3 美しき女社長と科学者の妹 『〇』
二八二五年という時代。
Y染色体がほぼ消失した事により、人口の九分九厘が女性という時代に突入した。生存している男性は確認されているだけで八十一人。陸上で確認されているのは四人。タイ在住の世界最高齢の男。二〇一〇年産のアメリカ人の男。二〇一五年産のロシア人の男。そして二〇一八年産の日本人の男だ。他の七十七名は北米の地下深くに建設されたコールドスリープ安置所の「ガイア・ノア」で眠っている。もはや生存しているとは言い難い状況に置かれていた。
そして女性達が謳歌するこの時代に、世界最大のスぺクタルショーが日本で開催される。その名もメンズ・オークション。主催は世界的企業のストック・ウィッシュ・ホールディングス。略してSWH。出品されるのは新作の男性型アンドロイド。そして目玉商品は、女性達を魅了する肉体美を持つ日本人男性だ。開催地は商品となる男性の出身国となる。
メンズ・オークションは東京サークルドームで行われる。ドーム型の会場でキャパシティは一万五千人ほど。世界中の麗しき女性達が集まりネット中継もされる。ただ一人の男。若く逞しく生命力溢れる男をこの目に焼き付ける為である。
このメンズ・オークションは不定期で行われ、今回で三回目の開催となる。その最高責任者を任されたのは、日本SWH代表取締役社長のヴィーナ・トルゲスという人物。若干二六歳でその地位に君臨している。その若さで抜擢された理由に、上層部が血縁者で占められているとからという話もある。
その若き女社長のヴィーナは、昼下がりの東京新宿にいた。
お洒落なカフェ、可憐な女性達で賑わうショッピングモール。街路樹からは優しい光が漏れる。二〇〇〇年初期の風景が愛され、今もなお街並みに生かされている。しかしその外観からは想像も出来ないほどの最新技術が散りばめられている。一つ例えるなら建物の一つ一つに紫外線をカットする機能が備わっている。
ヴィーナはイタリアンレストランで昼食を済ませる。商品となる男性が目覚めたら責任者として事情を話さなければならない。
自身が代表を務める会社のゲートを通過する。歩く姿に品があり美しい。ブルー、ホワイトカラーでまとめられたレディスーツを着こなしている。髪の色はオレンジベージュ。髪型はセミロング。肌は透明感があり洗礼された美がそこにある。
SWHがテーマにしているのは永遠の美。化粧品、サプリメント、ダイエットに関係する商品が主力だが、他にも様々な分野に手を染めている。ここ数年開発に力を入れているのはタイムマシンの研究だ。鋼や金などの物質はある程度自由に過去から未来へ未来から過去へと転送が可能になったが、人間などの生物は未だに過去から未来へ、もしくは現代から未来への一方通行しか送れない。生身の体は過去の転送に耐えられないのだ。
ヴィーナはメディアに出ることもあり美意識は人一倍高い。そこは母親譲りだ。特殊ガラスに覆われたエレベーターに乗る。そこでヴィーナはため息をついた。
「はぁ、次のメンズ・オークションは大丈夫かなぁ……」
その言葉に代表取締役としての貫禄は無い。
ヴィーナは出来る女を演出しているだけで、可能であればこの役職には就きたくなかったのだ。
五十階に到達しエレベーターのドアが開く。
ヴィーナの目の前にラウンド型の眼鏡をかけた白衣の女性が立っていた。職場のファッションは自由だ。
眼鏡をかけた女性は余裕を笑顔を見せる。左目の泣きぼくろも笑っていた。
「ヴィーナお姉ちゃん大丈夫? 今回は成功するって!」
白衣の女性はヴィーナの一つ下の妹、ソフィア・トルゲス。姉であるヴィーナと同じヘアカラーにしており、姉を慕っている様子が伺える。
二人は出品される日本人男性の安置されている部屋に向かう。
「本当はメンズ・オークションは非人道的だからやりたくないんだけどなぁ。後、今は誰も見てないからいいけど……お姉ちゃんはやめなさい」
「いーやーよ」
ソフィアは笑いながら腰を屈めてヴィーナの顔を見上げる。
「もうすぐ目覚めそうなのよね。私一人で大丈夫だから」
「お姉ちゃんにもしものことがあったら地獄の底に突き落としてやるわ」
「ダメよ。……彼らは被害者みたいなものだから」
「そんなこと言ったってアメリカ本社の決定には逆らえないよ」
「ギフティは来るの?」
「あの子なら来るんじゃないかな」
「そう……よね」
ソフィアがあの子と呼ぶのはアメリカ本社の社長ギフティ・トルゲス。彼女達の妹だ。三年前、本社の社長に十七の歳で就任した。神童と呼ばれ有り余る才能持ちその地位に君臨した。
二人の足が止まる。シルバーのドアの奥に目的の男がいる。
「私は別室で見てるから。頑張ってね」
「ありがとうソフィア」