それから
やっぱりいちゃついてます。引き続き王子視点です。
国外へ逃げ……もとい、遊学に行くことを中止したため、仕方なく仕事に励むことにする。
と、いっても、僕個人の仕事はそこまでない。というか、仕事をしていると面倒なしがらみが増えるので表向きは全て部下に丸投げして遊んでいる。
他の貴族にとってどうだかは分からないが、僕にとってこの遊びは仕事だ。面倒な茶会や狩りの招待を適当に受けて、主催している貴族や参加者の情報を頭に入れる。こういう情報収集はランダムに行う方がいい。誰が怪しくてそうでないかは、直接会ってみないと分からないものだ。
自室に戻って一息つく。
侍女に紅茶を頼みながら、僕は天井を見上げた。
「……君。ちょっと話でもどうだい?」
無視されるかな、と思っていたが、彼はすぐに降りて来た。
黙って膝をつく彼に、僕はため息をつく。
「……いい加減、婚約者を監視するのはやめてくれと彼女に言ってくれないかな」
「……私の主は一人ですので」
声を聞いたのは初めてだな。
なるほど、彼女の命令を優先すると。
僕は軽く笑う。
「そうだね、主人に忠実なことは良いことだ……で、」
やや、声を低める。
黒尽くめの服の下、かろうじて見える彼の伏目が、少し強張った。
「……そこに、主人に対する忠義以上の感情は含まれていないよね?」
「勿論です」
彼は即座にきっぱりと答えた。
「そう、良かった」
にっこりと笑う。僅かに見える彼の顔色がやや青いが、大丈夫だろうか。
「それにしても、僕はそんなに信用ないかなぁ」
「……殿下は女性に好かれやすいので、と」
「なるほど、そう言えと言われたんだね」
「……」
確かにその理由も大いにあるのだろう。彼女は僕にやきもち焼きだと言うが、彼女だって僕のことを言えないと思う。
けれど、それだけではないことくらいわかる。
身のこなしを見ればわかる。彼は彼女の持つ隠密の中でも、かなりの腕前だ。
「君だって主人を護りたいだろうにねぇ」
同情するように頷くと、黙っているかと思った彼は静かに言葉を発した。
「……主の最も大切なものを護る役割を仰せつかったことは、この上ない喜びです」
「なるほど」
うん。彼女は本当に良い部下を持ったようだ。
「まぁ、僕も十分気をつけるさ。彼女の前で死ぬなんてことは二度とごめんだからね」
「……?」
「ふ、仕事の邪魔してごめんね。君の人となりが分かって良かったよ」
「……は」
「うん、じゃあ戻って良いよ。あ、彼女への報告をするなら、ついでに伝言を頼めるかな」
僕が彼に紙に書いた言葉を渡すと同時に、紅茶を持って来た侍女のノックが響いた。
―――
「……お疲れ様です。ヘミス様」
扉を開けると、やけにむすっとしたミファレンが迎えてくれた。
「あれ?どうしたの、ミファレン」
拗ねる一歩手前のその頬に触れようとすると、するりと避けられた。チッ。
「人の頬を玩具にする癖を直してください」
「ミファが拗ねなきゃ玩具にしないよ」
「……玩具にしてることをまず否定してください……」
要求が多いな。
会話に気を取られているミファレンの頬をむに、とつまむ。この柔らかさが癖になる。
ミファレンは諦めたのか、半目になりながらも話を変えた。
「……まず、私の隠密を脅かすのをやめてくだふぁい」
おっとうっかり伸ばしすぎた。ミファレンの語尾がやや間抜けになってしまった。
僕は首を傾げる。
「脅す?」
「脅してなきゃなんだって言うんです。あのどんな拷問にも屈しない程の鉄仮面、クール代表の彼が、あなたの元から帰って来た途端気が抜けたように息を漏らしたんですよ!?家中騒然でしたよ!」
「ええ?彼が鉄仮面?割と分かりやすくて真っ直ぐな子だなぁと思ったけど」
「へみふはま……っ、ヘミス様!頬で遊ぶな!」
ぺし、と叩かれたので大人しく手を下げる。
「……こほん、ヘミス様はおかしいです。その二つの形容は最も彼から離れた形容なはずです」
「そうかなぁ」
分かりやすい程真っ直ぐに彼女に忠実な番犬。そんな感じだったけれど。僕が少し脅かした程度で震えていたから、大丈夫かと少し心配になったくらいだ。
「それと!念のため言っておきますが、彼は既婚です。相手も我が家に勤めています」
「ふふ、気遣ってくれてありがとう。でも、彼の様子を見ていたら分かったよ」
「なんでですか!?会話したのはほんの十数分だったと伺っていますが!?」
「そうだねぇ」
なるほど、彼女の反応を見るに、これは僕の情報収集能力も上がってきたと考えていいかもしれない。
「それで、ミファが怒っているのはそれだけ?」
問うと、ぐ、と言葉に詰まった。
「……伝言のメモ。貰いました」
ああ。なるほど。
僕は少し笑う。
「……『ミファレン。愛しているよ』」
「……今言ったら伝言の意味ないじゃないですかー!!」
ミファレンが噴火した。
そうか、怒っていたんじゃなく照れていたのか。何とも言えず楽しくて、笑顔がやめられない。
「いくら言ったって足りないくらいだ。前世の分も合わせているからね」
「私の心臓が足りなくなります!」
「それは困ったな。僕のでよければ移植する?」
「そんな技術この世界にはありません」
つっこむところはそこではないような気もするが、まあ良いか。
緩んでしまう頬を抑えずじっとミファレンを見ていると、む、と口を結んでいた彼女も、仕方なさそうに微笑んだ。
「私も、お慕いしております。ヘミス様」
そう言って幸せそうに笑うミファレンは、とても美しかった。