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53 銀髪壮年の沈黙   『〇』

 パステルの目に映る光景は、まさにハリウッド映画のワンシーン。U字型のホールは七階建ての吹き抜けで、中央の天井には巨大なシャンデリアがぶら下がっている。散りばめられた金の装飾は高潔さ表し、所々にかかる赤いカーテンが情熱を高め、客席にいる淑女達のカラーが彩に華やかさを加えた。一階観客席近くにオーケストラピットがあり、その正面奥の広いステージに出品された男性がいる。普段はバレエ公演が行われるステージ。入札者席から距離が離れている為、パステル達から見て男の姿は小さく映る。

 パステルが客席に向かって手を振ると、客席から拍手が送られた。そして入札者の入場曲が停止した所で深紅のソファに座った。貴族専用バルコニーである入札者席は他の観客席より装飾が豪華だ。パステルは近くに置いてあった双眼鏡を手に取り、出品された男の容姿を確かめる。


挿絵(By みてみん)

 

 男は銀色の髪に顎髭を生やし、堀の深い顔。年齢は四十ぐらいか。

 ファッションは白のワイシャツにアンクルパンツ。広い肩幅にサスペンダーがかかっている。ガッチリとした体形で引き締まり具合がシャツのラインでよくわかる。その壮年の男はただ俯いて立っているだけだが、その哀愁が只ならぬ色気を放っていた。アンドロイドでは再現できない色気だ。

 これが生きた本物の男性。

 パステルは双眼鏡を静かに下す。この胸の高鳴りが何なのかはわからない。初めて見る本物の男にテンションが上がる。彼女の高ぶる感情に反して、会場の空気は男の反応の無さにどよめいていた。


『パステルちょっといい?』


 ソフィアはナノマシン通話でパステルに話しかけた。


『どうしたの? ソフィア』


『バロンが伝え忘れたらしいんだけど……この後私達のアピールタイムがあるの……』


『えっそんな、急に』


『パステルの番は最後だから、まだ時間はある。どうする?』


『どうするって言われても……』


『ミリオンピーチなら、すぐBGMを用意出来るって言ってるけど』


 ミリオンピーチはパステルのデビューアルバム、A×V infinityインフィニティに収録されている楽曲で、最初のメンズ・オークションの日本向けCMに使用されていた。


『わかった、私……ミリオンピーチを歌う』


『了解。バロンにそう伝えておくね』


 入札者のアピールタイムが始まる。

 タンナーズはステージに移動。アピールする特技はルーレットダーツ。連続で放たれたダーツは全て百点の数字を捉えた。余裕の笑みを浮かべるタンナーズだったが、壮年の男は見ていない。

 

 次にソフィア。披露する特技はエレクトーン演奏。流れる指捌きと乱れ撃つ両足。ピコピコと鳴る旋律にエレキギターの稲妻が何度も次元断を放つ。レッドライトで染まる会場は一体感に包まれた。一人オーケストラは会場を魅了し、視線が散乱している観客達の注目を集めた。壮年の男も黙って演奏を見ていた。

 

 最後にパステル。ミリオンピーチが流れて歌い始める。小刻みにステップを踏みながら歌うが気持ちは乗っていない。歌詞を間違え息を切らして焦る。ミリオンピーチは、マシンガンの如く流れる歌詞が特徴で、練習を積まないと歌うのが難しい。発芽ミクロとコラボしている時はほぼ毎日歌っていたが、最近は全く歌っておらず、歌いだしや音程を忘れていた。更にソフィアのエレクトーン演奏の凄さに呑まれてプレッシャーにプレッシャーを重ねていた。

 全て悪手にまわっていく。

 フィギュアスケートで世界最高点を叩き出した選手の後に滑るということはこういうモノなのだろうかと、パステルの思考をグチャグチャに回転させた。そして本領発揮が出来ないままミリオンピーチの音楽が停止した。

 アピールステージが終わり、パステルは元のバルコニーに戻る。

 

 次は質問討論ステージ。

 女性達が男性に質問を浴びせるコーナーだ。意気消沈しているパステルをよそに、タンナーズが手を上げマイクを握りしめる。


「そち……セックスは好きか?」


 パステルは口を手でふさいだ。お茶を飲んでいたら噴き出していた所だ。


「……」


「何故何も答えぬのだ? そちは見るからに経験済みであろう。恥ずかしがらなくてもよいぞ?」


「……」


 壮年の男は無言を貫く。

 タンナーズは不満そうな顔でマイクを下した。


 パステルは質問してもいいのかどうか、ソフィアの方をちらちらと見る。

 ソフィアは髪を触りながら明後日の方向を見ている。


「ソフィアちゃん? 何か質問したいこと、あ・る・わ・よ・ね?」


 司会進行のストックの声は震えていた。

 焦りと怒りが混ざり合っている。

 ソフィアは仕方なくマイクを握る。


「……あの、お髭の小父さんに言いたいことがあります」


「……」


「場を盛り上げてくれませんか?」


 ソフィアの発言に会場は更に静まる。


「……」


「小父さんに黙ってられると困るんですよ、此方としても。今まで裏社会で生きてきた貴方が、これから何不自由なく暮らせるんです。何が不満なんですか?」


「……」


「子供じゃないんだから、状況を考えて下さい。次質問する子を無視したら、フルボッコに処すので。以上です」


 ソフィアのイライラが言葉に乗っかっている。自分は出たくないイベントに出て母の機嫌を損ねないようにしているのに、商品の男は口を開かず母の機嫌を悪くしている。男の沈黙がソフィアのイライラを余計に増幅させていた。

 パステルはソフィアからバトンを受け取る形で恐る恐るマイクを握った。


「あの……小父さんの名前をまだ伺っていなかったので、お聞きしたいのですが……」

 

「……僕の名前は、エーデルだ」


 パステルがホールに入ってから、初めての男の声。

 その優しいダンディな声に、パステルの思考が一瞬飛ぶ。

 会場の張りつめた空気も少々飛び散る。


「エーデルさんって言うんですね? とても素敵な声です」


「お世辞はいい」


 男の暖かい声とは裏腹に言葉は冷たい。

 パステルは何を質問したらいいのかを考える。しかし何を話しかけても、男が自分に好意的な発言をするビジョンが見えてこない。


「君の名前は何て言うんだ?」


「……パステルです」


「ではパステル。君は歌が好きなのか?」


「はい」


「それは本当か? さっき聞いた歌に、まるで心を揺さぶられなかった」


「……」


 即興で準備したと言い訳は出来ない。

 男の言う通り、さっきの歌に誰かの心を揺さぶる力は無かった。


「歌が好きだいうのは、嘘じゃないのか?」


「嘘じゃないです……! 私は、ずっとアイドルになりたくて頑張ってきました。実力不足なのは認めます。でも昔のアイドルソングが好きで、好きで、大好きで……ずっと伝説的なアイドルである彼女達みたいに成りたいと思って、努力してきたんです」


「では、何故このイベントに参加したんだ? アイドルとは関係ないだろう」


 エーデルの発言にパステルは絶句してしまった。

 言葉が出て来ない。

 理由は有名になりたいから。注目を集めたいから。

 本音を言える訳がない。


「僕には君が眩しすぎる。夢を語る君がね。僕とは生きている世界が違う。本当は恵まれているのにまだ足りないって顔をしている。下には下がいるんだよ。パステルは僕のことをアクセサリーか何かだと思っているんだろう? 僕は君の一部になるつもりはない。残念だけど僕達は相性が最悪だね」


 パステルは静かに座る。

 覚ったのだ。

 この男と結婚するのは不可能だと。


「ちょっと、アンタァ!」

 

 ソフィアの怒鳴り声が虚無のホールに響く。


「アンタに、パステルの何がわかるのよっ!」


「無視するなと言ったのは君だろう」


「傷つけていいだなんて言ってない!」


「僕は傷ついてもいいのか? まぁ君達にとってはモルモットのようなものか」


「おいテメェ! 表出ろヤッ!」


 ソフィアは今まで誰にも見せたことのない怒りを露わにした。

 だがそれも長くは続かず。


「ソ・フィ・ア?」


 ストックの声。


「失礼しました。司会続行お願いします」


 ソフィアは瞬時に引き下がった。

 ホールの空気が重力で押しつぶされたまま最後のコーナーに進む。


「それでは皆さん! ラストのプロポーズステージに参りましょう!」


 ストックの冷や汗が止まらない。会場を盛り上げようにも、盛り上がる要素が無い。ストックはプロポーズコールを促す。観客達から手拍子を誘えたが、プロポーズコールにはついてこない。「プロポーズ! プロポーズ!」と言っているのはストックのみ。


 パステルは頭を抱えていた。

 このままでは何の成果も果たせないままイベントが終わってしまう。

 どうすれば。

 どうしたら。

 何かしなければ。

 思考がぐるんぐるんと回る。


「〇△□、☆☆□△〇!!」


 男の叫び声に、パステルはハッとして顔を上げた。

 自分の考えに籠っていたせいで男の発言内容を聞き取れなかった。

 

 男は頭を抱えながらステージ上に倒れた。

 ドサリと音を立てて。

 

 ストックは凍り付いてマイクを落とす。

 ゴツンと床を響かせて。


 その音がスイッチとなり、ガヤが伝達して広がっていく。

 観客達は困惑しているが、笑い声も交じっている。

 不満そうだったタンナーズも身を乗り出し、目を輝かしている。


「わらわはやっぱり……あの者とセックスがしたい」


 何が起きているのか、状況を把握出来ない。

 倒れた男の傍に、脈を測っているアジア系の麗人がいる。

 何時の間にか出現していた。

 そのアジア系の麗人はジェスチャーで誰かを呼ぶ動作をしていた。

 もはや結婚所ではない。

 何もしないで日本に帰れば地獄が待っている。

 パステルの顔が蒼白になる。

 

「皆さん聞いて下さい!」


 爪痕を残さなければ。

 それは無意識の発言だった。


「私は今までレズビアンを装っていました! ごめんなさい!」


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