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ゆうべはおたのしみでしたね

「……」


「…………」


「あの?」


「な、何かな?」


「あ、いえ。まだ起きているかと思いまして」


 紫ちゃんを自室に寝かしつけ、僕達は葵の部屋のシングルベットに背中合わせに横になった。相変わらず心臓は胸から飛び出んばかりの勢いで鼓動を打っている。


 そんな心臓に鞭打ちながら、僕はこの状況を受け入れた。きっと六条さんには彼女なりの想いがあってこの提案をしたのだと思ったから。葵は空気を読んだのかすっかりなりを潜めてる。


「何か、話しがあるのかな?」


「やっぱり源くんにはばれていましたか」


 くすっという笑いと恥ずかしそうな声。表情は見えないけど、六条さんは多分照れているのだろう。いくら鈍感な僕でも、例え相手が僕に好意を寄せているかもしれない女の子だからって、「一緒に寝よう」という言葉を素直に受け取るほど鈍くは無いつもりだ。


「昔のこと?」


「えぇ、私が入学して最もしつこく付きまとってきた『源 光』という男の子の話です」


「うぅ、まだ根に持たれてたんだ」


「でも、私にとっては本当に特別な出会いでした」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『ねぇ、六条さんでしょ?』

『……』

『あのー無視は慣れてるけど、出来れば返事を……』

『何ですの?』

『隣の席になった源って言うんだ。よろしく』

『……』

『よ、よろしく!』

『……よろしくお願いします』


『六条さん、一緒に食べない?』

『結構です。一人で食べますから』

『でも、みんなと一緒の方が楽しくない?』

『固定観念ですね。自分の意見を他人に押し付けないでくださいまし』

『でも、この学校ではみんなで食べたことないよね?』

『それは』

『一回みんなで食べてみない? 嫌だったらそれでいいし』

『……わかりました』


『……(オロオロ)』

『あれ、どうかした六条さん?』

『いえ、それがオリエンテーションの班を複数の方から誘われているのですが』

『えっ! 僕が最初に誘おうと思ったのになぁ。実行委員やってたら出遅れたか。せっかく一番に友達になれたのに』

『一番……友達?』

『うん、隣の席になった人とは一番に友達になろうと思ってたんだけど……もしかして嫌だった?』

『……いえ。それに』

『それに?』

『今更ですわよ。源くん』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……あの時の僕は相当にうざかっただろうね」


 今更ながらなんという鬱陶しさ。いや、だって新しい環境になったら隣の人と友達にならないと不安じゃない? そりゃあ六条さんが綺麗だったのもあるけどさ。


「ふふっ、本当にしつこかったですわね」


「だよなぁ」


「でも」


 そこで六条さんの声は途切れた。気になって振りかえると六条さんの体が小さく震えていた。何か不味いことをしてしまったのかと不安に駆られる。


「六条さん?」


「今から言う事は一度しか言いません。あと、絶対に私の顔を見ないでください」


「う、うん」


 背中は見てしまった後ろめたさもあって、僕は慌てて外側に向き直る。きっと今から彼女が発する言葉は、とても重要だって分かったから。


「源くん」


「何?」


「でも、だからこそ私は貴方を好きになりました。簡単な理由かもしれません。正直、この感情は恋では無いのかもしれません。でも、私が貴方に好意を寄せているという事実は変わりません」


「……」


「そ、それだけです!」


 そこまで言い切ると、六条さんが布団を引っ掴んで上げるのが気配で分かった。きっと彼女の顔は未だかつて無いくらいに赤くなっているに違いない。


 そして僕はその言葉を受け取った。紛れもない、恋かどうかは分からない、それでも真摯で誠実な告白を。ならば僕にはそれに答える義務がある。


「六条さん」


「……はい」


「実はね、正直僕も良く分からないんだ」


「えっ!?」


 だから答える。今の僕の素直な気持ちを。誰を、どう想っているのかを。


「今日の昼も言ったと思うけど、もし葵が純粋な……それこそ紫ちゃんの様な性格だったとして僕は果たして恋をしているか分からない。だってそれは違うから。葵でもないし、紫ちゃんでもない別の人だから」


「……」


 頭が上手く回らない。自分が今思っている事をちゃんと言えているのかどうかも分からない。だって、ちゃんとした告白なんて初めてされたから。多分、告白した六条さんはもっと頭の中が真っ白なんだろう。でも、しっかり耳を済ませて聴いてくれている。


「今は、というか今までは確かに紫ちゃんを可愛いって、お嫁さんにしたいって思ってた。でも、最近分からないんだ。僕が彼女に抱いている感情は恋では無いのかもしれない。もしそうなら彼女にとっても失礼な事をしているかもしれないけど、やっぱり僕はまだ『恋』っていうものを分かっていないんだ」


「……はい」


「だから僕は積極的に彼女に、いや、僕が仲良くなりたい全ての女の子に近づく。そして、その人の事を知ろうと思う。そうしている内に、多分理解すると思うんだ」


 上手く言えているだろうか?


 六条さんはこのいい加減な考えに呆れていないだろうか?


 でも、これが今言える精一杯の答え。


「だから、六条さんの気持ちはとても嬉しいけど、僕は直ぐに答えられない。だから」


 ごくりと唾を飲む音が聞こえた。六条さんも僕と一緒だ。とても緊張している。そう思えたから僕は次の一言を安心して発した。


「今は保留、じゃ駄目かな?」


「っ」


 背中合わせの体が震えるのが分かった。でもそれは多分悲しいからじゃなくって、僕の自意識過剰かもしれないけど。


「……本当に源くんは優しいですわね」


 多分、嬉しかったんじゃないかって、思うんだ。


「本当は、諦めていました。私なんかがどう背伸びしたって彼女達に敵わないって、今日来た事で嫌と言うほど実感しましたから」


「付き合いだけは、長いからね」


 だから、余計に六条さんを不安にさせてしまった。それはやはり僕の落ち度だろう。


「では、まだ私は諦めなくてもいいんですね?」


「少なくとも今は大歓迎。キミみたいな綺麗な子に好かれているとなれば僕も鼻高々だよ」


「こんなに綺麗で可愛いお隣さんが居て、どの口が言いますの?」


 不満げに言う六条さんだが、多分顔は笑っているのだと思う。声の色が若干イタズラっぽい色を含んでいた。


「それを言われると辛いなぁ」


「ふふっ、冗談ですわ」


 だと思った。


 ようやく室内に穏やかな空気が広まる。僕達はしばらくお互いの体温を背中で感じながら横になっていた。そこには余計な言葉は入らない、ただただ心地良い空間が支配していた。そして、ようやく隣からは穏やかな寝息が聞こえてきた。


「六条さん」


 僕は呼びかける。もちろん返事は無い。


「おやすみ」


 この家で眠る少女達が良い夢を見られるよう、僕は布団の中で小さく呟いた。




「おっはよ~♪」


 それは何の前触れも無く起こった。体がごろごろと回転し、浮遊感を感じた。そして次の瞬間、衝撃が体に走った。


「~~~っ!」


 背中をしたたかに打ちつけ、もんどり打つ。一体何が起こっているというのか?


 無意識に背中をさすりながら目を開けると、そこには弾けんばかりの葵の笑顔があった。


「おっはよ~♪」


「……おはよう」


 出来るだけ不機嫌に言い返した。しかし当の加害者は相変わらずの笑顔でベッドの上に仁王立ちして、こちらを見下すばかりだ。っていうか、


「あれ、葵?」


「そうだよ。なに、光まだ寝ぼけてるの?」


「いや、だって昨日六条さんに」


 入れ換わったはず、だよな?


 それとも、あれは僕の妄想が見せた長い長い夢だったとか?


「あぁ、宮須ちゃんならまだ私の中で寝てるよ?」


 予想外に解答は葵の口から発せられた。おかしいな。こいつの場合、僕が勘違いしてたらそのままほったらかして嘘を教えそうなのに。


「今失礼なこと考えたでしょ?」


「ソ、ソンナコトナイヨー」


「まあいいわ。本当に、ぐっすり眠ってるわ。余程安心したのね」


「安心?」


 いまいち関連性の見えてこない言葉が出てきた。一体彼女は何に安心したんだ?


 そして、何故それを葵が訳知り顔で話しているんだ?


「心当たり無いの? 昨日あんなくっさい言葉でピロートークしてたくせに」


「ピロートークって、お前聴いてたのか!?」


「そりゃもう、ばっちり! いやーあれは背中かゆくなったよ。よくあんなに恥ずかしい台詞ペラペラと喋れるわね」


 それは六条さんと二人きりだったから、誰も聴いてないと思っていたから!


「忘れろ! いや、忘れてくださいお願いします!」


「え~どうしよっかな~」


 懇願しているのに、葵はにやにや笑いながらこっちを焦らしてくる。この鬼、悪魔!


「じゃあ、六条さんにだけは黙っておいてくれよ」


 心の中で激しく葵を罵りつつ、最大の譲歩案を出す。彼女の事だから葵に聴かれていたなんて知ったら、真っ赤になって卒倒しかねない。しかし、この譲歩に対して葵はつまらなさそうに「はぁ」とため息を吐いた。


「何だよ?」


「いや、光変わらないなーって。いいよ、黙っとく」


「えっ、良いのか?」


 自分で言っておいてなんだけど、ここまで素直に受け入れられるとは思っていなかった。もう少しごねると思ったんだけど。


「私だってそこまで意地悪じゃないわよ。でも、忘れるのは無理」


「何でだよ!?」


「私だって光の素直な気持ち聞けて嬉しかったから。だから、忘れない」


「あっ……」


「以上。話お終い!」


 自分の言いたい事はさっさと言って葵はベッドから身軽に飛び降り、ご丁寧に未だに転がってる僕を踏みつけて部屋を出て行った。


「あ、紫も起こしといてね~」


 それでいて、しっかりする所は変わらない。


「なんだかなぁ……」


 僕は未だに床に転がりながら天井を見上げた。電気は点いていなかったが、窓から差し込む朝陽が部屋の中を明るく照らした。


「よう分からん」


 久しぶりに幼馴染の部屋を眺めながら、やっぱり恋を、女の子の気持ちを理解するのはまだ相当時間がかかりそうだと実感した。


 さて、もう起きないとな。今日は学校に行く前に六条邸で魂を元に戻さないといけないから、僕は気だるい体を起こして紫ちゃんの部屋に向かった。

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