84 籠の鳥は虹の彼方に
十二月三十一日。
豪邸の中は幽霊屋敷の様な重い空気が終始漂っていた。バスタードの葬式、お別れ会は、親戚達の話し合いの結果、来年の二月下旬となり、盛大なイベントとして見送る形となった。遺産相続の話もあり、葬式の日程よりも其方の方で大いに揉めたようだった。遺産は次の一族の長が管理することと遺言書に明記されており、有力候補だったクレイは長の立場を早々に辞退していた為、クレイの大叔母が一族の長となった。クレイは大叔母の補佐役に回る。
大晦日の夜。二八二六年開始まで後一時間半ほど。
ゆきひと一行以外の人間は、ガラディナー(ハッピーニューイヤーディナー)を利用して四つ星ホテルで年を越すらしく、何部屋もある邸宅はもぬけの殻となり静まり返っていた。
ゆきひとはと言うと気落ちした様子で客間のベットの布団に包まり、ゴロゴロしていた。寂しい年末には慣れていたが、ここまで最低最悪な年末は経験した事がない。どういう気持ちで次の年を迎えればいいのか……考えた所で答えは出ないが、重くのしかかる感情をどうにか払拭したかった。なので夜風に当たろうと一階に降りる(親戚達が出払ってから一階スペースは解禁となっている)。庭を出ようとしたが、一度クレイに外出の承諾を得た方がいいかと、明かりの点いているダイニングに向かった。すると口論が聞こえてきた。
声の主はセラとクレイだった。
「私は絶対について行きます……!」
「ダメだ。これ以上はもう何が起きるかわからない」
ダイニングに入り辛い状況だったが、今更気にしても仕方がないとゆきひとは普通に入っていった。
「どうしたんだ?」
「貴殿には関係ない」
「俺に関係ない訳ないだろ。セラちゃんは、ずっと俺のサポートをしてくれてたんだぞ?」
ゆきひとは何気ない感じでセラの方を見る。
セラは大粒の涙を流していた。
「……セ、セラちゃん?」
少女の涙に男は戸惑ってしまった。
「何で、私ばかり家にいなくてはならないのですか?」
「その事は何度も話し合っただろう。世話役は何か問題があったら終わりにする約束のはずだ」
「何でなんですか!?」
「……」
「私だって……私だって、姉様と同じなのに! 何で私ばかり我慢しなければならないのですか!」
「セラ、そのことは……」
「姉様と同じように、ただ自由に……世界を見て回りたかっただけなのに……」
クレイはセラに押されていた。
一週間前の修羅場で、精魂を使い果たしたようだった。
「……籠の鳥でいるのは、もうたくさんです。私は特別なんか望んでなかった!」
セラは涙を拭って幽霊屋敷から飛び出した。
「クレイ、セラちゃんを追いかけなくていいのかよ!」
ゆきひとの問いに、クレイは顔をしかめているだけで俯いて何も答えない。
「俺はセラちゃんを追いかけるぞ! いいな!」
ゆきひとは煮え切らないクレイに背を向けセラを追いかけた。
もう午後十一時を越えている。
都市部のショッピングモールは、夜中だというのにまだ開いていた。ハッピーニューイヤーを祝う為に集まった女性達がワイワイと騒ぎ、夜空は花火で七色に輝いた。少女を探す男は思わず頭上を見上げる。巨大な花がドゴーン、ドゴーンと大きく爆発する度に、男の心臓をズシンズシンと唸らせた。その重みは焦りを加速させ、方向感覚を狂わせた。
「セラちゃーん!」
女性達の騒ぎ声と花火の爆音に、男の呼ぶ声は掻き消されてしまう。
何処を探せばいいのか。
静かな場所に移動すると、デニムのポケットから振動と着信音が聞こえてきた。
「もしもし?」
『私だ……クレイだ。今何処にいる?』
「ショッピングモールから離れて……川が見えるな。川の近くにいる」
『南東に向かったのか。……西の方角に川の本流がある。ワット・アルンという寺院が見える川沿いを探してほしい。タティアーン市場近くだとは思うが』
「わかった。探して見る」
『恩に着る。セラの話を聞いてあげてほしい。……今年は色々と世話になった。……ありがとう』
「俺の方こそ……ありがとう。また来年もよろしくな」
『あぁ、よろしく。』
クレイの声は穏やかだった。
その声に男の心も穏やかになる。
さっそくスマホで位置を確認した。現在地から西の方角にチャオプラヤー川の本流があり、その川を越えた位置にワット・アルンという寺院がある。クレイの言っていたタティアーン市場は、チャオプラヤー川の川沿いにあった。
「急ごう」
男はスマホの地図を頼りにバンコクの大晦日を駆け抜けて行った。




