81 拐われたⅤ
一夜が明け、バスタードの体は霊安室に移され、冷凍保存処置を施された。
三十年以上、男性の葬儀の事例がない為、葬儀屋、医療関係者、親族共々、遺体の扱いに困り果てていた。一番近い例を実行するとなると、体の全べてを解剖し、研究資料に回すという事になる。男性の遺体はとても貴重で、政府機関に譲渡するのが通例となっていた。全ての臓器が研究対象で、肉体が土に還る事はない。親族に拒否権はあるが、葬儀代の全額補助があり承諾する家庭は多かった。しかしバスタードは自分が死んだ場合の臓器提供、解剖などを拒否しており、海洋散骨を望んでいた。その為冷凍保存は一時的な処置で、これからどうするのか、親族間、葬儀屋の間で話し合いが行われる事となった。更にはSWHからヴィーナが来るという話にもなり、ここにきて結婚生活というイベントの中断、もしくは中止という状況が見えてきたのだ。
二十五日の正午。
ゆきひと達はクレイの実家でヴィーナを待つことに。二階がゆきひと達の専用スペースになって、クレイの親族は入れなくなり、一階のスペースはゆきひと達が侵入禁止となった。
客間で缶詰状態だったゆきひとは、部屋を出てデッキから外の様子を確認した。彼方此方に車が止められており、亡くなった男の親族とみられる婦人達が談笑していた。十人どころではない。最低でも三十人以上はいる。世界中から一族の人間が集まって来ていた。
「……ゆきひとさん」
ゆきひとが振り返ると、そこにセラがいた。
「ごめん……今は部屋でじっとしていた方がいいよね」
「高祖父の死は、一時間後、全世界に向けて発表されるそうです。もうネットでは広まっていますが……」
「それにしても、親戚の人数が凄いね……」
「別の国で生活している叔母様達の家族だと思います。私も会ったことがない人達なので、よくわかりません……」
「……部屋に戻ろっか」
ゆきひとはセラの手を引いて客間に戻ろうとする。
だが少女の体は動かなかった。
「……ゆきひとさん。私のこと……冷たい人間だと思いませんか?」
「……どうして?」
「姉様があれだけ悲しんでいたのに、私は悲しいという感情がまるで湧いてこなかったんです」
「亡くなった人と、どれだけ関わって過ごしてきたかにもよると思うし……冷たい人間ってことはないと思うよ」
親族の死が悲しいと思えるのか。
そんな質問をされたとして、正確な答えを出せる人間はまずいないだろう。
仮に、どれだけ家族を愛していたとしても、どれだけ憎んでいたとしても、実際にその場に立ち会わなければ、悲しいかどうかなんてわかるはずもないのだ。
「……ごめんなさい変な質問をして。上手く説明出来ないんですが、今……凄く怖いんです。ゆきひとさん……もし、過去に戻るタイムマシンが完成しても、帰ったりしないですよね?」
「……」
過去に帰りたい気持ちがなかったにも関わらず、いざそういう質問をされたら、即答が出来ない。過去に戻らないという事は、過去に置いてきた家族、友人、同僚との永遠の別れとなる。それは彼ら彼女らとの死別に等しい。
「……ゆきひとさんにも、自分の時代に大切な人がいますよね……」
「俺は別に過去に帰りたいとは思わないけど……約束は出来ない」
「そう……ですよね。あの、今は傍にいてくれませんか? お願いします……」
「わかった。一緒にいよう」
ゆきひとは笑ってみせた。
セラの衰弱ぶりが目に見えてわかる。少しでも元気づけたかったのだ。
客間のベットに並んで座る、ゆきひととセラ。
フリージオは壁の隅に寄りかかっている。
クレイは床に置いたスマホから、ヴィーナの連絡を待っていた。葬儀屋との交渉はクレイの大叔母が一階でしている。
夕刻になるとテレビ局のヘリコプターの音が客間まで響いてきた。
ゆきひとはスマホでネットニュースを観覧。今いる豪邸がテレビ中継されていた。外庭の車の山が映され、リポーターが解説している。亡くなった男の親戚達がコメントを求められていて、マイクやカメラを向けらると、はしゃぎながら話し始める。自分の容姿を気にしながら話したり、笑いながら話したり。亡くなった人の別れを惜しむような姿ではなく、遊びに来たような軽い返答。それは異様な光景だった。彼女達と高祖父との直接的な接点はなく、繋がりは血筋だけなのだろう。SNSのトレンドに目を向けると、「ギネス記録」「最高齢男性の死去」「タイ人」などで埋まっており、お祭り騒ぎ。男の死がもはやイベントになっていた。
世界最高齢男性の死。
この時代で生まれ地上で生きている最後の男の死。
その情報はうねり嵐となって広がってゆく。
どれだけ大きい出来事なのか、ここまでくると実感せざるを得ない。
午後九時を過ぎて雨が降り始めた。
中継のヘリは退散し、葬儀屋との交渉が終了したのか、亡くなった男の親戚達も車を出して消えていった。流石に百人近い人間全員がこの家には泊まれない。
午後十一時になると、外は嵐に。
ヴィーナの到着予定から二時間が過ぎている。
ゆきひとは両手を中央で握りしめ体を揺らしていた。
セラはそんな男の傍から一時も離れなかった。
夜の嵐にそれぞれの不安が募っていた。
クレイのスマホが鳴る。
自然とその場にいる全員の視線が集まる。
「ヴィーナさんは大丈夫なのか?」
ゆきひとはヴィーナのことが心配でたまらなかった。
人の死を目の当たりにして、人の死を身近に感じて「もしも」が起きないとは限らないと。
そう思うと、いてもたってもいられなくなるのだ。
「ソフィア殿からだ」
クレイは手のジェスチャーでゆきひとを静止する。
そのままクレイとソフィアの会話が始まった。
ゆきひとはクレイの頷きながら話す様子をじっと見ていた。
そんな時にボディガードは痛恨のミスをしてしまうのだ。
「ヴィーナ社長が拐われた!?」
その声は部屋全体に響いた。
クレイはとっさに口を塞いだが、もう既に遅かった。
近くにいた男の耳に、はっきりと聞こえてしまっていた。
「さ、拐われたってどういうことだよ!」
ゆきひとはクレイに詰め寄る。
「相手はLLLだ。心配は無い!」
LLLといえば、ローズが所属する百合団体の組織。活動目的は世の中の女性を百合に目覚めさせること。しかしイベント会場の天井を破壊したり、何かと過激な活動も行っている。
「心配ないって何で言い切れる……電話変わってくれ!」
ゆきひとがクレイの肩を掴んだ瞬間、男のポケットに入っているスマホが振動した。非通知だったがゆきひとは躊躇しなかった。
「もしもし!」
『はぁーい。アタシの声覚えてる? ローズだよー』
「お前はっ……!」
『あぁ怖い。ヴィーナ社長は預かったから。詳細は来年になったら教えるねー』
「何なんだよ! ヴィーナさんに何かあったら許さないぞっ!」
『何が許さないだ。そんなこと言ったら社長を殺すよ?」
「……!?」
『じゃぁ、よいお年を』
ツーツーと電子音が響く。
男の視界が歪む。
血肉が煮えたぎり、頭から全ての思考が飛んでいく。
我を忘れた男はトロリーケースに必要最低限の荷物を積めていく。
「おい、何処に行く気だ!」
「ゆきひとさん……!」
クレイとセラは男の態度に驚いていた。今までこれだけの怒りを露わにして行動する様子を見た事がなかったからだ。
「何処かはわからない。俺はヴィーナさんを助けに行く!」
「無計画に動いたら、助かるものも助からない!」
「殺すって言ったんだぞ! ヴィーナさんが死んだら……俺は……!」
「大丈夫だ。奴らは人を殺しはしない!」
「何でそう言い切れる!」
「今までLLLが殺人事件を起こした事は無い。人を殺せば恨みを買うからだ。奴らもそう馬鹿じゃない。殺すと言ったのはパフォーマンスだ!」
「これから殺すかもしれないじゃんか! もっと納得できる理由をくれ!」
「絶対にLLLはヴィーナ社長を殺さない。フェミニスト(女権拡張論者)の彼女達が女性を殺すのはありえない」
「ありえないなんて事があるのか? クレイは自分の高祖父が死ぬってわかってたのかよ」
「死期が近いことぐらいわかっていたさ! でも身内の柵や仕事を優先して、私は会いに行かなかった!」
クレイも完全に冷静さを失っていた。
それだけ高祖父の死が精神に与えたダメージは、計り知れないほど大きかった。
「俺はわからなかったよ。ばっちゃんが何時死ぬかなんてわからなかった。持病で通院していても、まだ生きていてくれるんじゃないかって、そう思ってた。でも人間は突然死ぬんだ。……それにクレイ、その顔はちゃんと話せなかったってことを後悔してる顔だろ、そうだろ!」
クレイは歯を食いしばった。
何も言い返せない。
図星だった。
「俺は大切な人を失って後悔したくない。だから行く。俺は行く!」
ゆきひとはトロリーケースを引いて一階に降りて行く。
階段をガタガタと音を立てながら。
男はもう形振り構っていられなかった。
「待て! 行くなっ!」




