55 再生
人間は失敗してもやり直せる。
誰かが言っていた言葉だ。
ただそれは失敗する時期や内容で大きく異なるといっていい。
子供の時に犯した罪と大人が犯した罪では刑罰も異なるし、社会的知名度が大きければ大きいほど社会的制裁は厳しくなる。
パステルの犯した発言を、もし一般人がSNSで発信したのであれば、どうなっていたのか。話題になんてならなかっただろう。何故彼女の言葉が炎上しそこまで叩かれたのか。それは彼女の立場と場所がとにかく悪かった。パステル自身は現状に満足していなくとも、一般人から見れば、紅白に出場してデビューアルバムやセカンドアルバムをヒットさせて有名なボーカロイドやヴァーチャルアイドルとコラボして、一度ではあるがトップアイドルの仲間入りを果たした存在。アイドルになりたくてもなれない人間はごまんといる。例え落ち目だとしても、テレビ出演出来る人間は一握りなのだ。彼女は自分も嫉妬の対象になっている事に気が付いていなかった。底辺だと思い込み、時を焦って一番カミングアウトしてはいけない場所でファッションレズだという事をカミングアウトしてしまった。その発言動画は「したたか」と映り、ネット住民の餌食となる。元アイドルのアンチスレの炎は燃え上がり、動画は消されても増え続け、鎮火の目途は全く立たない。第二回メンズ・オークションの動画は、伝説上の聖な鳥「フェニックス」に例えられ、フェニックス動画と呼ばれた。表向き全て削除されたが、エロ広告がひしめき合う裏サイトでは残り続けた。
当の炎上した元アイドルが自宅マンションに帰れたのは、燃え上がってから二週間後。別の大型ニュースが入り、元アイドルのマンション付近に待ち伏せしていたマスコミが分散したのが大きかった。元アイドルは、心配して駆けつけたソフィアに慰められやっとの思いで途に就いたのだ。
家に着いた元アイドルはそのままニートに転職。テレビ、ネットサーフィン、食事を細々とこなすだけの存在。つまり引きこもりとなった。
果てしない闇が続く。
もし何も不祥事を起こしていないニートだったら、社会復帰しようと思えば出来たのかもしれない。だが元アイドルの場合、不適切発言の不祥事がついて回り、それを難しくさせた。元アイドルが買い物に出かけた時に、通行人から「裏切者!」と体当たりを受けるという出来事があった。それ以来外出が怖くなり、主に食事は出前。必要な物品はARAZONでネット注文をする。
貯金を切り崩す生活。
夢も希望もない。
もう伝説的なトップアイドルになり、女性アイドルを復活させるなんて事は、生まれ変わらない限り出来やしない。失敗してしてはいけない時に、してはいけないミスを犯したのだ。クリーンなニートだったらどれだけ良かったか。絶望に絶望を重ね、自殺の二文字が頭を霞めた。
元アイドルのニート生活も一年が経過していた。
彼女自体に変化はないが、世界は停止する事なく循環していた。
SWHの代表取締役社長であるストックは第二回メンズ・オークションの責任を取り退任(後にちゃっかり会長に就任している)し、アメリカ本社の代表取締役はストックの末子であるギフティ・トルゲスが着任した。
その流れで日本の連結子会社の代表取締役社長も変わり、ストックの次女であるヴィーナ・トルゲスが着任した。
周りが変化しようが、周りで何が起きようが関係ない。
元アイドルは自身がゲームボイス及びスーツアクターとして出演したVRゲーム「ジュラシックバスター」をプレイしていた。
ディストピアな世界観は、現実を見たくない元アイドルの心と共鳴し、世界の全てを忘れさせた。ひたすらモンスターを狩り続け、わからない事があれば攻略サイトで調べ、適度に顔の知らないプレイヤーと心を通わせてゲームを楽しんだ。そして一か月が経つ頃には、第一エンディングをクリアし、エンドコンテンツクエストに参加出来るまでになった。ゲームにハマったことのないパステルの胸に、第一部のラスボスクリアというささやかな達成感が沸き上がってくる。VR空間内の壮大な大地に横たわり時間を過ごす。もうリアルには戻りたくない……けど、あの時こうしていれば。結局の所、抑えていた後悔の念を忘れられないのだ。
パステルは第一部のラストクエストをクリアしてからエンドコンテンツには進まなかった。攻略サイトでギスギスオンラインに突入すると書いてあったからだ。ギスギスなんて御免だ。きついのは現実だけで十分なのだ。
メインクエストはアップデート待ちで、ストーリーに関心のあった元アイドルは、早々に「ジュラシックバスター」を引退した。
ソフィアは何時ものように元アイドル宅を訪ねる。
ドアはすぐに開いた。
元アイドル宅にお邪魔する人間はソフィアぐらい。もう決まっていた。あのイベントが終わってから二年が経った状況で、元アイドルの友人はソフィアのみ。世間から叩かれたアイドルに人は近寄らず、皆離れて行った。芸能人だから、有名だから、お金があるから、きっと今までの知り合いはそんな感じで近づいてきたのだろう。ソフィアだけが元アイドルを見捨てなかった。
ソフィアは部長に出世しており、元アイドルにとっては眩しい存在。嫉妬心は沸き上がらないが、ロシア人男性の「僕には君が眩しすぎる。夢を語る君がね」という言葉がわかる状態ではあった。そんな気持ちを抱えつつも、元アイドルはソフィアだけを信頼していた。他の人間は信用できない。辛い時期に離れる人間なんて。
ソフィアはダイニングに着く。山積みの漫画本や、飲みかけのペットボトルが散乱し、とても綺麗と呼べる状態ではない。カーテンは閉め切られて薄暗い。元アイドルは明かりを点けて、ソフィアに麦茶を出した。
「何か楽しいソシャゲ見つかった?」
自然に話しかけるソフィア。
「最近は漫画か小説ばっかかなぁ」
元アイドルも自然だ。
「実は今日……頼み事があって来たの」
「えっ……何?」
緊張感で空気が少し張りつめた。
「聞きたくないかもしれないけど、今社内で第三回メンズ・オークションの司会進行役を探しているの……」
「懲りないわね。あの会社も」
「パステル……引き受けてくれない?」
「え!?」
嫌だと即答が出来なかった。それは元アイドル自身不思議だったが、その理由を代弁したのはソフィアの方だった。
「元々パステルはインドア派じゃなくてアウトドア派じゃない? 私は別にニートだって今の自分の人生に満足しているなら、それはそれでいいと思う。人生何が起きるかわからないし。即答出来ないのは、パステルも迷ってるからじゃない?」
芸能界を嫌になって引退したアイドルが、芸能界に復帰するなんて事はよくある話だ。一度栄光と喝采を浴びた人間は、その時の優越感を忘れられないのだ。夢を絶たれた元アイドルもそれは同じで。
「あの時の事はさ……。私が原因みたいなもんじゃない。私がパステルを誘わなければ、こんな事にはならなかった」
「……それは、違う! 私を庇ったせいで、ソフィアまで叩かれて……あの時はもう大人だったし、ソフィアが誘ったからとかは関係ない」
「じゃぁさ、引き受けてよ」
「うっ……」
自分が悪いと言ったのはソフィアの作戦かと、元アイドルは一瞬思った。
「出会った時にパステルは言ったよね? 私達は親友だって。私は認めてないけど、もし司会進行役を引き受けてくれるなら、親友になってあげる」
「ずーるーいー!」
「親友になりたくないの?」
「私は親友だと思ってたよ」
「サン・二ー・イチ……」
「やります! やーりーまーすー!」
「じゃぁ決まりね」といった表情でソフィアは笑った。それにつられて元アイドルも笑ってしまう。見えない出口に光が差した。その光を与えたのはソフィアだった。元アイドルは身だしなみを整え、表舞台に立つ準備を始めた。批判や罵倒の嵐が待っているかもしれない。でも親友がいるなら、彼女がいるなら戦える。やっていける。元アイドルは沸き上がる感情を胸に、新たな一歩を踏み出すのだった。
ここまでが、第三回メンズ・オークション司会進行役決定までの経緯である。




