はじまり
主人公の思考回路が若干病んでます。
それは、私の5歳の誕生日のことだった。
下級貴族の私は、その日初めて領地を出て王都に連れられた。王と王妃に挨拶するため、普段よりおめかしができて、緊張しながらも上機嫌だった。
そして、無事挨拶を終えた帰り道。
「ああもう、グダグダ言うならついてこないでよ」
「いけません。貴方お一人では何をなさるか」
「別に何もしないよ。護衛だっているし、無茶なんてしたことは無かっただろう?」
「どの口が言いますか!だいたい貴方って人は……」
どくん。
従者のような若者と、私と同じ年頃か少し上の少年がこちらに歩いてくる。父と母が廊下の端に寄って礼の姿勢で止まったのを見て、私もそれに倣う。
顔は伏せたまま、ちらりともそちらを見れない。
いつもの私だったら好奇心に負けてその顔を見ていただろうけれど、その時の私にはもう動くことすら困難だった。
「……ん?ああ、北方の領地の……」
「ハスラン・ドレートと申します。殿下におかれましては、本日もご健勝であらせられるようで、私どもも誠に嬉しく思います」
「ありがとう。君も元気そうで何よりだ」
「こちら、我が妻と娘でございます。……ミーシェ、ミファレン。こちらが第三王子のヘミス様だ。ご挨拶を」
母が穏やかな声で挨拶をした後、私も震えそうな声を抑えながら静かに挨拶をした。
視界の端に映る父が、私の挨拶に少し目を見張った後、満足そうに頷く。
「へえ、そういえば君の娘に会うのは初めてだね」
「はい。娘も今日で5の年を重ねましたので、ご挨拶に参った次第です」
「ああ、成る程……君は今日が誕生日なんだね」
殿下に話しかけられ、私は飛び出しそうな心臓の音を耳に聞きつつさらに深く頭を下げる。
「はい。恐れながら、陛下と王妃様に、お祝いしていただきました」
「そう。良かったね。僕からも、おめでとう」
かけられた優しい声。
どきん、とひときわ大きく心臓が跳ねる。
それから、一言二言父と言葉を交わした後、殿下は去って行った。
「なんだミファ。やれば出来るじゃないか」
「お転婆だと思っていたけど、もうお姉さんになっていたのね」
暢気な父と母の言葉を右から左に、私はしばらく魂が抜けたように呆然としていた。耳に残るのは、先ほどの殿下の声ばかり。
あれは……そう、あの人は、私の、元彼だ。
ーーー
「ではお父様。成功したということでよろしいでしょうか?」
「……ああ、まぁ」
「うふふ、素敵!流石お父様ですわ!」
私は父に抱きつく。父はといえば、せっかくの嬉しい知らせにもかかわらず、遠い目のままである。
「……ああ……何故こんなことに……娘が……可愛い娘が怖い……昔は少しお転婆なくらいで普通だったのに……確か5歳くらいまでは」
ぶつぶつと呟いているが、そんなことはどうでもいい。
ついに。ついにここまできた!
我が家は代々下級貴族で悪いこともしないが良いこともするわけでもなく、その行いの通り平々凡々な生活を送っていた。
しかし、それではいけない。
私はのんびり屋の父をせっついて、様々な事業に手を出したり、まぁ口では言えないことをさせたりもしつつ、じわじわと家の価値を上げていった。
ついには陛下からの覚えもめでたくなっており、今のドレート家の家格は上の下くらいにまで上り詰めている。
そして、陛下と王妃様に頼まれた一大プロジェクトを成功させた今、これ以上ない好機だ。
「ではお父様」
「はい……」
私は若干涙目の父に、にっこりと笑いかけた。
「私を第3王子であらせられるヘミス・ル・フォーレンド様の婚約者にご推薦ください」
父は、真っ白いお顔をこくこくと上下させたのだった。
完璧だ。
私はほくそ笑む。
私、ミファレン・ドレートにはとある秘密がある。
それは、ミファレン・ドレートになる前、こことは全く違う世界で麻野美麗という少女だった、という記憶があること。
そして、麻野美麗として付き合っていた相手、隅田平太が、今はこの国の第3王子となっているということだ。
間違いない。あれは平太だ。声も顔も全く違うけれど、私の第六感が告げている。私が平太を間違うはずがない。
あの頃は振られてしまったけれど、今は違う。私は平太好みの長い黒髪の手入れは怠らなかったし、家ではともかく表面上は平太好みの大人しく淑やかな令嬢として振舞っている。前世でどうしようもなかったツリ目も、今はおっとりした母似の穏やかなタレ目である。
我が家は下級でありながらめきめきと力を伸ばし、陛下に目をかけられつつ警戒されてもいる。我が家の事業は国の顔と言えるほどに主要なものになっているし、諸外国に向けても行われているからである。陛下にとっても、後継に関わらない第3王子を使って我が家と繋がり牽制しておくのは願っても無いことだろう。
地位に縛られる身分である今の平太に、逃げ道はない。
「ふ……く、ふふふふ……逃がさないわ平太……!」
前世ではストーカーまがいのことまでした私の執念を甘く見てはいけない。
高笑いする私の横で、メイドたちは何事もなかったかのように仕事をしていた。