83 覚悟の刃
行くなと叫んだ所で外に向かう二人は止められない。
ゆきひとの想いやフリージオの言葉をクレイは理解していたし、出来る事ならば協力してあげたいという気持ちもあった。だとしても二人を行かせる訳にはいかなかった。もしゆきひとを逃したとあれば、クレイだけではなく一族の責任になる。そうなれば事態は今よりも大事になり、絶対に知られてはいけない「秘密」が露呈してしまうかもしれない。ずっと隠しきれる訳ではない。それでも今はその事を知られる訳にはいかなかった。
クレイの目つきが鋭くなる。
腰に差しているナイフを取り出して、前に突き出した。
「こっちを見ろ!」
クレイの声にフリージオは振り返る。
強い殺気が耳を貸さない人間を振り向かせた。
「僕に刃を向ける気?」
フリージオは冷静だ。自分には危害を加えないと思っているからだ。クレイもそのことは重々承知。フリージオの一族、エトワール家の協力がなければ「秘密」を守り続ける事は出来ない。エトワール家の力は秘密保持に必要不可欠で、クレイがフリージオに逆らわない理由はそこにあった。その力はクレイに活路を見出し、束縛もした。それをクレイは疎ましいとは思わなかった。むしろ感謝していた。秘密を守ることはバスタードとの約束でもあり、クレイの生きる意味にもなっていた。即ち、秘密が破られるということは、生きる意味を失う事になるのだ。
「それは違うな」
常軌を逸した状況で零れた麗人の笑み。知恵や言葉で勝てない相手の裏をかけたという喜びから、一瞬口角が緩んだ。麗人は去りゆく二人に向けたナイフを自分の首元に向けた。
「姉様っ!?」
セラの悲鳴にも似た絶叫。
その悲痛な叫びは、放心状態だったゆきひとの耳に届いた。男の目に光が戻る。そして男はゆっくりとクレイの方を向く。今何が起きているのか。喉元の刃を見て、深刻な状況だという事にやっと気づくのだ。
「お、おいっ!」
「行きたければ、行けばいいだろう! 君達が行くのであれば……私は、この場で自害する!!」
「……!?」
「私の代わりはいくらでもいるが、ゆきひと……君の代わりは何処にもいない。そんな君を逃がしたとあれば、責任重大だ。死を持って償わなければならない。今の君ならLLLから社長を連れ戻すことは可能だろう。だからもし、社長を助けることが出来たなら、高祖父と共に弔ってくれ。……男と男の約束だっ!」
ナイフを持つ手が震えながらも強くなる。
クレイは目を瞑った。
時が止まるような、そんな錯覚をそれぞれが感じていた。
判断を間違えればその場にいる全員の人生を大きく変えてしまう。
拐われた人間を救いに行けば、ここで一人の人間の人生を終わらせることになってしまう。恋した人を助けに行けば大切な友を死に追いやるのだ。
「……待て! 待ってくれっ! ……わかった……行くのはやめる……」
ゆきひとはフリージオの手を離した。
「俺が悪かった……」
勢いを失った男は壁に項垂れた。その表情は悲しみで溢れていた。
二人を引き留めたことで安堵したクレイは、持っていたナイフを床に落とす。ナイフはカランカランと空しい音を響かせた後、動かなくなった。
終始冷静だったフリージオもクレイの気迫に戸惑い観念した様子で、これ以上ゆきひとを促すような事を言わなかった。
修羅の終幕は、何も解決しないまま影だけを落としていた。




