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35 紅葉浴衣の大和撫子

 少女にはお気に入りの浴衣があった。紅葉をあしらった深紅の夏の衣装。歳を重ねるごとに新たな紅に身を包んだ。

 少女は拘りの強い性格だった。

 日本製や国産を好み出来る限りを尽くした。しかし現状輸入に頼っている日本で国産に拘るのは難しく、少女は頭を悩ませていた。

 

 それは十八歳の少女にとって忘れられない思い出。

 母と共に東京へと旅行に行った時のことだ。

 少女はいつもの紅葉浴衣で身を包み、すみれ着物の母と電車を乗り継いだ。流れる景色は彩色溢れる絵巻物のようで少女の胸を高鳴らせた。

 東京駅に着き、二人はドームで足を止めた。天上には八角形のレリーフがあり、干支の内の八匹がいた。十二匹いないのは方角を示している為だ。時を忘れた親子はその神秘的な装飾に見入っていた。

 ふと少女は周りを見渡す。

 縦横無尽に歩く人や、レリーフにカメラを向けている人。少女とその母を除いて黒髪の女性は一人もいなかった。

 少女は唖然とした。

 電車に乗っている時は景色に見とれて乗客の移り変わりに気が付かなかった。

 京都人口の約五割は黒髪で周りが七色で染まることはない。

 気が動転した少女は体内のからくり自動翻訳機能を停止した。アジアの言葉なのか、米国の言葉なのか、欧州の言葉なのか、日本語が聞こえてこない。


「……お母様、わたくし達は電車で別の国に来てしまったみたいです」


「何を言っていますの。それより食事は何処でしましょうか」


 少女は知っていた。

 純血の日本人は自分と母を含め全世界に七人しかいないことを。この世は混血で溢れ、純血を守るのは並大抵のことではない。現在、ハーフ、クォーターという言葉は死語で、混血はミックスと呼ばれている。だが混血が当たり前の時代で、ミックスという言葉自体も死語になりつつある。ハーフは半分と言う意味で差別的言葉ではないかと議論になった時代があった。ミックスという言葉自体、不快に感じる人も多く、肩身の狭い純血がミックスという言葉を使うことも難しくなった。


 少女はナイフとフォークを使ってステーキの肉を切るのに苦戦していた。本当は和食を食べたかったが、うきうきしている母の洋食押しに勝てなかった。

 母は血筋に拘りをもっていたが、食に関しての拘りはない。むしろ洋食が好きだった。休日は海外旅行を楽しみ欧米を飛び回った。

 少女は母から何度も海外旅行の誘いを受けたが、決して首を縦に振らなかった。海外に興味が無かったのだ。旅行をするなら日本国内でいい。東京への旅行は少女たっての希望で母はその希望に沿ったのだ。


「萌香ったら……へたくそねぇ」


「ナイフとフォークは慣れていないのです」


「和に拘るのはいいけれど、こうゆう時上手に立ち回らないと殿方に逃げられてしまいますよ」


「もう殿方なんていないではないですか」


「でも今……アメリカで何やら面白いイベントが行われていますよ。過去から連れてきた殿方が競売にかけられるとか」


「米国に興味はありませんし、米国人男性にも興味はありません」


「じゃぁ萌香。日本人男性が出たらどうするの?」


 少女のナイフを持つ力が強まり、ステーキの肉は断ち切られた。


「……出ます。絶対に出ます!」


 元気を取り戻した少女の見て母は微笑んだ。

 少女はもくもくと肉の塊を口に突っ込む。

 いずれ来るかもしれない時の為に今から準備をしよう。目標は定まった。

 その目標や決意は八年後に「半分ほど」実を結ぶこととなる。

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