52 プリンセス二人にアラブクイーン
イベントが行われるのは、千年の歴史を持つホリジョイ劇場。普段はバレエやオペラの公演に利用されている。建物の正面には八本の柱。ギリシャ神話の神々を思わせる圧巻の眺めだ。パステルはその神々しさに躊躇しながらも、バロンと共に中に入っていく。
衣裳部屋でパステルは花びらが広がるようなピンクのロングドレスに身を包む。鏡を見てポーズをキメてプリンセス気分に浸る。普段とは違う異国の華やかさに少しずつ気持ちが高ぶる。衣装替え後はVIPルームへ。
後半の部まで、ここで待機となる。
「パステル!」
パステルに声をかけたのはソフィアだ。
ソフィアはノースリーブの藍色のドレスに身を包んでいる。
いつもの眼鏡はかけておらず、コンタクト。
それだけで雰囲気がガラリと変わっていた。
「あ、ソフィア。眼鏡かけてないから一瞬わからなかったよー」
「まぁ……たまにはね。それにしても来てくれてよかった……一人だと不安だったから……」
ソフィアの安堵感が伝わってくる。緊張感が薄れたのはパステルも同じだった。
「私もだよー。そういえば、もう一人のアラブ人は?」
「彼女は自由行動OKだよ。……なにせ百万ドル支払ってるし」
「ふぅん……そうなんだ」
パステルとソフィアは王女のベット風ソファで前半の部をモニターで観賞。
司会進行は黒い爆撃帽子に赤いマトリョーシカ柄のコートを身に纏った十代と思われる少女。
「あの年齢でどうやってこんな大きいイベントの司会進行役を受けることが出来たんだろう」
パステルの目線だとそういう疑問に至る。
「パステル……彼女のこと知らないの?」
「えっ有名人なの?」
「あの人……私のママだから」
「……!?」
パステルは驚きを隠せない。画面に映る高校生ぐらい少女がソフィアの母親、ストック・トルゲス。つまりこのイベントを主催している会社の社長ということだ。名前は勿論知っているが、容姿を見るのは今回が初めてだった。
イベントは賓客の挨拶から始まり、ヴァーチャルダーリンのオークションに移る。様々な配色の衣装に身を包んだ女性達が、前面巨大ステージのモニターに映し出されたヴァーチャルダーリンとの会話を楽しみオークションに興じている。その異様な光景をものともしない華やかさは、仮面舞踏会の社交場を思わせた。入札者サイドのプリンセス二人は、手を繋いで空気に呑まれないよう心を静めた。
後半の部の十五分前にバロンが現れ、パステルとソフィアを入札者用バルコニー入り口手前まで案内。前回イベントでは、入札者の女性が別々のゲートから出場したが、今回は建物の構造上、同じ場所から一人ずつバルコニーに出る形となる。
入札者の入場までの時間が刻々と迫る中、開始五分前にタンナーズ・ライオネルが現れた。
「其方ら、今宵のまつりごとを存分に楽しもうぞ」
低めの声の彼女は、しなやかな黒髪をなびかせて堂々とした態度で立っている。はちきれんばかりのバストは、クロスしたベージュの布で押さえつけている。腰はザックリと空いており、くびれのラインが綺麗な曲線を描いている。緊張している様子は微塵も無く、こういう社交場に慣れているのがよくわかった。これぞまさに大人の女性。圧倒的スタイルを目の当たりにした二人のプリンセスは、挨拶を交わしてから無言になった。
後半の部の開始時刻。
商品となる男性が自身の特技を披露した後、入札者の三人が表に出る流れだ。
タンナーズ、ソフィア、パステルの順に出て行く。
「申し訳ございません皆様。今回、男性の特技披露は飛ばします。名前を呼ばれましたら、タンナーズ様からお入りください」
バロンが言う。
「何かあったの?」
パステルはスマホを見ているソフィアに尋ねる。ソフィアは生放送中の第二回メンズ・オークションを見ていた。
「男性が特技披露を拒否したみたい」
動画が「???」や「何が起きてるんだ?」というコメントで騒然としている。
タンナーズの名前が呼ばれ、アラブの女帝はバルコニーに出て行く。
「ソフィア様、そろそろスマホの電源をお切りください」
バロンの注意で、ソフィアはしぶしぶスマホの電源を切る。
名前を呼ばれたソフィアは緊張しながら表に出て行く。
「それではパステル様、ご入場お願い致します」
パステルは胸に手を当てる。鼓動がドクンドクンと音を立てる。何でこんなに緊張しているのだろうか。アニソンカラオケ対決やアニソンサマーフェスでも、ここまで緊張することはなかった。そうだ、このメンズ・オークションでは人生がかかっているのだ。結婚する事が出来れば世界的に注目を集めるアイドルに。失敗すれば奈落の底に落ちてしまう。事務所をやめると言った以上、後には引けない。
パステルは意を決して戦いの舞台へと足を踏み入れた。




