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97 ERROR CHAPTER

 ニューヨーク警察のとある尋問部屋。

 そこは地下深くに造られた本物の密閉空間。煉瓦に囲まれた薄暗い室内を、青白い蛍光灯が照らしていた。中央のパイプ椅子にローズは座らされ、腕や足を縄で縛られている。そして周囲に、ゆきひと、テュルー、パステルがいる恰好だ。

 ここまでが役者陣。

 その役者陣から少し距離をとった所に、アンドロイドの撮影スタッフが二人。そのスタッフの内の一人のマーティンが、ローズにカメラを向けて縛られた様子を映し出している。下から上へとアングルを変えて雰囲気を盛り立てていた。


「アタシをどうするつもりだっ!」


 ローズは切迫していた。そして言葉使いと表現力が、とても自然だった。バトルシーンの撮影を含め、周囲を自分の空気に染めてしまうぐらいに。

 知的なキャラではないローズは、映画撮影だと気づいていないのかと思わせる節があったが、縄から無理矢理抜け出そうとする動作、ふて腐れた態度、勢いのあるセリフの数々により、演技派だという認知が役者陣に広まっていた。

 

「ヴィーナ社長と君を交換する前に、色々と聞いておこうか。ゆきひと、もしくはパステル……何か質問したいことはあるか?」


 テュルーがローズを捕らえたのはヴィーナと交換する為だったのかと、ゆきひとは今更気がついた。

 ローズに質問したい事がない訳ではないが、太々しい態度を見る限り答えそうにない。取り敢えず、思いついた事からセリフを出す事にした。


「何でヴィーナさんを人質に取ったんだ? 撮影の為だけなのか? 俺は今回の件で危うく大事な友達……いや師匠かな? ……まぁ、とにかく、大変な事になる所だったんだぞ」


「撮影が終わったら、わかるんじゃない?」


 ローズは投げやりな口調だった。囚われ人の態度はともかく、ゆきひとが気になったのはこの撮影がどうやったら終わるのか。ゆきひとにとって撮影序盤がクライマックスで、ローズとの決着がついた今、一つ目的が達成された事になる。つまり現状、とても気が抜けていた。ヴィーナの誘拐もフィクションという事なら心配はない。後は終わるのを待つのみだった。


「終わるって……どうやったら撮影が終わるんだ?」


「おいおいっ」

 

 テュルーはゆきひとに突っ込みを入れた。

 大統領はまだ撮影を終わらせたくないのだ。

 

「ヴィーナ社長を助けたら、終わりでよくない?」


 パステルは即興で考えたことを口にした。


「アタシはそんな事に協力はしない。でも……要望を聞いてくれるなら、考えてもいい」


「要望って何だよ」


 ローズの要望発言にゆきひとの疑問の一言。もう撮影を終わらせるという流れが、狭い空間を渦巻いた。大統領の趣味であるハリウッド映画にゆきひととパステルは一通り協力した訳で、役者のオファー報酬を貰えればこれからのストーリーはどうでもいい。ゆきひととパステルは見えない絆で同調していた。


「アタシが……アタシが、カーネーションに告白出来る場を作ってほしい!」


「……えっ?」


 撮影を終わらせたい二人は囚われ人の発言を一瞬理解出来なかった。


「だーかーらー、ア・タ・シは、カーネーションに告白したいんだっ! 出来るのか、出来ないのか、どっちなんだいっ?」

 

「できない事はないが……告白する機会はあっただろうに。何故今なんだ?」


 大統領パワーに不可能な事はないのか、告白のセッティングは出来るらしい。

 流れが変わってしまった。これは撮影が長引きそうだと、ゆきひとは頭を抱えた。


「カーネーションはリリー様の事が好きなんだ。LLLの活動中はやり辛い」

 

 ローズの話にパステルは食いついた。興味津々といった様子で、他人の恋バナを面白がるJKに変貌を遂げてしまった。


「えっ? なになに、それって三角関係ってこと?」


 JKは顔がにやけていた。……というより、含み笑いで話している。話を整理して考えればそうなるのも仕方がなかった。

 LLLの幹部でナンバー3の「ローズ」は、LLLの幹部でナンバー2の「カーネーション」が好き。その「カーネーション」は、LLLのリーダーの「リリー」が好き。恐ろしくも美しい、レズビアントライアングルが出来ていた。告白が上手くいこうがいくまいが、関係性の変化は免れない。下手をしたら恋愛のもつれでLLLという百合団体の解散もあり得るのだ。


 テュルーは考え込んでいた。

 一同の注目がテュルーに集まる。


「本当はアクションを撮りたかったんだが……「ローズ」と「カーネーション」のラブストーリーに変更だな!」


「お、俺は?」


 ゆきひとの反応は真っ当だった。そもそもの話が、男優がいないので映画に出演してほしいという話だったからだ。簡単に受け入れられる訳がない。


「そうだゆきひと。マーティンの代わりに、映画カメラマンをやらないか?」


 テュルーは真っ直ぐな笑顔だった。自分の発言や趣向よりも、映画は面白ければそれでいいと、態度で全てを語っていた。


「俺……カメラなんて扱えない」


 ゆきひとはカメラを扱えるか扱えないか以前に、役者から裏方に回るのがちょっと不満だった。


「扱えないならマーティンに教えてもらえばいいじゃないか。いずれ何かの役に立つぞ」


 マーティンはカメラを止める。


「自分は構わないっスよ」


「……まぁ、私自身ラブストーリーはあまり好きではないが、ローズの恋模様がどうなるのか気にならないか?」


「……気になります」


 本音だった。ゆきひともヴィーナに対して恋に悩んでいる。ローズの恋が成功すれば、それはそれでお手本になる。

 ゆきひとはため息を吐いて頷いた。

 役を降りて映画カメラマンの役職につくと決めたのだ。

 自由の国アメリカは新人男優にとってフリーダムすぎた。

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