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295 未来回想【Yのエアプタ・シン】

 先輩に押し倒された事による心臓のドキドキが凄かったが、覆いかぶさる先輩の顔から流れる涙が私の頬を伝った事で、少なからず冷静さを取り戻した。

 この状況、トリィの事を思い出すのは何故だろう?

 筋肉質な脇腹の毛並みを触ってみると、トリィの毛並みに似ている気がした。

 その流れで、私は先輩の背中をポンポンした。


「先輩、どうしたんですか?」


「親父も死んで、一家離散……。青い鳥も……いなくなってしまう……」


「辛いですよね、大切な人がいなくなってしまうと。だから、先輩は死んだらダメですよ」


 私と先輩の携帯端末が同時にブルブルと振動した。

 それぞれ自分の携帯端末を手に取った。

 携帯の更新画面を見ていると、青い鳥のSNSアイコンが、徐々に「Y」へと変化していった。

 「ハッ」として先輩の顔面を見ると、先輩の顔から血の気が引いていた。


 ドスッ。


「ウッ……!」


 先輩が、私の上に覆いかぶさる形で気絶した。

 

「ぐるぃしい……死ぬ……!」


 やばい、このままでは私が先輩の厚い胸板に押しつぶされて死ぬ……!

 先輩に死なないで……とか言ってる場合じゃない。

 私が、先輩の重さで、死ぬ……!

 運がいいのか悪いのか、青い鳥から「Y」へのSNS更新通知で、右手は携帯端末を持っていた。

 私は、119を押して救急車を呼んだ。


 救急車のレスキューに助けてもらった時、変な空気が流れた。

 そういった事をしている最中かと思われたかもしれないが、自分の生死がかかっていたので背に腹は代えられなかった。自身の安全が確保された段階になると、既に心配は先輩の方に移っていた。

 レスキュー隊員とストレッチャーに寝かされた先輩と共に、私も救急車に乗って街の中心的大病院であるムーンライト病院へと向かった。


 病院の入り口で、院内に運ばれていく先輩を見送り、私は近況をナディアに報告しようと電話をかけた。


「あっ」


 数メートル近くにいたナディアと目が合った。

 ナディアの近くには、ジュライ社長もいた。


「もしかして、社長とナディアもシード先輩を心配して来てくれたんですか?」


「あぁ……それで、彼は大丈夫だったんですか?」


 社長は、戸惑った感じの声だった。


「何とか無事でした。ご心配とご迷惑をおかけしました。私、先輩の様子が気になるので……」


 私が院内に入ろうとすると。


「バディさん……!」


 社長に呼び止められたので振り返った。


「……?」


「我々も急ぎの用があって来たんだ。君も一緒に来てくれないか?」


 ……先輩がストレッチャーで運ばれていったのに、別の要件?

 選択させてくれないのか?

 私が疑心暗鬼に襲われていると、ナディアがゆっくりと口を開いた。


「社長の奥様、スト坊ちゃんの母君が危篤なのです」


「私が行ってもいいんですか? それより、スト君は?」


 言葉を選ぶような素振りの社長。


「ストには見せたくない。いい機会だから話しておきたい事がある」


 社長にそこまで言われたら行くしかなかった。

 それに、話しておきたい事というのが、私は恐ろしいほど気になったのだ。

 社長の奥様の病室と思われる部屋の前に着いた。

 名前は「JUNジュン」さんか。

 大きめの窓が開いているようで、カーテンが月明かりを浴びながら風にそよいでいた。仕切りレースの奥に奥様がいらっしゃるようだ。

 私は、社長とナディアの後ろから付いて行き、奥様の様子を窺った。

 

「これは……」


「バディさんには、見覚えがありますよね」


 目を開けて手を上げたまま硬直している女性。

 まるでリアルに顕現した女神のようだ。

 社長も実年齢より比較的若く見えるが、表情を比較してみると、ジュンさんは年を取っていないように見えた。年が近い前提の話だが。

 腹部には、何故か小型のロボット犬がいた。

 何だろう……誰かのプレゼントかな?

 

 再び、ジュンさんの様子をまじまじと見たが、見れば見るほどトリィの症状と酷似していた。


「トリィと同じ……」


「合併症を併発していて、もう長くない」


「この病気の症状は何なんです?」


「原因は科学的に解明されておらず、治療法も見つかっていない。政府機関の間ではマネキン病と言われているが、僕らの見解は少し違う」


 社長の視線がナディアに向いたので、私もナディアの方を見た。


「時間欠乏症……私達がつけた病名です」


「時間欠乏症?」


 視線が社長の方へ移る。


「これはあくまで仮説だが、時間も石油と同じように資源に限りがあって、それが減少してきた事によって引き起こされている病気だと考えている」


「時間に限りがある?」


「時間という資源が無くなれば、我々人類……動植物全ての時が止まってしまい、事実上この世界は終焉を迎えてしまうだろう」


「時間に限りがあるって……そんなの信じられない」


「科学的根拠は無いが、僕らの考えを政府に知られたくないので、他言無用だ」


「わかりました」


 奥様の心電図が鳴り、社長は硬直した奥様の手を優しく握って「今までありがとう」と呟いた。

 お医者さんが病室に来た瞬間、奥様は息を引き取った。

 

 私とナディアは、社長夫妻に二人だけの時間を過ごしてもらう為、奥様の病室を退室し、ロビーに並べられた椅子に腰かけていた。夜なので殆ど人はいない。

 先輩の事は勿論心配だったが、非現実的な話を聞かされた事で思考が混乱してしまった。そんな中で思い浮かんだのは、トリィが病気になった時期の早さ。

 トリィ……何でそんなに早く病気になってしまったの……?


「すみませーん!」


 やかましい男の声が聞こえた。

 夜の病院なので、少しでも声が大きいと響いて聞こえる。

 声の方を向くと、看護師さんに注意されているガタイのいい男がいた。

 よく見ると、スト君の遊び相手かつ養成所にいた男だと気付いた。


「ユッキー?」


 ナディアは、男の事をユッキーと呼んでいた。

 ユッキーの足元を見ると、俯いたスト君がいた。

 慌てた様子のナディアは、ユッキーとスト君の元へ小走りで向かった。


「ユッキー、どうして坊ちゃんを連れてきたの?」


「ごめんなさい部長。……でも、お母さんに会わせてあげたくて。俺、母親とは生き別れたもんですから」


 お節介な男だけど、悪い人じゃなさそう。


「母君はもう……」


 ナディアが対応に困っていると、先輩を診断してくれたであろうお医者さんが、私達の前に赴いた。


「シードさんは大丈夫でしたよ。恐らく数日で退院出来ると思います」


 胸を撫で下ろす私。


「あっ、オジサン!」

 

 ユッキーが、イケオジなお医者さんに向かってオジサンと言った。

 何か失礼な奴。


「ユッキーもいたのか? また怪我とかしてないだろうな」


「今後、危険なスタントマンとしての仕事があれば、わからないかな?」


 ユッキーのオジサン呼びに不穏な空気が流れ、それを察知したユッキーが、釈明するようなジェスチャーをとった。


「オ、オジサンは本名だから。オジサンはフリードクターで、俺が怪我したらよく診てくれてたんだ。獣医でもあって、ピンチもお世話になってるんだぜ」


「ピンチ?」


「俺が飼ってるドーベルマン。先生もセカンドっていう土佐犬を飼っているんだ」


 不要な情報をペラペラと……って、思ったけど、皆犬を飼っている飼い主だとわかると、謎の親近感が湧いた。

 世間話の隙を見て、スト君は院内の奥へと走って行った。

 ユッキーは、スマンのジェスチャーをして、スト君を追いかけていった。

 ナディアもビックリマークを表情に乗せて、彼らを小走りで追いかけた。

 残されたオジサンと私。

 私は、オジサンに先輩の病室を案内してもらった。

 オジサンの胸に見えるネームカードを見ると、確かに名前はオジサンだった。


 私は、先輩が退院するまで小まめに病院に通った。

 体は大丈夫だったが、心の方は回復していなかった。

 社長の奥様が亡くなった事は、社内ですぐに広まった。葬儀については行わないとの事だった。奥様の病名は伏せられていた為、死の真相について、ある事ない事社内で噂になっていた。

 会社が大変な時だが、今の私は先輩の事しか考えていなかった。

 

 何度か先輩のお見舞いに行くと、医師のオジサンから入院費についての説明を受けた。獣人の治療は保険が利かない為、莫大な費用がかかるらしい。こんな話を私にする辺り、私を親族と勘違いしているみたいだが、その辺りは上手く濁した。

 社長かナディアに相談したかったが、とても相談できる状況ではないと思い踏みとどまった。


 先輩は、ベットに座って窓の外を眺めていた。視線の先は葉の無い木々が淡々と存在している風景だった。

 こんな虚構な状況でも、先輩の垂らした手には携帯端末が握りしめてあった。


「先輩、気分はどうですか?」


「マッサラだが最悪だな。ムカムカする」


 こういう時は、何て声をかければいいのかな。

 元気になったら、筋トレはやるだろうけど……。

 そうだ、ゲームの話でもしよう。


「先輩、元気になったら一緒にゲームでもしましょうよ」


「ほっとけよ……惨めだろ俺? 家柄が無ければただの犬だ」


「私は偉そうにしている獣人より、ただの犬の方が好きですけど」


 先輩と話をしていると、オジサンが病室に入って来た。


「お加減はいかかですか?」


「……悪くない」


 先輩は睨み顔でオジサンを見たが、オジサンはまるで気にしていない様子だった。 体の具合を色々聞かれた後、取り入れる遺伝子についての話に移った。

 どうやら獣人は、亡くなった動物の遺伝子を取り込んで、獣人としての体を保っているらしい。

 その説明を聞いて、まさかと思った。

 私は、オジサンに詰め寄り、先輩が取り込んでいる遺伝子についての資料データを見せてくれないかと頼んだ。

 オジサンは、悩んだ末「本当はこういうのいけないんですが……」と言いながら、資料を見せてくれた。

 

「やっぱり、先輩の取り込んでいる遺伝子は、トリィだったんだ……!」


 トリィは、遺伝子ドナー登録をしていた。

 亡くなったトリィの遺伝子を、シード先輩は取り入れていた。

 シード先輩の中にトリィはいるんだ……!

 私は、先輩の上半身に抱き付いてヨシヨシしてしまった。

 先輩もつい「クーン」と私に懐いてしまった後、我に返って「や、やめろよ!」とノリツッコミを披露してくれた。

 この反応を見て、先輩の中にトリィがいると確信した。


「先輩! 先輩の治療費は私が払います。だから早く元気になって下さいね!」


「そんな、情けねぇ真似……」


「だったらまた一緒に働きましょうよ!」


 私が先輩に手を差し出すと、先輩はちょっと照れ臭そうに握手してくれた。


 先輩は、退院日になってようやく元青い鳥の会社での出来事を教えてくれた。

 わずか数か月で事業家ハーニンの側近になった先輩は、アップデートで追加されるSNSにおいての仕様変更について、ハーニンと揉めに揉めたのだという。

 今までなかった広告を入れたり、フォローしていないツイートを表示させたり、アプリを暫く利用してない状況が続くと紫の通知を入れまくったりとの改悪案が凄かったらしい。挙句の果てに、アプリ内でゾンビまで発生させようと言うのだ。

 一方で、ハーニンは自分の気に入らない事は非表示にした。

 自分の保存したツイートを馬鹿にされた事で、他人の保存データを見れなくしたり、キャベツ高騰が話題になりすぎて、一時期キャベツを非表示にしていた。先輩も思わず「ハーニン、キャベツ非表示!?」と、声を上げてしまったらしい。

 一番許せなかったのは、青い鳥から「Y」へのアイコンと名称変更。

 完全に青い鳥を私物化しているハーニンにブチ切れた先輩は、ハーニンを一発殴って辞表届けを提出したのだという。

 それが理由かはわからないが、先輩の親が経営する会社が窮地に陥り、結果的に先輩はこういう事になってしまった。殴った事は悪いと思っているようだが、後悔は無いという。しかし、一族を破滅させてしまったかもしれない事は、申し訳なく思っているようだ。

 入院していた時期に、先輩の父親の葬儀が行われた為、先輩は葬儀に参列できなかった。もう家族と顔を合わす事は無いかもしれないと、先輩は言っていた。


 退院した時の先輩は、晴れやかな表情をしていた。

 時間はかかったが、ある程度メンタルが回復したようだ。

 お互いの携帯端末を見ると、私達は青い鳥から「Y」になったアプリを消していなかった。

 結局の所、今までの繋がりが多すぎて他のSNSに行くのが面倒だったのだ。


 先輩の入退院と社長の奥様の死から三か月経ち、私と先輩は、社長の元へ挨拶に行った。ご心配をおかけした事によるお詫びと、亡くなった奥様の件でのお悔みの言葉、そして先輩を再び社長の下で働かせてくれないかと、一緒になって頭を下げたのだ。

 先輩の再就職は、アッサリOKが出た。

 それよりも驚く話が、社長の口から語られた。

 なんと、社長とナディアが婚約するというのだ。

 この事は公にせず、密かに籍を入れるらしい。

 社長とナディアは、そういう関係だったのか?

 いや、スト君もナディアに懐いているようだし、子供や今後の展開を見据えてという感じかもしれない。まぁ婚約を公にした所で変な噂は立ちそうだし、言わないのが最良の選択か。

 ある意味、婚約の話を聞けた事は私や先輩が信頼されているという事なのでそれは素直に嬉しかったが、一方で先輩の再入社の条件が、社長とナディアの関係を他言しない事……という風にも見えた。


 年が明けると、社長から「テーマパーク計画」についての話が出た。

 洋画のジュラシックパーク的な施設を目指すらしい。

 芸能部門もガッツリ絡むようで、ユッキーも説明会に来ていた。

 責任者には私と先輩が選ばれた。

 まだ明確な内容は決まっていなかったが、早急に計画を進めたいという意思表示が社長からなされた。

 社長は焦っているいるようだった。

 時間という資源には、上限があるという仮説。

 仮説と言っていたが、もしかしたら社長は本気で信じているのかもしれないとも思った。


 別の日、社長夫人となったナディアに「テーマパーク計画」について詳しい話を聞こうと、先輩と一緒にナディアのいる部長室を尋ねた。その時点で、社長は出張に行っており不在だった。

 まず、婚約のお祝いメッセージから始まり、本題に入った。

 テーマパーク計画は、遊園地もしくはリゾート地として考えているようだが、その建設場所を巡って、社長とナディアの間で意見が割れているらしい。


「彼……夫は、百年近く前の時代にテーマパークを建設しようとしているの」


「それよりもタイムマシンって実用されているの? 政府からの発表は無いけど」


「利用に関してリスクがあるかもしれないし、政府にはまだ使用できないと言っている」


 タイムマシンはあるんだ。


「百年前にテーマパークを造る事に、何の問題を感じてるの?」


「そもそも百年前にテーマパークを建設したとして、大々的にタイムマシンを利用するなんて現実的じゃないし、利用客も限られる。そうなれば莫大な費用だけがかかり、利益は見込めない」


 ナディアは、小さく息を吐いて困っていた。


「もしかして社長の出張って?」


「今、百年前に行ってる。リスクがあるかもだから、やめて欲しいんだけど……。実はテーマパークと平行して、もしもの時の為にシェルターの役割も持たせるつもりなの。時間消失の可能性も見越して」


「時間欠乏症の話?」


「その件なんだけど、亡くなった奥様の部屋に盗聴器が仕掛けられていたの」


「盗聴器!?」


「心当たりは……無い?」


「いや……」


「もしかして、時間欠乏症について録音されたかもしれない。現時点で、政府関係者に広まっている気配は無いから大丈夫だけど。……二人共、くれぐれも用心してほしい」


 先輩が、私とナディアの間に入って来た。


「もしかして、ハーニンか?」


「それはわからない。貴方の父君の会社を潰したのは、その人だと思うけど。それよりシード君、これから気をつけた方がいいわよ」


「何でだ?」


「貴方が巨大な権力者を相手に盾突いた一件で、獣人のヒエラルキーが一気に低下してしまった。それが原因で同じ獣人からも恨みを買っているかもしれない。外を堂々と歩いたら、後ろから刺されるかもしれないわよ?」


 私は、冗談でしょ? ……という感じで笑った。


「今まで何もなかったけど」


「力の無い人間は、大きい権力に簡単に潰されてしまう。私だって例外じゃない……」


 ナディアの意味深な言葉に、先輩共々黙ってしまったが、本題を聞かなければ。


「結局、現在と過去……どちらに建設します? 何なら昔スト君が言ってたみたいに、未来に行って解決方法を探れば……」


「馬鹿ね。未来の時間が全て消失していた場合、私達は未来に行った瞬間、彫刻になってしまう」


 馬鹿って……。

 確かに馬鹿な事を言ったかもしれないけど、ちょっとイラッとしたわ。


「これ、あなた達にあげるわ」


 ナディアは、机の引き出しから謎のサプリメントを取り出した。


「何ですか?」


「それは時間を凝縮したサプリメント。私が開発したタイムサプリ」


「タイムサプリ!?」


「時間を摂取する事で、時間欠乏症を防げるかもしれないと思って……。まぁ、嫌なら飲まなくてもいいわよ? 気休め程度の物だから」


「ナディアも飲んでるの?」


「えぇ」


「スト君も」


「そうね」


 本人の同意なしに?

 私の引いているであろう顔に、反応するナディア。


「夫に飲ませるように言われているの。治療法が無い以上、病気になってからじゃ遅いから」


「ナディア、この時代にテーマパークを建設しても、時間が止まったら意味なくない?」


「あら? 夫に一票って事かしら」


 先輩も私に賛同して手を挙げてくれた。


「多数決で決まった時は従うわ。テーマパークの件、考えておいてね」


 サプリメントを二人分受け取った所で、私と先輩は、会議室で色々とアイディアを出し合った。しかし、どれもピンとくるものがなかった。

 次第に雑談となって、今年の二月に発売される「プレイ・ステイ・ジョン」新作の「モンハァン」の話題になった。「PC版」も同時発売される。

 先輩は買うつもりみたいだが、当時青い鳥のSNSを使っていた友人は、別のSNSに行ったか、使用しなくなったか、ロム専になった人が多く、誰も一緒にプレイしてくれる人がいないと嘆いていた。

 ここはせっかくだし、私も一緒にプレイしますと言ったら、先輩は無邪気に喜んでくれた。

 

 テーマパークの件が進行しないまま、人事課の仕事だけで時間が過ぎていった。先輩と私の興味は、完全に新作の「モンハァン」に移っていた。

 情報はYOーチューブか「Y」。あれだけ「Y」に文句を言っている先輩だったが、情報の早さを優先してか、よく「Y」を利用していた。

 先輩は、どのプラットフォームでプレイするか発売ギリギリまで悩んでいた。実家が裕福だったとはいえ、現在は莫大な治療費と借金の金欠地獄。キャベツだけでなく、ゲーム機も当然値上げされており、気軽に買える代物ではなくなっていた。


 先輩は、結局「モンハァン」の新作を発売当日に買わず、お金を溜めて高額のPCを購入してからプレイする事にしたようだった。

 私も「モンハァン」をプレイするのは、その時にしようと決めた。

 私達は、いずれプレイする「モンハァン」をモチベーションにして、日々の仕事を頑張っていた。

 

 先輩はある程度、過去作をプレイしていたので知識が豊富だった。

 私は、先輩の話についていく為、「モンハァン」について勉強をした。

 調べていく過程で、弄られ役の受付ジョーがお気に入りとなった。

 ネットで罵詈雑言を投げかけられながらも、ネタと笑顔を振りまく彼女に感銘を受けたのだ。

 私の中で、その受付ジョーはアイドルになった。

 

 そして、三月十二日に事件が起きた。


 その日の私は、社員証を忘れた事で遅刻し、先輩よりも遅く出社した。

 久しぶりにテーマパークの件について話を進めようと会議室に行ったら、先輩の雄たけびの様な叫び声が聞こえたので、急いで会議室に向かった。


「どうしたんですか? 先輩!」


「エアプ……エアプタ・シン!! うわああぁぁぁぁぁぁあぁぁっぁ!!」


 先輩が、携帯端末を見ながら暗号めいた言葉を叫んでいた。


「もしかして、新しい競走馬の名前ですか?」


「俺も新しい馬息子だと思って、何となく「Y」のトレンドを見たんだ。そしたら、モンハァン新作のラスボスのネタバレを踏んでしまったんダァ!!」


 あぁ……ネタバレを見ちゃったのか。


「ネタバレを気にするタイプだったんですね。でも、本当にラスボスかどうかもわからないし、ネタバレを防ぐならネットを封殺するしかないですよ先輩」


「そんなん言ったって、SNS放置したら情報に取り残されちゃうし、変な紫の通知がウザいし、完全にネットを絶つのは、無理なんじゃぁ!」


 先輩の取り乱し具合が尋常じゃなかったので、私もエアプタ・シンのトレンドを見た。トレンドのツイート画像を確認すると、禿げたオジサンが流れだしたエネルギーを放っているだけで、何がネタバレになっているのか、よくわからなかった。


「せっかく新しいPCを買って、新作のモンハァンを楽しくプレイしようと思っていたのに、こんなのあんまりダァ!!」


 先輩は取り乱したまま、会議室の扉を破壊して飛び出して行った。


「ちょっと、先輩!?」


 私は破壊された会議室の出入り口を飛び越え、別の従業員に先輩がどっちに行ったか聞いて、会社の外へ出た。どっちの方角へ行ったのか。顔を西へ東へ向けていると、車の急ブレーキとドオォンという追突音が聞こえた。

 その方へ走って行くと、トラックに引かれた先輩が目に入った。


「先輩!! シード先輩!?」


 先輩はうつ伏せになり、ピクリとも動かない。

 引いたであろうトラック運転手が、先輩の安否を確認している。

 救急車、救急車を呼ばなきゃ!

 震えながら救急車を呼んだ私は、先輩に近づこうとした。すると、今度はナディアから電話がかかってきた。

 即座に電話に出ると、ナディアに「すぐ部長室に来て頂戴!」と言われたので、救急車の音を確認してから部長室に向かった。

 

 部長室にいるナディアを尋ねると、幹部しか入れないタイムマシンがある施設まで連れてこられた。

 タイムマシンと思われる装置で横たわっていたのは、硬直しているジュライ社長だった。


「中々帰って来ないから、現代に早く帰って来てと催促したの。そしたら、転送中に時間欠乏症になったみたいで……」


「ナディア……」


 私は、涙するナディアを抱きしめて慰めた。

 それから間もなく、ナディアの携帯端末が鳴った。

 ナディアは、目の辺りを拭ってから電話に応対した。

 何だか困惑している様子だった。


「ごめんバディ、家にいるスト君の様子を見てきてくれない?」


「何があったの? 私、先輩の事が……」


「お願い! スト君が泣き叫んで、ユッキーだけじゃ対応できないようなの! 私は夫の今後を考えないといけないし」


 歯がゆい思いをしながら、私は頷いた。

 

 丘の上にある社長宅の玄関前で、ユッキーはソワソワしながら待っていた。

 私は、ユッキーに軽い挨拶をしてから室内に入ると、すぐにスト君の泣き叫ぶ声が聞こえた。

 リビングまで進むと、直立不動のゴールデンレトリーバーとドーベルマンが目に入った。


「うわぁあぁああああんん! オーガとピンチが石になっちゃったよおぉ!」


 何で立て続けに悪い事が続くのか……。

 私は、膝の力が抜けて崩れ落ちてしまった。

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