65 アンティークゲーム・トイボックス
「お邪魔しまーす」
そう言いながらゆきひとはリビングに入った。
まず目に入るのは、正面に構える超大型テレビ。窓を塞いでおり高層マンションからの絶景は拝めない。テレビスタンドもテレビに比例して(横に長く)デカい。フローリングの床にはゲーム機本体と思われる物体と、そのカセットが散らかっている。お金持ちのボンボンが変な方向にお金をかけた様な部屋だ。
ゆきひとはその歪さよりも、中央のゲーム機本体が気になり手に取ってみる。
「うわっ、これ「ハイファミ」じゃん! すげぇ!」
ハイパーファミリア。略して「ハイファミ」。
ゲーム機本体を触り、そのフォルムを確認する。ライトグレーの本体に口のようなカセットの差込口や目のような電源、鼻のようなカセットを出すスイッチがある。本体頭上にはコントローラーが二本。一九九〇年の十一月二十一日に発売した、ゲーム会社「頼空堂」の家庭用ゲーム機。
今となっては珍しく懐かしい物体。
テンションが上がらずにはいられない。
「今じゃこんなアンティークゲームは手に入らないからな。……やたらテンション高いけど、お前「プレイ・ステイ・ジョン」世代じゃねぇの?」
「兄貴が「ハイファミ」置いてってくれたんですよ。それよりダニエルさんって、 SUNNYの社員なのに……大丈夫なんですか?」
「俺様はゲーム機全般を……愛しているからな。この時代に来てから蠍も手に入れたし」
蠍は「Xブロック・スコーピオ」というゲーム機の愛称。
ゆきひとはそのことを知っていたが、その話は耳に入っておらず、カセットに意識が向いてしまっていた。
「こ、これは「ファイナルクエスト」に……「ドラゴンファンタジー」……!」
手に取ったのは、ファイナルクエストⅢリメイク版とドラゴンファンタジーⅣ。
「ファイナルクエスト」と「ドラゴンファンタジー」といえば、日本における二大RPGと言われている。「ハイファミ」世代は黄金期で、世の中のゲームファン達の睡眠時間を削りに削ったという逸話がある。
「お前、FQ派? DF派?」
FQは、ファイナルクエストの略称。
DFは、ドラゴンファンタジーの略称。
二大RPGの話になると、よくこういう流れになる。
「俺は……DF派かなー」
「何故だ?」
「主人公がしゃべるし、後……生き別れた兄がいる主人公が多かったから、感情移入しちゃうっていうか。それとヴェミダー! ……とか、好きだったな」
「日本人はFQ派が多いと聞いたんだがな。まぁ欧米でDF派が多い中、俺様はFQの方が好きだった」
「FQも好きっスよ。イレブンのこれからの未来を求めてとか、すんごい感動した」
「あれは最高傑作だよなっ! お前のこと、気にいったゾ! ……という事で「Mカート」すっぞ!」
「Mカート」とは。
「スーパーMブラザーズ」のキャラクター達で展開する、大人気レースゲーム。その中でも初代に当たる「ハイファミ」の「Mカート」は、発売から十年過ぎた後でも、カルト的な人気を博していた。
「別にいいですけど……俺、レースゲーム下手ですよ?」
「問題はそこじゃねえよ。格好だよ。そのスーツ脱げ!」
「……えっ」
一瞬、変な空気が流れた。
「全裸になれって意味じゃねーよ! 動きやすい服でゲームしろってことだよ! ゲームは遊びじゃねぇんだゾ! 隣の部屋に俺様が昔着ていた服があるからそれをはよ着ろ」
ゆきひとは有無を言わず隣の部屋に行き、サイズが合いそうな服を探す。すると写真のダニエルと同じ服が出てきた。白いシャツと青いデニム。それを着てみる。
「ちょっときついな」
白いシャツはくっきりと厚い胸板が浮き、青いデニムはももがパツパツ。激しいストレッチをしたら破けそうだった。でも他の服は逆にサイズがデカい。仕方ないのでこの装備にする。黒いサングラスはどうしようかと考える。気が向いたらレース中に装備するということで持っていく事に。
写真の男と同じ服になったゆきひとは、リビングのゲーム機近くで待機しているダニエルの隣に座る。
もうテレビ画面には「Mカート」のゲーム画面が点いていた。
「ハイファミだと16kの画面が生きないが……まぁこの大画面を堪能するがいい」
ダニエルは「Mカート」のキャラクター選択画面に進める。操作キャラクターは、配管工兄弟である「赤の兄のM」と「緑の弟のL」と「桃の姫」と「自称ドラゴン」と「亀の魔王」と「ランニングゴリラ」と「モブ亀」と「キノコのサトウ」の八人。配管工兄弟はバランス型。姫と自称ドラゴンはスタートダッシュ型で、初速が速い。魔王とランニングゴリラは加速型で、最初は鈍足だが障害物にぶつからなければ最速になる。モブとサトウはコーナリング型でカーブに強い。
ゆきひとは自称ドラゴンを選ぶ。
「俺様はキノコのサトウだぜっ!」
「魔王かランニングゴリラじゃないんですね」
「ずっと疑問だったんだよぉ。何で兄がMなのに、弟がSじゃねぇんだっ……てな」
「……何の話しですか?」
「やっと見つけたんだ! キノコのサトウの名前はサトウで、Sだってなっ!」
意味を理解できないゆきひとは、黙ってレースが始まるのを待った。
ダニエルのキャラ選択が終わり、ステージ画面へ。
選ばれたステージは……。
「レインボー空中庭園とか無理無理!」
「お前、知ってんじゃねーか」
レインボー空中庭園は「Mカート」内、最高難度のステージ。空中に浮かぶ七色に光る道路を走るマップなのだが、壁が一切無く、コースアウトすると空中に放り出されてしまう。落ちた場合は数秒後に雲に乗った亀に釣り針で引き上げられてコースに戻れるが、多大なタイムロスをしてしまう。初心者にとっては鬼のようなステージ。このゲームのラストステージなので難しいのは当たり前なのだが。ゆきひとがテンパっている間にスタートのシグナルが進みピストルが「パァン」と鳴る。ダニエルが操作するキノコのサトウは、ロケットスタートを決めて、ゆきひとの操作キャラである自称ドラゴンの遥か彼方先まで突っ切っていく。初速が早い自称ドラゴンでもすぐに追いつける距離ではない。ドヤ顔のダニエルはゆきひとをチラ見。ゆきひとは画面から目を離せない。そんな中で。
「ダニエル……コースアウトしてるぞ」
「えっ、マジ?」
コースアウトしたサトウは、雲に乗った亀に釣り針で引き上げられている。自称ドラゴンはゆっくりとコースアウトしないように走る。
ゆきひとは思った。これは勝てるかもしれない、と。自称ドラゴンはサトウのS全開ドライブテクニックに何度も抜かれるが、それと同じぐらい何度もコースアウトしていった。抜かれては抜いて。抜いては抜かれての繰り返し。その勝負は白熱し、二人の男は、その勝負に、その指先に、全てを賭けた。
コースを先に五週した方が勝ちとなる。
先頭を走るは自称ドラゴン。
何度もコースアウトしたサトウが追いかける。
このまま逃げ切ればゆきひとが勝ち。
ゴール付近で自称ドラゴンとサトウが並ぶ。
七色に光る直線。
ここまで来ると初速とカーブ性能は関係ない。
二人はコントローラーのボタンを壊れるほどに押し込んだ。
ゴール寸前というその瞬間……『ピンポーン』と音が鳴った。
指の力が一瞬緩む。
緩んだのはダニエル。
ゴールを先に突っ切ったのは自称ドラゴン。レースゲームに勝ったのはゆきひとだった。「よしっ」と、ゆきひとは小さく拳を握りしめる。
レースに負けたダニエルは重いお腹を抱えて立ち上がった。
「俺様のカロリーポイント「CP」を消費させるとか、いい度胸じゃねぇか!」
ダニエルは玄関に向かう。
クレイがセラを迎えに行ったのは三十分ほど前。多分、クレイとセラではない。誰だろうかと、ゆきひとも立ち上がった。




