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91 Ⅼの悲劇

「オーホッホッホッ!」 

 

 耳にこびりついて離れない印象に強く残る高笑い。

 一度目は東京サークルドームの襲来。

 二度目はフランスでの不倫裁判。

 そして三度目。

 ゆきひとは先月ヴィーナが拐われた事を考えないようにしていた。何故かと言えば、思いだしたらいてもたってもいられなくなるからだ。しかしスクリーンから聞こえる女の高らかな声で思い出してしまった。どうしようもない怒りの感情を。ほどばしる情念を。


「お久しぶりねーアナータ達! どうも、LLLのマスターリリーデース!」


 巨大スクリーンに映し出されたのは白百合の椅子に佇む圧倒的存在感を持つ女。その女の名前はリリー。リリー・レズビアン・ライン、通称「LLL」のリーダーのマスターリリーだった。


「ちょっと待って下さい! こいつらヴィーナさんを拐った奴らですよ!」


 ゆきひとは激情が抑えられず口調が荒くなる。


「こいつらとは失礼な。このクソボケオタンコナス男」


「だーれが、クソボケオタンコナスだっ!」

 

 褐色の男と白百合の女の言い合いに、パステルは状況をつかめないでいた。

 なんとなく理解したテュルーは二人の間に割って入る。


「リリー……ヴィーナにちゃんと説明をしなかったのか?」


「だってだってー誘拐した方が燃えるじゃないっ」

 

 リリーは可愛らしい仕草で両手のハートマークを作る。

 「キラッ」と効果音が聞こえてきそうなほどのブリっ子ぶり。


「かわいこぶってもダメ! 早くヴィーナさんを返して下さい!」


「何よーつまらない男ねー」


 ゆきひとの言葉にまるで聞く耳を持たないリリー。

 リリーは足を遊ばせ文字を書くようにぶらぶらさせた。


「ゆきひと落ち着け。ヴィーナを誘拐したのは映画に出演させる為だろう」


「ヴィーナさんが……映画出演ですか?」


 奈落の底を体感させる様な先月の誘拐事件が一転、華々しいムービーシーンに全てが入れ替わり創り変えられる。ゆきひとの心の中にはまだLLLに対する憤りや不信感がある。だが不のイメージが全てハリウッド映画の伏線による一シーンにすげ替わってしまった。


「最初はヴィーナをLLLから救う……というストーリーから始める。筋書きや台本は無いから後半どうするかは決めてない。ゆきひとはLLLの幹部「ローズ」と因縁があるようだね。バトルシーンを用意出来るがどうする?」


「……ローズと戦えるのか?」

 

 拳を握りしめるゆきひと。ローズに勝つ為にずっと鍛錬を積んできた。それを生かす機会が思いがけない形で突然訪れた。このチャンスを逃す手はない。男の気持ちはもう決まっていた。その男の隣で「因縁」の意味に気がついたパステル。表情がみるみる内に曇っていく。


「大統領……! もしかして私の相手って……」

 

「パステルには、幹部「カーネーション」と対峙してもらう」

 

 テュルーはあっけらかんと答える。


「イヤイヤイヤ絶対嫌! 私、あの人に会いたくないです!」


 パステルにとって、カーネーションにストーキングされていた時期は黒歴史以外の何ものでもない。アイドルの仕事が激減した時期に襲いかかった悲劇。追い詰められてマネージャーと決別し、第二回メンズ・オークションに出場した際にファッションレズを告白して地獄を見た。メディアに追い回され、マスコミに叩かれ、まとめサイトでは笑い者にされた。ニートの時は自殺も考えた。

 全ての元凶がカーネーションという訳ではないが、カーネーションに耳元で囁かれた「貴女……ファッションレズでしょ」という言葉を思い出すと、身がすくんで恐怖で押しつぶされそうになってしまうのだ。第三回メンズ・オークションで司会進行をしているの時も、カーネーションの気配を感じながらも意識しないようにしていた。パステルにとって、カーネーションはトラウマ的存在で思い出したくない過去。触れられたくない部分だった。 


「何か言ってやりたいとは思わないのか?」


「確かに言いたいと思う気持ちはありますが、私にとって彼女との事はもう過去の事なので」


 それ以前にパステルとカーネーションの関係を、何故テュルーは知っているのか。そんな気がかりがパステルの表情に疑念として表れていた。


「何も報酬がない訳じゃないぞ。この撮影に協力してくれた暁には、それぞれ一つ可能な範囲で望みを叶えてやろう」

 

 テュルーは元気溌剌な笑顔で人差し指を立てた。

 その輝かしい指先を見たゆきひととパステルは、今までの疑念は何処へやらといった具合に、興奮しテンションアゲアゲになった。


「あのーアナータ達。ワターシを放置しないで下さる? もういい切る」

 

 リリーは不満そうに通信を切った。

 スクリーンはまっさらな色に塗りつぶされる。


「俺、やります!」

 

 即決のゆきひと。

 一方のパステルは決めかねている。


「報酬は後で決めればいい。出来れば参加してほしいが、無理強いはしない。……でも、私と仲良くしていれば、今後の活動がやりやすくなると思うぞ」

 

 その誘惑の言葉は媚薬に等しい破壊力がある。

 元々トップアイドルを目指していたパステル。大統領とのコネクションを持てると考えれば、決して悪い話ではない。むしろプラス要素の方が遥かに多い。


「私もやります。よろしくお願い致します」


「よしっ、決まった! 演技指導はヴィオラに依頼してある。彼女はトニー賞に選ばれるほどの大女優だ。結婚して引退されたがね。ちなみに役者としては私の先輩にあたる」


 ヴィオラが元女優と聞いて納得するゆきひと。クリスタルの仮面をかけた少女に演技指導をしていそうな風貌だと思っていたが、あながち間違いではなかった。

 

「ゆきひと様、パステル様、これからよろしくお願い致します」

 

 ヴィオラはお淑やかに一礼をする。

 

「それとゆきひと……君に忠告がある」


「俺にですか?」


「君は目先の情報に振り回されていたね。情報を制す者は世界を制す。君はまだこの時代の事や人々について知らないことが多い。様々な人と関わって情報を集めるんだ。無知は罪。誤った情報を鵜呑みにして行動すれば、身を滅ぼす事もあるだろう。それともう一つ、この世は誰が味方になって誰が敵になるかわからない。味方は多い方がいい。敵はあまり作らぬことだ。ゆきひとは誰よりも魅力的な男を目指して頑張っているんだってね。私はそんな君を応援するぞ」

 

「ご忠告ありがとうございます。そうですね……心得ておきます」

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