94 SHOPPING SNOW
演技指導は連日続いた。雨の日も、風の日も、雪の日も、気候変動に臆することなく、ゆきひととパステルは演技のコツを掴もうと励んでいた。休憩は勿論あり、食事や買い出しは二人で行動した。
一月のニューヨークは粉雪がしんしんと降る日が多く、外を歩く女性達はコートやマフラーなどで防寒対策をしていた。街並みは雪化粧していたが、目に映る印象ほど寒くはなく、ほどよい涼しさ。厚手のコーディネートもファションを楽しむ気持ちの方が大きいのだろう。ゆきひととパステルも、それぞれ冬のコーデ。賑わう街並みを楽しみながら、ショッピングモールへと向かった。
カラフルで広い店内。商品の一つ一つのサイズが大きく、棚にひしめきあって並んでいる。時刻は五時を過ぎたぐらいで、混む時間ではないのか店内は空いていた。人がいてもいなくても目立つ二人は、夕食を何にしようかと考えながら食品コーナーを見て回った。カートを押す男に、飲料水を物色する女。仲睦まじい様子でカップルにも見えなくはないが、本人達の間に「恋」は不思議と芽生えなかった。男女の友情はないと言うが、この二人の関係性を表すなら「友達」という言葉がピッタリだった。そんな友人関係の二人は、他愛もない会話をしながら、簡単に食べれそうな物をカートのカゴに入れていく。カロリーや栄養素を気にする二人だが、料理は簡単な物しか作れない。出来合のディナーになりそうだった。
「相棒とこうやって一緒に行動してると、アイドル活動の時を思い出すよね」
ポニーテールを揺らしながら話すパステル。
「懐かしいなぁ。あのライブステージが終わってから二か月しか経ってないのか」
アイドルユニット「M」のライブが終わったのが、去年の十月三十一日。今日が一月十日。数か月しか経っていないのに、ゆきひとにとって、あのライブが数年前の出来事のように思えていた。最近一緒に行動しているパステルの髪型と仕草や、周囲の環境がガラリと変わったのも要因の一つかもしれない。濃い時間と経験は、人生の思い出を拡張させるのだ。
「何かあったの?」
パステルは神妙な面持ちのゆきひとの事が気になっていた。
LLLリーダーのリリーとの言い合いや、誘拐の件を含め、男の微妙な変化に気づいていた。
「色々あったな……」
誕生日祝いの出来事はパステルも知っているから問題ないが、タイでの出来事は中々の修羅場だったので説明し辛い。ゆきひとは返答に困って頭を掻く。
「パステルは今ままで何をしてたの?」
質問を質問で返してしまった。
悪手ではあるが咄嗟の事で仕方がなかった。
ゆきひとは自身のアドリブの弱さを改めて痛感した。
「私、今ある目標の為に勉強中なんだ。まぁ……またニートになってしまったとも言える。あはは……」
「目標って何?」
「今は教えなーい」
「相棒の俺にも言えないのか?」
「違うよ。驚かせたいの。へっぽこな私でも頑張れるって」
パステルはもうアイドルとは違う方向を向いていた。彼女にとって「M」のライブは悔いの残らないライブだったようだ。
「あんな凄いステージをしといて、へっぽこはないよ」
「……ねぇ相棒。ソフィア……過去に戻る為のタイムマシン開発、凄く苦戦してるみたいなの。それでも、もし……タイムマシンが出来たら過去に帰っちゃうの?」
ゆきひとは似たような質問をセラにも受けていた。
あれから意識は変わっていない。
「それは決めてない」
「私、相棒にはこの時代に留まってほしいな。メンズ・オークションで無理やりこの時代に連れてこられた訳だけど。運営(SWH)は、すごく勝手な事をしているとは思う。実際……この時代に馴染めずに、病んでしまった人もいるみたいだし。でも、私は相棒に会えて良かった思う……」
「そう言ってもらえるなら……俺はこの時代に来れて良かったんだな」
「会えて良かった」という言葉に、ゆきひとは純粋に嬉しいと感じていた。
一方、パステルが運営(SWH)を批判するような発言をした事にちょっと驚きもした。運営はトルゲス姉妹の、ヴィーナ、ソフィア、ギフティが中核となって動かしている。その姉妹の中のソフィアはパステルと特に仲がいい。運営の批判はソフィアの批判に繋がりそうだが、それとこれとは別なようだった。
「……家族には会いたい?」
「どうかな。ばっちゃんが亡くなってから、ずっと独りだったし……」
「そっか、それなら……。私も家族とは疎遠で、母親がどういう人なのかは詳しく知らないんだ。今の時代珍しいことじゃないから、私の場合はいいんだけど。……ゴメンね、余計なこと聞いて。今と昔じゃ価値観が違うから、どうなのかなーって思ったんだ」
「大丈夫だよ。そうやって気を使ってくれるだけで嬉しいから」
「そう思ってくれるなら私も嬉しいよ。……もしかしたら家族と疎遠な人を選んでいるのかもね……」
メンズ・オークションの商品として選ばれた理由。
パステルの仮定はゆきひとの思考を巡らせた。
商品の会計をしようとレジに向かう二人。四列並ぶレジカウンターの他にセルフレジもあったが、男性型アンドロイドがレジをしている列に並んだ。体格のいいイケメンマッチョで、笑顔を振りまいている。日本のコンビニは、可愛らしい女の子のヴァーチャル店員だったが、アメリカの店員は男性アンドロイドが多かった。ここでも文化の違いが見てとれる。
「日本の時も思ったけど、無人ではないというか……何か設置されてるんだね」
「無人は味気ないしね。ここはイケメンのアンドロイドを置いているから、他の店よりお客さんが来ると思うよ。皆あの手この手で生き残りをかけているんだね」
パステルの説明に納得するゆきひとだったが、店員のアンドロイドを凝視している内に、言いようのない違和感に襲われ、また考え込んでしまっていた。今目の前にいるアンドロイドと、最初に出会った男性アンドロイドの執事長バロンやカメラマンのマーティンとは、似て非なる存在のように思えた。それが何なのか……思考がグルグルと回る。バロンとマーティンは本物の人間と区別がつかないぐらい人間らしい雰囲気だった。だがショッピングモールのアンドロイド達は、表情が機械的で人間ではないと直感的にわかるのだ。いわゆる3Dキャラの不気味の谷の様な瞬間が顕著に見られる。その差がなんなのか、ただの勘違いなのか、原因がわからないまま買い物を終えた。




