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86 NEXTステージ

 二八二六年一月一日。午前一時。

 どんなに悩み苦しんだとしても時間は刻々と過ぎてゆく。

 何があっても時を止めることは敵わず、大晦日から元旦へと年は明けるのだ。

 

 幽霊屋敷の時間も進んでいたが、静けさは据え置きのまま。

 クレイは友と妹の帰りをダイニングで待っていた。その間、高祖父バスタードの事を思い出していた。最後に話したのは何時だったか。頭に浮かぶのは印象に残っている高祖父の言葉。それはセラが生まれてから会いに行った時。

 高祖父は待望の「男子」が生まれた事を喜んでいたが、情報が漏れるのを酷く恐れた。例え血の繋がった家族でさえセラの体の性を秘密にする事としたのだ。情報共有は一部の人間のみ。更に高祖父はセラとは会わないと言いだした。もし初めて見る男が屍の様な見た目だったら、成長する自分に恐怖心を覚えるかもしれないとの考えからだった。

 そして高祖父は言った。

 「セラを、守ってやれ」……と。

 その言葉はナノマシン通信による声だったが、クレイの胸に深く刻まれた。

 トランスジェンダーとして、生きている意味を見失っていた。

 何故不完全に生まれてしまったのか。

 何の為に生きなければならないのか。

 高祖父の言葉でその答えが見つかった気がした。

 セラを守るのが自分の生きがいになると直感的に理解したのだ。


 あの時の事は今でも忘れない。

 高祖父から聞いた、冒険談、ロマンス、自慢話、その全てが懐かしい。

 他の一族の人間が高祖父のことをどう思っているかは知らない。

 一族のシンボル。支援金の要。遺産相続がメイン。

 関わりのない人間がそう思うのは仕方ない。

 考えを改めろとは言えない。

 自分は自分。他者は他者。

 自分が高祖父の事を想っていればそれでいいのだ。

 扉を開く音がした。


「ただいまー」


 男の声だ。

 恐らくセラも一緒。

 クレイは玄関に向かった。

 帰って来た二人は少し申し訳なさそうにしていた。

 謝るチャンスを伺っているようだった。

 セラが自分の体の性について話したのかそれはわからない。

 それより帰って来てくれたことが何よりも嬉しいのだ。

 だから……。


「おかえりなさい」


 クレイは微笑みながら言った。そしてそのまま二階に上がった。

 残された二人はクレイの意外な表情にキョトンとし、取り残された。


 今後の予定はどうするのか。

 元旦の正午、クレイとソフィアの間で話し合いが行われた。

 話がもつれるという事は一切なく、流れる様に決まった。

 理由は次の結婚相手が大物だったから。

 この状況で不謹慎とも言えるが、断れない理由、断らない事情があった。

 クレイは、ゆきひと、セラ、フリージオをダイニングに呼び出した。


「ゆきひと、次の目的地……結婚相手が決まった。三日にはここを出るぞ」


「次の相手は誰なんだ?」


「前から話はあったんだが、今回正式に依頼があった……」

 

 クレイは咳き込んだ。


「次の相手は、アメリカの大統領だ!」


「ア、アメリカの大統領!?」

 

 ゆきひとの頭にアメリカの国歌「星条旗」が流れる。その音楽をバックに赤と白のストライプと星の散りばめらた国旗が風に揺れ、自由の女神がニヤリと笑った。


「それとセラ」


「何ですか……姉様」


「私は同行を認めないが、どこぞの王子に頼めば何とかしてくれるんじゃないか?」


「本当ですか!?」


 クレイの発言は行ってもいいと言っているのと同じ。

 セラは目を輝かせた。


「ねぇ、絶対あの時のこと怒ってるでしょ」

 

 フリージオはやれやれといった感じで両手を上げた。


「ゆきひと行くぞ! アメリカへ!」


「お、おう!」

 

 一月三日。

 一行は豪邸前に集まったストリティックエンダーロールの一族面々に挨拶をして、お世話になった家を後にする。その挨拶の瞬間、クレイの目には親戚に交じり手を振る若かりしバスタードの姿が映っていた。

 幻なのか、錯覚なのか。

 それを見たクレイは、言葉にならない感情が胸に沸き上がるのを感じていた。

 バスタードとの約束はセラの生きる道を縛り付けてしまう。

 結局、押し負けて同行を許してしまった。

 それは秘密がばれる危険性を伴う。

 もしバレてしまえば約束を破る事になる。

 亡くなった高祖父に顔向け出来ないとクレイは思っていた。

 だが幻覚の高祖父は豪快な笑顔を見せていた。

 その判断は正しかったと背中を押しているようだった。

 麗人は誰にも聞こえない声で高祖父に向けて挨拶をした。


「お祖父様……行ってきます」

 

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