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75 フライトG

 十二月一日。

 仮面夫婦生活というゲームライフは終わりを告げ、ゆきひとは新しい結婚相手の実家、タイ・バンコクへと行く事に。悪天候の元、ゆきひと、クレイ、セラは、東京の空港でフライト便の飛行機を待っていた。

 ゆきひとはいつものタンクトップに薄いジャケットにデニム。

 クレイはキャメルベージュのトレンチコート。

 セラはフード付きの赤いコートを着て、胸元の二つのぼんぼんを可愛らしく揺らしていた。

 傍から見ると三人は親子といった感じに見えるが、楽しそうな空気は微塵も無い。父親に見える男は他の二人の機嫌や体調を心配し、母親に見える麗人は終始不機嫌。二人の娘に見える少女にいたっては、風邪気味らしく顔をマスクで覆い時折咳き込んでいた。

 この重苦しい空気に耐えかねたゆきひとは、不機嫌なクレイに声をかけた。


「なぁクレイ。何か怒ってないか? 俺と結婚するのが嫌なら断ればいいじゃんか。運営関係者と結婚したら叩かれるって教えてくれたのはクレイだぞ?」

 

 クレイは黙ってゆきひとを睨め付けた。

 それは物凄い迫力で稲光の轟きがその迫力に拍車をかけていた。

 クレイの無言の圧力にゆきひとはそれ以上何も聞けない。

 そんなゆきひとにセラは助け舟を出した。


「ね、姉様はフリージオさんの言う事に基本逆らわないので、ゆきひとさんが気にすることはないです……ゲホッゲホッ……」


 セラは咳き込み、具合が悪そうに話した。

 

「あっそう。で、何しにタイへ?」


「……セラ、もう話さなくていい」


 クレイが口を開いたことでセラは口を閉じ喉を摩る。


「私の方から話す。今月の二十五日に高祖父の誕生会がある。それに貴殿も参加してもらう」


「高祖父?」


「私達の祖父の祖父にあたる人物だ」


「俺達以外にも普通に男がいるのか? 八十人くらいだっけ」


「普通に生きている男は、メンズ・オークションに出た三人だけだな。高祖父は寝たきりだし、他の男達はコールドスリープ装置で眠っている」


 コールドスリープ装置は、SFの中ではスタンダードなほど有名な技術。

 勿論、ゆきひとは知っている。だが身近な存在とはかけ離れた技術のせいか、いまいちピンときていない男は首を傾げた。SFを知っているからといって、それを簡単に受け入れられる訳ではない。ある意味まだ、八百年時空を超えたことを信じきれていない節があるのだ。


「……話は後だ。さっさと乗るぞ」

 

 搭乗ゲートを通過する三人。

 クレイはせかせかと歩く。

 戸惑う夫や、咳き込む妹には目もくれずに。


「本当に間が悪い」


 クレイは額を抑える。

 突然の結婚。

 妹の体調不良。

 微妙な関係性の実家への里帰り。

 全ての厄災が降りかかってしまった様だ。

 結婚も断ればいいし、妹の具合が悪いなら日本に残しておけばいい。

 実家にも帰らなければいい。

 それが出来ない自分がもどかしくて仕方がないのだ。

 クレイは釈然としない想いを抱えたまま、足を前に進ませていた。

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