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4 目覚める筋骨隆々の男

 ヴィーナは男のいる円形の部屋に入る。パステルカラーで纏められており、目に優しい。天上付近は空色で、ツバメや天使の人形がぶら下がっている。その真下に二人掛けのテーブルと椅子が設けられており、奥のベットには褐色の男が意図的に眠らされている。ヴィーナは男にかけられた毛布を、母親が寝坊した子供を起こすかのように勢いよく引っ張り上げた。

 そこには黒髪で短髪。整った野性的な顔立ち。上は黒、下は紺のジャージ男がいた。足元には脱げかけたサンダル。ジャージを着ていても筋肉の盛り上がりがよくわかった。

 

 ヴィーナの好奇心のゲージが振り切れる。職業柄男性に会う機会が多いといえ、指で数えるぐらいしかいない。しかもそこには、同性の肉体ではお目にかかれない極上の筋肉がある。

 ヴィーナは男のジャージ上のファスナーを下げていく。溢れ出る胸板。シックスパックがちらりと見える。


「本当にすごい……この筋肉」

 

 ヴィーナの耳元に衝撃が走る。


『ちょっとちょっと、お姉ちゃん何してるの!』

 

 ヴィーナの耳元に響くのはソフィアの声だ。この時代の人々は産声を上げてから間もなくして体内にナノマシンが埋め込まれる。ナノマシンとは、人間の細胞よりも小さな機械のこと。美容健康の維持は勿論、通信機器としても使えIDを交換した相手と簡単に通信が出来る。


「彼を起こそうとしただけよ」


『私が別室で見ていることをお忘れなく』


「はい」


 ヴィーナは左のこめかみに手を当てる。自身のナノマシンから男に埋め込まれたナノマシンへと信号を送る。

 男の体がビクッと揺れた。それを見たヴィーナは咄嗟に男から距離をとる。


「うーん……」

 

 褐色の男はゆっくりと体を起こし目を開ける。胸元のジャージが筋肉ではち切れそう。男の視線の先にはヴィーナがいる。


「かわいい……」


 寝ぼけた男の本音がポロリと口からこぼれた。


「えっ私のことですか?」


 照れるヴィーナをよそに、男は数秒で我に返る。


「ス、ステージは!? 俺寝ちゃったのか? 大会はどうなった!」


「大会って……ベスト・ワイルド・ジャパンですか?」


「そうそう」


「ごめんなさい!」


 ヴィーナは頭を下げる。


「何で貴女が謝るんですか?」


「私達が大桜ゆきひとさんを連れてきてしまったから……」


 目覚めた筋肉隆々の男の名は大桜ゆきひと。

 現状が呑み込めずにまだ寝ぼけている。


「俺の名前知ってるんですか?」


「はい」


「俺はどうなったんですか? もしかしてここは天国ですか? 体絞りすぎて死んだとか……」


「いえ、ゆきひとさんは生きてます!」


「じゃぁこの状況は何なんです?」


「貴方は……タイムマシンで未来にワープしました!」


 そう言ってヴィーナはゆきひとに向かって両手を広げた。

 

 ゆきひとの頭上にハテナマークが沢山浮かぶ。


「いや、いやいやいや」


『ねぇ面倒だから、ナノマシンから情報を一気に送っちゃおうよ』


 ソフィアは別室からナノマシンの通信機能を使って姉を急かす。進展の遅さに苛立ちを隠せなかった。


「ダメよソフィア。それじゃぁ前回と同じになっちゃう。一から説明しないと」


「誰と話してるんです?」


「私とゆきひとさんの体の中にはナノマシンという機械が埋め込まれています。そのナノマシンを使って妹と会話してます」


「独り芝居してるようにしか見えないけど」


「ゆきひとさん……私の言うことを理解できないかもしれないけど、取り敢えず最後まで聞いてくれますか?」


「はい」


「まず、あちらの席で話をしましょう」


 部屋に設置された席に、向かい合って座るゆきひととヴィーナ。鍛え上げられた筋肉を持つ好青年と洗礼された美女は一瞬目が合う。そして二人は目のやり場に困りだした。


『おい、てめぇら!』


「な、なんだ?」


 ソフィアの声は部屋の二人の元に届く。


「私の妹の声です!」


 ゆきひとは頭が可笑しくなったのかと額に手を当てる。


「自己紹介が遅れました。私の名前はヴィーナ・トルゲス」


『その妹の、ソフィア・トルゲルでぇす』


「ゆきひとさんは、これからメンズ・オークションというイベントに出場してもらう為、この二八二五年に遥々お越しいただきました」


「って言われても。俺別の大会が控えてるので」


「……無理なんです。元の時代に戻れません」


「何で!」


「今の段階での技術だと、生物は過去から未来への一歩通行しか出来ないんです……」


「俺帰れないんですか?」


『今はね。でも技術が進歩すれば可能になる。取り敢えずアンタが八百年後にタイムワープしたことは理解した?』


「全然」


『そこは理解しろよ! 話が進まねーんだよ!』


「あ、ごめんなさい。でも何で俺がこの時代に連れてこられなきゃならなかったんですか?」

 

 ヴィーナは咳き込む。


「ゆきひとさんにクイズです。今この二八二五年の世界で男性の人口はどれくらいでしょうーか?」

 

 ゆきひとは大きい手で自分の顔を隠して考え込む。


「一億ぐらい?」


「違います。残念ながら……八十人しかいません!」


『アンタを入れたら八十一人ね』


「ナ、ナンデスト!?」


「気持ちのいい反応ありがとうございます。現在Y染色体がほぼ消失してしまい、男子がこの世から生まれなくなりました。そして考え出された一つの案として、過去から男性を連れて来るという計画が発案されました」


『タイムマシンのコストが膨大でそんなにホイホイ連れてこられないのよ。過去で騒ぎになっても困るしね。そんでそのコストを補う為にメンズ・オークションを開くの』


「……メンズ・オークション?」


『アンタはそこで出品され』


「ソフィア、その言い方は……!」


『三人の女性達の結婚相手を賭けた戦利品となるのです!』

 

 ゆきひとが簡単に納得できる話では無い。普段筋肉で埋め尽くされたゆきひとの脳味噌がバターで調理されたかのように焼け焦げている。


「必ず出ないとダメなのか?」


「残念ながら拒否権はありません……」


「俺、心に誓った人でないと結婚とかは……」


『もう東京サークルドームのチケットは完売。このショーがキャンセルなんてアンタが百万回死んでも稼ぐのは無理』


「今回のメンズ・オークションでは数千億という大金が動きます。……なので妹の今の発言は間違いです」


『お姉ちゃ……』


「ゆきひとさん。貴方には数千億という価値があるんです」


「俺に億単位の価値が……?」


「私達は適当に人選している訳ではありません。勇敢で優秀で勇猛でとてもワイルドな人を選びました」


「俺、ワイルドですか?」


「この世で一番ワイルドです!」


「やったぜ」


「貴方の為に世界中の女性が見に来るんですよ? そんなステージに出たくはないですか?」


「出たい」


「出たいですよね!」


「出たいです!」


 辛くも交渉は成立した。


 彼はまだ知らない。強烈な個性を持つ女達に振り回されることを。


『……アホくさ』


 ソフィアのため息交じりの呟きは盛り上がっている二人の声にかき消された。

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