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56 元アイドルはワイルド系マッチョに出会う   『〇』

 東京ゲームショウ2825の一般公開日一日目の終了時刻が迫っていた。

 『ファッションレズ再び』の言葉が頭から離れない元アイドルは、ジュラシックバスターのゲスト出演終了後も上の空だった。リポーターの仕事を再開しても、その上の空感覚が抜けない。第三回メンズ・オークションの司会進行を終えて、もう自分は何が来てもやっていけると東京ゲームショウの仕事に対して意気込んだのに、黒歴史のワンフレーズを見た途端に心の牙城が脆くも崩れ去り意気消沈してしまったのだ。

 

「よっパステル! 元気?」

  

 元アイドルのパステルに声をかけたのはソフィアだ。

 ソフィアはクリエイターサイドでイベントに参加しており、合間合間にパステルの配信を見ていた。元気がなくなっていくパステルの様子が気になり、自分のブースを離れ親友に会いに来たのだ。


「ソフィアー、やっぱアンタ最高!」


「どうせ四月にUPした画像でいじられたんでしょ」


「あはは、そうだね。……ソフィアには迷惑かけた」

 

 第三回メンズ・オークションが終わった後、二人はカラオケで打ち上げをした。パステルとソフィアはソファの上で手を繋ぎ、棒状プレッチェル菓子の端と端を食べていき、口づけ寸前の所を写真で撮った。それをパステルはSNSにUPしたのだ。

 過去の事情を知っているファンからは懲りてないと思われていじられる。それをわかっていてもソフィアと仲良くするのは、心地よくてやめられなかった。


「ねぇパステル。もう話し聞いてるかな?」


「えっ何?」


「パステルにはーこれから大桜ゆきひとさんと、一か月間、結婚生活をしてもらいまーす!」


「えぇー!」


 ネットのコメントもパステルと同じ反応で埋まる。


「ちょっと待って、今呼ぶから」


 ソフィアはカメラに背を向け、スマホを取り出す。


「おいゆきひと。ちょっと顔出せや」

 

 ソフィアのドスの効いた低いの声。

 その声に戸惑うパステル。


「ね、ねぇ今の声ソフィアの?」


「えっそんな訳ないじゃん」

 

 ソフィアは可愛らしい声で答えた。

 

 数分経つとカメラの前に褐色の男が現れる。

 黒いサングラスに黒いタンクトップ。下は青いデニムで比較的軽装だ。男は鍛え上げられた肉体を全面に見せつけた。少しかっこをつけている。カメラワークも男の肉体美を追っていく。カメラが顔で停止すると男は挨拶を始めた。


「どもー。大桜ゆきひとでーす。この度パステルさんと一時的ですが結婚させて頂きます。よろしくどうぞー」

 

 その男はフランクな口調で場を和ませる。

 パステルは突然の出来事に思考がついていけてないが、男の事はある程度知っていた。パステルが司会進行を務めた第三回メンズ・オークションに出場していたからだ。その日本人の男はメンズ・オークションの商品として出品され、ステージで雄々しい特技を披露。アピールタイムで入札者達と言葉を交わし、プロポーズを一度は断るも、最終的にフランスの弁護士を選んだ。入札者三人がそれぞれ結婚生活を送っていたという情報を耳に挟んではいたが、その後の事は知る由もなかった。

 

「二人の結婚生活はSWHでサポート致しますのでご心配なく。パステルさんはやりたいように結婚生活を送れます。じゃぁ私はこれでー」

 

 ソフィアは華麗に画面からフェードアウトしていく。

 ダンディな芸人の如く。


「ちょっとソフィア?」

 

 残された二人は見つめ合う。


「あ、イベントの時はどうも」


「いえいえ、特技披露のステージ凄かったです。素晴らしい筋肉ですよね」


 ついついお世辞風に褒めてしまうが、パステルの本心ではある。


「あ、ありがとうございます!」


「触ってもいいですか?」


「どうぞどうぞ」

 

 ゆきひとは黒いタンクトップをめくり腹筋と腹斜筋を見せつける。


挿絵(By みてみん)


 その腹筋はまさに黒く固い板チョコ。それは膨らみ熱を帯びている。興味をそそられて、パステルは縦横無尽に撫でまわした。「何だこれは!」と撫でる手が止まらない。こんな逞しい体は漫画やゲームなどでしか見たことがない。街中のアンドロイドは細身の王子風が多く、体積の多いマッチョなアンドロイドは高価でなかなかお目にかかれない。黒い板チョコには甘い色気漂う男のエロスが詰まっている。アイドルの白い指先はそこから逃れられなくなっていた。それはまさにホワイトフィンガーとブラックチョコレートの初体験。

 パステルは「ハッ」と我に返る。これ以上やるとアンチをまた増やしてしまう。


「あ、ありがとうございました!」

 

 パステルはそう言って、甘美な沼から指先を抜いた。

 ゆきひとは何事もなかったかのようにタンクトップを下す。

 パステルは考えた。

 ここで行動を間違えれば、また地獄の門を開いてしまう。

 絵に描いたような結婚生活を送ってはいけない。

 考えろ。

 考えろ。

 考えろ。

 そして閃いた。


「ゆきひとさん。その類稀なる容姿を生かしてアイドル活動をしてみませんか?」


 パステルは夫となる男を独り占めするのではなく、視聴者と共有する道を選んだ。「アイドル活動をしてみませんか?」という言葉は、十年前の同じ施設でパステルがマネージャーだったパノラから言われた言葉だ。パノラの事は今でも思い出す。道を違えたが、パノラはずっとパステルの味方だった。パステルはアイドルとして有名になった事で天狗となり、何時の間にかマネージャーを見下すようになっていた。パノラは何も悪くない。機会があれば当時の事を詫びたいと考えていた。今何処で何をしているのだろうか。何を考えマネージャーの道を選んだのか。もう連絡の手段はなく、話す事は敵わない。

 

「俺がアイドルですか?」


「そうです。……マネジメントは私がします。私が、ゆきひとさんのマネージャーをします!」

 

 配信動画のコメントは好意的だ。


「皆もゆきひとさんのアイドル姿見たいよねー!」


 「見たい見たい!」とのコメントが、ネコ生の配信動画に勢いよく流れた。


「じゃぁ俺、アイドルやります!」


 ゆきひとは相変わらずノリに弱かった。

 パステルはアイドルからニートへ、ニートからマネージャーへと華麗な転身を遂げた。

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