげようと紫ちゃんの部屋に訪れたのは良いものの、彼女達の幸せそうな寝顔を見ているとついつい僕も一緒に寝ちゃったのさ。どうにもそれが花ちゃんにとって気に入らなかったみたい。もう、おませさんなんだから。
シュッという音が背後から聞こえた。振り返る、その途中で僕の前髪が何本か宙に舞ったのが見えた。
「えっ?」
何が起こったのか分からず、一瞬動きが止まってしまった。でも、体の反射というのは凄い。視界に恐らく本気の蹴りが映ったのを見れば、直ぐに屈んでくれる。
「ちっ、外したか」
渾身の蹴りを避けられた花ちゃんは、舌打ちしながらも次の攻撃モーションに入っている。相変わらず身体能力高いなぁと思いながらそれらの攻撃をいなす、或いは回避しながら僕は自然と笑顔になっていた。
「な、何がおかしい!?」
「いや、相変わらず花ちゃんは凄いなーって思って」
だってこれでも僕は高校生だ。しかも自慢になってしまうけれど普通の高校生よりは明らかに身体能力は高い。体力測定では全ての項目でトップだし、体術とかもいざという時紫ちゃんを守れるように色んな道場に弟子入りして鍛えた。その僕が本気では無いにしろ、ここまで苦戦させられているのだ。
「これだけ心強い友達がいると、紫ちゃんも安心だなって」
「当たり前だっ! ゆかちゃんに害虫は一匹も寄せ付けない、ふっ!」
今度は鋭い飛び後ろ回し蹴り。これは受けざるを得ない。僕は地面の砂を思いっきり足先で掴んで衝撃に備えた。それでも、
「ぐ、っ~~~!」
重い。それにめちゃくちゃ痛い。本当になんてチートキャラだ。格ゲーなら絶対隠しキャラ扱いだな。思わずうずくまってしまった僕を、花ちゃんは見下しながら満足気に笑う。
「もちろんお前も寄せ付ける気は無い。どうだ、参ったか!」
力はあるのに子供っぽいその言い方で、全てが台無しに。そこが可愛いんだけど。そして、もっと色んな表情が見たいなぁって思ってしまう。だからだろうか?
「うん、降参。でも、花ちゃん」
「な、何だよ?」
「そんなに動くとパンツ見えちゃうよ?」
「~~~っ!」
こんなこと言っちゃうんだよなぁ。そして、また追いかけられるんだけど。それでも花ちゃんはこっちの方が生き生きしているし、そもそもの原因である先程プリントで指を切って泣いていた紫ちゃんがこちらを見て笑っているからそれだけで満足なんだけどね。
あ、周囲の小学生の視線と校庭の騒ぎを見に来た先生方各位はもれなく気にしない方向で済ませて欲しいです。
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「源くん、何やら随分と疲れた顔をしていますよ。大丈夫ですか?」
学校に着くと、相変わらず僕の隣にいる六条さんが優しく声をかけてきてくれる。
「うん、今日の朝ちょっとね……」
あの後、出てきた先生達に事の顛末を説明して、「また君かね」という有難いお言葉を頂戴して高校の方に登校した。紫ちゃんを入学時から送っているから先生方にも生徒さんにも多少顔は知られているが、最近は花ちゃんとのバトルで余計に知名度が上がってきた感じだ。そろそろ顔パス出来るかも。
「源くんの事だから、また新しい女の子にちょっかいかけてきたんじゃありませんこと?」
「ちょっかいって、酷いなぁ……」
六条さんは以前の憑依お泊まり会から随分とフランクになった。前まではちょっと遠慮して話している傾向があったからもどかしく思っていたんだけど、あの時の夜の会話で彼女なりに何か吹っ切れたようだ。それは僕にとっては嬉しい事だし、良い兆候に思う。
「でも、私にも今度紹介して下さいね」
「えっ、何で?」
苦笑から一転、六条さんの意外な提案に目を丸くする。
「だって、その人は私の恋敵になるかもしれないでしょう?」
「は、はは……」
下から上目遣いに僕をうかがう彼女に、乾いた笑みで返す以外に何かベストな方法ってあるだろうか? いや、無いと思う。
学校が終わり早速紫ちゃんを桐小まで迎えに行こうと勇んで教室を出ようとすると、携帯にメールが来ていた。
「あれ、靖男さん?」
滅多に表示されないバイト先の雇用主の名前が液晶に浮かんでいた。というか靖男さんちゃんと携帯使えたんだな。中身を読むと、今日から新しいバイトの子が来るから念のためについていってあげて欲しいとの事だ。
正直紫ちゃんを自分で迎えに行きたい気持ちで溢れていたが、それを何とか理性で押しとどめてアドレス帳を開く。
「まだ残ってるといいけど……」
葵に紫ちゃんを迎えに行って欲しいと書いたメールを送る。すると、十秒くらいで返信が返ってきた。たまに思うけど女子のメールの返信はどうしてこうも早いのか?
『りょうか~い!』
この文面を見ると本来ならそこはかとない不安を感じられずにはいられない。でもこの辺は『ある地域』を除いては特に治安が悪い訳でもないし、あの葵なら心配ないはずだ。
「こんちわー」
実に数時間ぶりに帰って来た配達所の扉を開ける。中には地図を片手に何やら話している靖男さんと、新しいバイトの子……って、あれ?
「やあ、源くん。済まないねぇ」
僕に気付いた靖男さんが視線をこちらに向けた。そして同時に、僕に背中を向ける形で配達のレクチャーを受けていた綺麗な髪の小さな女の子が振り返った。
「えっ、源って……え、ええええぇぇーーー!?」
女の子は真夏の日本でオーロラを見たかのようなリアクションで僕を迎えてくれた。うん、僕もちょうどそういうリアクション取ろうと思っていたとこなんだよ。
「えっと、何でここにいるのかな? ……花ちゃん」
「そ、それはこっちの台詞だああぁぁぁぁーー!」
実に数時間ぶりに再会した小学生の新人バイトの絶叫が、配達所内に響いた。
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