3 A strange birthday in the world ? 世にも奇妙な誕生日?
……闇、一面暗黒の世界。リュクは一人、そこに浮かんでいた。
「(……ここはどこ。僕はいったいなぜこんなところに。)」
色がついてきた。深緑。木の葉の色だ。……森。そこにはリュクが立っていた。
「(あそこに立っているのは……僕か。)」
自分がどうしてここに立っているのか全くわからなかった。しかし、リュクは立っていた。
「こやつが天空賢神の孫か。」
森の深い所から声がした。男の声だ。
「(天空賢神?誰のことだ。そんな人……)」
リュクは森に立っているもう一人のリュク〈ただし今のリュクよりも6歳ほど若いが〉を見ながら考えた。
「フッ、確かにすごい潜在能力だ。今のうちに何とかしておかなくては、後に我らの強大な壁になって立ちはだかることだろう。」
その声がしたかと思うと二人のリュクの脳に直接痛みが走った。
「「うっ、うあぁ~。」」
”バタッ”と、倒れる小さなリュク。
「可哀相だが仕方がない。これもエルゲドス様の命令だ。」
男は森のもっと深い所へ消えいった。薄れていく意識の中で、エルゲドスという名だけがリュクの心に残った……
「……ュク、リュク、リュ~ク。起きてってば、リュク。」
誰かが呼んでいる。何か懐かしい聞き覚えのある声。
「リュク、起きて、リュクってば。」
「うん、う~ん。」
何だか頭が痛かったが、薄く目を開けるとそこにはいつもの如くキリアが自分の肩を揺り動かしていた。
「もう、分かったよ。起きればいいんだろ、起きれば。」
ベッドから半身を起こし、リュクは言った。
「わかってるなら、早く支度して。今日は何の日か知っているんでしょ。」
腕を組み、膨れるキリアを横に見ながら、リュクは起き上がり下へ顔を洗いに行こうとした。
「もう、本当にわかっているの。」
半ばあきれかけた顔でキリアが聞く。
「分かってるって、今日は……う~ん?」
「……フゥ。リュク、本当は何も分かってないんでしょう。」
「(なんだったんだろうな、いったい。この頃よくあの夢を見るけど、頭が痛くなったのは初めてだ。)」
リュクは考え事をしているとその世界に入り込んでしまう癖がある。
「リュク!聞いてるの!!」
「おい。お前ら起きたか。」
もう少しでキリアの怒りが爆発するところだったが、ソウゴの声に助けられた。
「あっ、は~い、お父さん。」
変わり身が早い奴。そう思いながらもリュクは先に下へ降りていった。
「待ってよ、リュク。」
二人が下へ降りると机の上にはもうちゃんと朝食の用意がしてあり、ソウゴはきちんと席についていた。不器用なソウゴがこれだけのものを作れるはずがないので朝早くキリアが起きて支度をしたのだろう。
「早くしろ。せっかくの飯が冷めてしまう。」
いつもソウゴは朝、機嫌が悪かった。
「あのねお父さん、リュクったら今日のことすっかり忘れてたのよ。」
椅子に座りながらキリアは言った。リュクはもうすでに席に着き、黒パンと格闘している。
「今日?う~ん、……何の日だったけな。」
父娘の会話を聞きながら、リュクは今日見た夢をまた思い出していた。
「(どうしてあんな夢を見るんだろう。それにエルゲドスて誰なんだろう。)」
「リュクどうした。早く食べないとせっかくキリアが作ってくれた料理が冷めてしまうぞ。おい、リュク。」
突然ソウゴに大きい声をかけられてリュクは戸惑った。
「うっ、うん。(まっいいか。あまり関係ないようだし。)」
リュクは深く考えないようにしてぬるくなったコンソメスープに手をかけた。味はそこそこであったが、何よりキリアの心がこもっていた。ちなみに今日の朝食のメニューはコンソメスープに黒パン、香草のサラダだった。
つつがなく朝食が終わると、ソウゴはさっさと仕事にでかけた。後に残った二人もやらなければならない仕事はたくさんあった。薪割り、洗濯、木の実集め……しかし今日のふたりはそれどころではなかった。今日は二人の12回目の誕生日。この日二人はあることを企んでいた。
「リュク、用意できた?」
ドアをノックせずにキリアが入ってきた。この少女、見た目は内気そうだがなかなかどうして溌剌とした子だった。
「ううん、まだ。」
リュクも今日で12歳。キリアと同い年なのだが、このころの女の子は平均的に男の子よりも背が高く、大人びているので、どうしてもキリアが姉、リュクが弟という姉弟の構図ができてしまう。
「もう早くしないとお父さんが帰って来ちゃうじゃないの。」
そうは言っているが二人の父ソウゴは町へ仕事に行っているため帰ってくるのかいつも日が暮れてからであった。
「わかってるよ。キリヤはいっつもそうなんだから。もう少しゆっくりとした方がいいよ。」
「わかりました。だから早く支度して。」
「もう終わったよ。」
リュクはそう言うと、立ち上がりそそくさと部屋をでていった。
「まってよ~、リュク~。」
彼女らの家は山の中腹あたり、少しなだらかな平原に建てられていた。その周りには人の家は無く、子どもの足でいざ町へ買い物となると朝早く出て、町に着くときは太陽が真上にきている。しかしなぜこんなところにと思うかもしれないがこれもひとえにソウゴの人嫌いが多大な影響を与えていた。
「あった、ここね。」
深い木漏れ日の中、人を拒むかのように隠れている洞窟。彼らはその入り口に立っていた。
「本当に行くの?」
「ここまで来てなに言ってるのよ。行くわよ。」
キリアが奥へ行ってしまったので、リュクもしかたなく後に続く。
長い一本道が奥まで続いている。どういう構造になっているのか、陽光がほのかに洞窟を照らしていた。
「どうなってるんだろうね。?……キリア、どうしたの?」
「ほら、あれ。」
彼女が指差した所には大きな扉があり、道を阻んでいた。
「これじゃ行けないね。どうする、もう帰る?」
「どうして?何もしないうちに帰ると、後で後悔が残っちゃうじゃないの。」
そう言うとキリアは前にある扉と格闘し始めた。
「全くもう。しかたないなぁ、どうすればいいの。」
リュクは格闘中のキリアに声をかけるが、どうしていいのかわからず、ただ立ちすくんでいる。
「ただ立ってるだけじゃなくて、こっちに来て扉を押すとか、腰の剣で叩くとかいろいろあるでしょ。」
たかが銅剣で叩いたぐらいでどうとなるものではなかったが、
「わかったよ。」
しかたなくリュクもキリアの隣に立った。遠くからでも大きく見えたが、真正面に立ってみて、改めてその大きさを認識した。優に10mはあろうかと言う扉には一部の隙もなく文字と絵で埋め尽くされていた。そして、ただひっそりと、だが重々しくこちらの世界とあちらの世界を隔てている。
「なんて書いてあるのかな。」
キリアは何気なくそう呟いた。
「どう見ても今の文字ではないよね、リュク。」
彼女がリュクの方に目をやると、
「我、汝の……」
「リュク……どうしたの。」
彼は彼女の質問には答えなかった。
「我、汝の血を求む
汝、我が求み血を持つ者か
汝、我が求みし血ならば
我、汝を運びたもう
汝、我が求み血を持つ者か」
「リュク、一体どうしたの。」
彼女の言葉は全く聞こえないらしく、リュクは一、二歩前に進み、そして扉に触れた。
「どうしたの、リュク。」
その瞬間、一瞬にして辺りが明るく輝いた。
「キャ~~ァ。」
悲鳴が洞窟を駆け抜け、光が急速に元の明るさを取り戻した後、洞窟には彼女らの姿はなく、いつもと変わらぬ時が流れていた。