7 困惑とランチタイム
シャワーを浴びるゆきひと。隆起した筋肉は水しぶきを弾く。仕上がった体は美しい。シャワーを止めてタオルを肩にかける。浴室の外には洗面台があり円形の鏡も備わっている。ゆきひとはタオルを腰に巻いて鏡をじっと見た。そしてポージングをする。これはゆきひとの癖だ。何回かポージングをした後、ふと冷静になり鏡の表面に額をくっつけた。
「……俺はこれからどうなるんだ。本当にこのまま結婚するのか?」
不意に訪れる不安感。頬を両手で叩いて気合いを入れる。脱衣カゴにはバスローブと白いパジャマが置かれていた。目を細めるゆきひと。バスローブは瞬時に選択肢から外れた。ゆきひとはパジャマを着てベットのある部屋まで行く。
セラは窓際で佇んでいた。少女の落ち着いた雰囲気に男は見とれてしまう。
「あ、シャワーいかがでした?」
「いやぁとってもいい! それと俺のジャージは?」
「洗濯しておきました。まずかったですか?」
「全然!」
「明日はスーツを用意しておきますので其方を着て下さい。姉と同じ服の方が目立たないかと。私はソファで寝ますのでゆきひとさんはベットをお使い下さい」
「いや、俺は床で寝るよ。セラちゃんベット使いなよ」
「ダメですよ。お客様にそんなこと……」
「ベットがあるのに女の子を追いやるなんて出来ないよ。ただでさえ女の子と一緒の部屋で寝るのことには抵抗がある。ここは俺の気持ちを汲んでほしい。これから長い付き合いになるかもしれないんだろ?」
「そうですか……わかりました」
ホッと胸を撫で下ろすゆきひと。その束の間、背後に気配を感じ振り返る。そこにはクレイがいた。
「安心しろ。私も一緒に寝る」
「あ、そう……」
ゆったりとした空気が一転引き締まる。
床に寝そべったゆきひとはクレイの視線を感じてなかなか寝付けなかった。
一夜が明ける。
ゆきひとが目覚めた頃にはもう既に昼になっていた。脱衣所の洗面台で髪を洗って寝癖を直す。適当に棚を開いていくと髭剃りとシェービングクリームが顔を出した。躊躇せずに使い髭を剃る。
次にクローゼットを物色。男性用の服がズラリと並んでいる。セラが前日に言っていたスーツを選び着用。太い筋肉の持ち主にとっては少々きつい。ネクタイを締めて黒いサングラスをかける。部屋を出ると、クレイとセラが待っていた。
「すんません。寝坊しましたか?」
「明日の貴殿の出番は午後四時だから丁度いい。これからレストランで昼食を取る。ついて来い」
「イエッサー!」
ゆきひとはヤケクソ気味に敬礼のポーズを取った。
「あの、ゆきひとさん?」
「ん?」
「トイレは済ませましたか?」
「いや」
「男子トイレはこのフロアに一箇所しかありません。トイレは個室で済ませるか、そこの男子トイレを使って下さい。このホテルは特別男子トイレが設置されてますが、基本無い物と思って下さいね」
「なるほど、不便だな……」
一度ゆきひとは部屋に戻って用を済ませた。
インペリアルレストランに入る一同。気品ある女性が数人いる。当然のように女性達の視線はゆきひとの方にいく。視線を送る女性陣は男のことをアンドロイドだと思っている。アンドロイドは価格や維持費などが高く、富裕層でなければ所有するのは難しい。だから物珍しいのだ。
このお店はバイキング形式な為、クレイ、セラ、ゆきひとはそれぞれ自分の好みの食材を盛り付ける。艶のある大トロの寿司やこんがりとしたピザ。さらに宝石コレクションのようなケーキの数々。三人は備え付けの椅子に座り白いテーブルクロスの敷かれたテーブルに皿を載せた。
「俺、一目につくような所で食事して大丈夫か? アンドロイドだと思われるんだったらオイル飲まなきゃまずいか?」
ゆきひとは小声でクレイに尋ねた。
「最近のアンドロイドは人間の食事も共に出来るようになっている。問題は無い。これは会社側の配慮だ」
「それなら俺ランニングしたいんだけど」
「それは許可できない」
「何で」
「前にも言っただろう。脱走した者がいたと」
「俺は逃げないよ。ていうか怖いし。外に男子トイレ無いんだろ? そもそも逃げたら即捕まえてくれ」
「ダメだ」
「さいですか。そういえば脱走した者は今何してるんだ?」
「貴殿が知る必要はない」
ゆきひとの視線が事情を話さないクレイから自然とセラの方へ向く。
「ごめんなさい。私は詳しいことを聞かされていないので。……でもゆきひとさんはきっと大丈夫です」
この姉妹は口を割らない。箸の進まないゆきひとの手が更に鈍くなる。
「どうされました? お腹痛いんですか?」
セラはゆきひとの様子が気になり声をかけた。
「脂肪が付きそうで」
「ゆきひとさんの体内にもナノマシンがありますよね? 現状維持ならイメージトレーニングだけで十分ですよ」
「マジで!?」
「余程の不摂生をしない限り太ることはありません」
「このナノマシンと筋トレでより高い脂肪燃焼効果が見込めると?」
「そうですね。ゆきひとさんのいた時代よりも強く、そしてよりキレのある筋肉に仕上げることが可能です!」
その言葉に元気を取り戻すゆきひと。少女に乗せられて喜ぶ大人がここにいる。
一時間後、部屋のベットの上にゆきひとはいた。強固な腹部を摩っている。
「食いすぎた。腹いてぇ」
男は今後、ドカ食いを控えようと腹に誓った。