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96 JUMP DANCE HELIPORT

 そびえ立つ摩天楼の屋上に位置する、見晴らしの良いヘリポート。映画のバトルシーンに打ってつけの場所で、最初の撮影はこのヘリポートで行うこととなった。

 マーティンを含む撮影スタッフの半数は男性アンドロイドで占められ、役者がヘリポートの「H」の部分に陣取る。風が強く、凍てつく刃が肌を刺す様な場所だった。

 ゆきひとはフライトジャケットに身を包み、相対するローズはボディスーツを着ていた。やはりローズはヘッドマシーンを被っており、スレンダーな体形に似合わない頭でっかちな見た目となっている。 

 ゆきひと陣営には大統領テュルーと元アイドルのパステル。ローズ陣営にはLLLリーダーのリリーとLLLナンバー2で幹部のカーネーション。そしてリリーに捕らえられ、抱き寄せられているヴィーナの姿が。

 オーディエンスも豪華で、演技指導を行ったト二ー賞女優のヴィオラ、フランス第一王子のフリージオ、現時代の地上最後と言われた男の子孫クレイ、その妹のセラ、不倫裁判でフランス国内の注目を浴びたアンサリーと、錚々たるメンバーだった。大統領の趣味とは言え、どれだけの資金で撮影が行われているのか想像に難くない。気合いの入れようがただの遊びではないと思わせた。


 物々しい空気の中スタートの合図は静かに切られた。

 台本のない中、第一声を放ったのはあの女。

 圧倒的存在感を持つLLLリーダーのリリーだった。


「オーホッホッホ! ヴィーナ社長を助けたければ、リリー・レズビアン・ライン幹部のローズを倒してごらんなさーい!  もし出来なければ、この女は百合百合になっちゃうぞっ!」


 華のあるリリーはスタートダッシュに相応しく、白百合を咲かせた。ヴィーナの滑らかな桃色の頬を撫で、ぷっくりとした淡い赤の唇を触り、零れ落ちそうな豊満な胸を鷲掴みにした。ヴィーナは思わず苦笑いを浮かべる。


「ヴィーナを離せ! その人は俺の大事な人なんだ!」

 

 第二声はゆきひと。彼は演技指導の成果もあり、勢いで演技をする技術を身につけていた。ついヴィーナを呼び捨てにしてしまったが、自分の世界に入り込んだとも言える。ノリに乗っている部分もあったが、百合プレイを見てちょっとテンションが上がっていた。羨ましいので自分と変われといった具合に。


「……ゆきひとさん!」

 

 ヴィーナは我に返り演技に専念する。

 そのヴィーナの前にローズが立ちはだかった。前屈みで挑発するような仕草をとり、ゆきひとを指差した。


「ゆきひとくーん。少しはあれから成長したのかなー? もしかしてぇーアタシに勝てるとでも思ってる?」


「無論だ!」


 その言葉に迷いはない。

 太くて厚い芯の通ったいい声だった。


「その自信、捻り潰してあげるっ!!」

 

 ローズはゆきひとの懐に飛び込む。真正面の突進からの乱れ突き。

 ゆきひとはローズの突きを両腕でガード。動きが早い上にパンチが重い。演技にのめり込んでいたが現実の戦闘に引きづり込まれた。ここは戦いに集中した方がいいと思い、演者としての心をしまい込む。そして相手の攻撃の一瞬の隙を見切り、左手で薙ぎ払った。

 ローズはバク天の連続で距離をとる。観客から「お~」と声が漏れた。本来外部からの音声は遮断しなければならないが、全ての要素が自由。空間のテンションを盛り上げた。

 ゆきひとに秘策はない。実際に戦ってみないとわからないと思ったからだ。台本のないアドリブ三昧の撮影が、対策を練るという思考に至らせなかった要因にもなっていた。勝機があるのはヘッドマシーンのデメリット要素。距離がある間に思考を巡らせた。


「相変わらずへなちょこだな」


「……言ってろ」


 会話は戦略を練る為の時間稼ぎに使える。

 恐らくローズはそんな要素すらどうでもいいと思っているだろう。

 そもそもヘッドマシーンを装着している時点でナメプしているのだ。


「かかってきなよ。クソボケオタンコナス野郎!」


 ローズの挑発は続く。

 更にゆきひとの背後から煽りの声がする。


「ほら、ローズにガツンとやってやりなよ!」


 テュルーの声だ。

 じっとされるとシーンの絵にならないから急かしたのだろう。

 仕方がない……と、ゆきひとは前面に駆けだす。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!」


 ゆきひとはローズに渾身の右ストレート。ローズは余裕の表情で軽くかわす。何度攻撃を繰り出しても突き出した拳は当たらず空を切る。

 ローズはダンスを踊るかのような身軽さで翻弄。誰が見てもわかるほどの戦力差があった。


「このっ!」


 ゆきひとのイライラしたパンチは当然の如く当たらない。


「ふふっ」

 

 ローズは前屈みになったゆきひとの懐に入り、カウンターの一撃を鋼鉄の腹筋にねじ込んだ。


「……ぐはぁっ……」


 クリーンヒットだった。

 ゆきひとは攻撃の衝撃で後転した。腹筋を摩り痛みを和らげる。

 そして静かに立ち上がった。


「弱いなぁ……弱いよゆきひと。その筋肉は飾りかな?」


「はぁ……はぁ……言ってくれるな」


 ゆきひとは飾りの筋肉が嫌で武術を学んだ。エジプトでタンナーズから。タイでクレイから。そしてヴィオラから「S」の心を授かった。今は体の性が女性だとしても、意識せずに攻撃を放てている。相手が格上で余裕がないという部分もあるが、確実に成長を遂げてきた。

 勝つために重要な事。時間のない中、思考を巡らせる。普通にパンチを放っても、身軽なローズに攻撃はかすりもしない。タンナーズ、クレイ、ヴィオラから教えられた事以外にも、何か戦闘に役立つ要素があったはず。

 考えろ。考えろ。考えろ。考えている内にふとあることを思い出した。

 ダニエルと「アスリートファイターⅡ」で遊んだ時のことだ。上段攻撃が当たらないなら下段攻撃。下段攻撃が当たらないなら中段攻撃。普通の上段パンチ以外に出来る技はクレイから教わった回し蹴りぐらいだ。しかし大振りな攻撃は当たらないだろう。ならば投げという選択肢もあるが、簡単には捕らえられそうにないし、それも違う。ダニエルとのゲーム対戦は意図した投げではなかった。決まっていたのは操作ミスの意図しない投げ。

 「そうだ!」とゆきひとの豆電球が閃いた。

 ローズにダメージを与えるのに必要なのは予想外の動作。クレイとのセッションも不意に掴んだ泥の塊を投げつけた事で怯ませる事に成功した。あの後追撃すれば勝てたかもしれない。

 この地形で何か有利に戦えそうな部分はないかと、ゆきひとは四方八方を見た。

 リリーとヴィーナの百合百合しているペア。

 何故かイライラしているカーネーション。

 堂々としているテュルー。

 イライラしている女が気になるパステル。

 カメラを構えているマーティン。

 風が渦巻く曇り空。

 何か所か凍結しているヘリポートの足場。

 ゆきひとの目の色が変わる。ジャケットを脱いで腰に巻いた。

 上は黒いタンクトップ一枚。隆起した筋肉が露わになった。

 

「かかってこいや!!」


 ゆきひとは覆面レスラーキャラでローズを挑発した。


「はぁ!? 待ってやったのに何言ってんの? 弱いくせにっ!」

 

 ローズはゆきひとにパンチやキックをかます。

 ゆきひとは受けに集中してダメージを軽減した。少しずつ位置を移動しながらローズに攻撃をさせた。ローズの実力を見ればアクロバティックな技の数々や、様々な攻撃パターンを持っているという事が容易に想像出来る。しかし暴風のせいか攻撃は単調でガードはし易かった。今の所アクロバティックな動きもバク天しか見せていない。ローズは本能的に暴風の中でのアクロバティックな動きを避けているのだ。ゆきひと自身、映えるからと言って、この悪天候の最中バク宙を披露しようとは思わない。

 恐らく強風がローズの行動を制限している。ゆきひとは確信した。

 

 ローズの単調な攻撃は続く。

 ゆきひとは凍結した路面の足場に差し掛かった所で腰を屈めた。


「ここだぁ!!」

 

 ゆきひとは腰に巻いたジャケットをマントのように広げ、そのまま鞭のように使い、ローズの足元目がけて払いのけた。

 ローズは男の大声とジャケットの動作に一瞬「ビクッ」と怯んだが、持ち直してその場で飛び上がる。

 バランスを崩したゆきひとは尻から転倒。仰向けで両腕をつき、飛び上がったローズを見上げた。


「何そのダッサイ攻撃!」

 

 ローズの足から「ライダーキック」が放たれる瞬間、ゆきひとは咄嗟に体を起こして無我夢中で避けた。

 

「ぬわぁ!」


 予想外の状況にローズは抜けた声を出した。その声は「キュ!」というスケートリンクで滑るかの様な音と重なり、ハーモニーを奏でた。ヘッドマシーンは深く引き込まれそうな曇り空を見てから視界に入らない地に落ちる。

 ローズは頭から後方に転倒しヘッドマシーンを地面に強く打ちつけたのだ。


「……いてて」


 頭を抱えているローズ。


「ヤバイ。ヤバイヤバイ!」


 ゆきひとは立ち上がり、ローズを見下ろした。

 ヘッドマシーンのクッションによりローズ自体は無事だったが、マシーンにはダメージを与えられたようだった。その事でローズは完全に動揺している。

 被り物をしていたら視界が狭くなる。足元の凍結に気がつかないというゆきひとの読みが見事に的中した結果だった。

 

「何がヤバいんだ?」


「ちょっとタンマ! タンマタンマ!」


「タンマは無しだ」

 

 ゆきひとはローズに覆いかぶさり腹部に標準を合わせた。

 そして拳を握りしめる。


「男女平等パーンチ!!」

 

 容赦ない拳がローズの腹に突き刺さった。

 ローズのヘッドマシーンを抑えた手は路に横たわった。


「……やったか」

 

 ローズは動かない。

 気絶している。

 普段攻撃を喰らわない武人は撃たれ弱かった。


「やったな」

 

 ゆきひとの全身の血が騒ぎだす。


「うおおおおおおおおぉぉぉおぉ! 勝ったぞぉぉおぉぉおぉ!!」


 ゆきひとが勝つのは絶望的と思われた。

 しかし地形を利用した攻撃で見事勝利を収めることに成功したのだ。


「ローズ!?」

 

 流石のリリーも、ローズが敗れると思っていなかったのか驚いていた。


「仕方ない! カーネーション、ここは一先ず退散よっ!」


 リリーは日本の昭和アニメの悪役のノリで、ヴィーナとカーネーションを引き連れて去っていった。

 

 拍手が聞こえる。

 撮影スタッフや観客達から拍手が次々と沸き上がった。

 その労いの光景は勝利した男に送られていた。

 男は頭を掻きながらヘコヘコしてその行為に応える。

 

 拍手が止んだ所で、テュルーはローズに近づき微動だにしない細い腕を掴んで持ち上げた。


「これからローズの尋問を開始する!」


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