294 未来回想【ルックスA・B・C】
※ 回想中はバディの視点でお楽しみ下さい。
今でも忘れられない出来事がある。
それは、私の家族の死。
シベリアンハスキーであるトリィの死だ。
今でもどういう形で亡くなったのか、正確な事はわかっていない。
私の両親は交通事故で亡くなっていて、私の家族と言えたのは、ペットのシベリアンハスキー犬のトリィだけだった。
私は、トリィを弟のように可愛がり、喜びや悲しみを分かち合っていた。
しかし、私が十四歳の時に事件が起きた。
両親の残してくれた家のリビングにいたトリィが、彫刻の様に固まって動かなくなったのだ。達磨さんが転んだで静止する子供のように動かなかった。まるで写真の静止画と見違えるぐらいに不自然な不動だった。
獣医さんに来てもらったが、病名がわからず、数日後には医者というより科学者のような大人達がぞろぞろと私の家に来訪して来た。
訳がわからない状況で泣いていると、落ち着いた表情の白衣のおじさんが、私に話しかけてくれた。
そのおじさんは、近所の喫茶店でランチを御馳走してくれたりして、子供の私を慰めてくれた。
おじさんと一緒に我が家に戻ると、立ち入り禁止となっており、四足歩行で立ったままのトリィは、動物用の救急車に乗せられて連れていかれた。
両親の残してくれた家に住めなくなった私は、ホテル暮らしとなった。
数日後、お昼を御馳走してくれたおじさんからトリィの死を聞かされた。
私は、大泣きした。
私は、トリィの死に立ち会う事ができなかったのだ。
私は、偶然出会ったおじさんに色々手配してもらい、児童養護施設へ。
おじさんと別れる際に名刺を貰った。
名前は「ジュライ・リード」さんか……。
私にとって、ジュライさんは頭の片隅に残る人になった。
児童養護施設に入ると、私は女子アイドルにハマった。
亡くなった両親を忘れるように。
亡くなったトリィを忘れるように。
アイドルソングに夢中になって、カラオケに入り浸った。
私は、嫌な出来事から目を掏らし続けたのだ。
十八になると、流石に就職を考えた。
あまり頭も良くなく運動音痴。歌ぐらいしか取り柄のない私。
ただ、何事にも楽観的で、コミュ力は中の上ぐらいだと思っていたので何とかなると思っていた。
親の遺産を計画的に使っていた私は、まだ金銭的に余裕があった。
学が無い事を誤魔化すように揃えたスーツで面接に挑んだ。
少しネットで調べると、就職に能力はあまり関係ないらしい。
だから、少しでも好印象になるように心掛けた。
最初に受けた所は、芸能関係のマネージャー募集。
少しでもアイドルとお近づきになりたいという下心があった。
面接ルームに待ち構えていたのは、男性と女性……と、真ん中に獣人男性?
「どうしました?」
「いえ、すみません!」
私は席に向かいつつも、獣人男性に目を奪われた。
アイドル以外に興味が無かった私が……だ。
テレビでは何回か見た事はあったが、それでも獣人は珍しかった。
初めて生で見る獣人。
スーツを着たガッチリ体系の獣人。……マッチョだ。
獣人の男性は体を鍛えている人が多い印象だ。
志望動機を色々聞かれ、全て素直に答えた。
下心は多少隠した。
割とすんなり就職が決まりそうだと感じていたが、どうしても流せない質問を耳にした。
面接官の男性による発言だ。
「貴女とルックスAの関係は良好ですか?」
「……ルックスA?」
横から、面接官の女性が話に入って来た。
「では、ルックスBとはどうですか? このお仕事に理解はありますか?」
「ちょっと待って下さい。ルックスA……B?」
私が戸惑っていると、中央の獣人男性が助け舟を出してくれた。
「ルックスAは父親、ルックスBは母親の事ですよ」
「……えっ?」
「去年の法律から、そう呼ぶ事になったんです。もう常識です。ルックスAとBの了承は得られていますか? それなりに厳しい仕事ですよ」
両親を事故で亡くしている私は、父や母の事を、突然ルックスAルックスB呼びされた事に、怒りが収まらなくなってしまった。
「私の両親は、ルックスAでも、ルックスBでもありません!」
「突然キレたら仕事になりませんよ」
「失礼します!」
私は立ち上がって踵を返した。
「まだ、途中ですよ」
獣人男性を睨みつける私。
「何ですか? ルックスC!」
「ルックス……C?」
少し戸惑っている獣人男性。
両隣の面接官は少し笑いを堪えていたが、それを追い払うように怒り出し「その発言は差別ですよ!」と私を指差した。父や母のルックス呼びは差別にならないのに、獣人をルックスCと呼んだら差別になるの? 意味がわからない。怒りの収まらない私は、気が付いたら施設まで戻っていて、疲れ果てたのでべットに入り眠りに落ちていた。
私の初回面接は、散々なものだった。
ある意味、面接官の記憶に残ったかなぁと思って多少採用を期待したが、不合格。そりゃそうよね。その後、面接に三十社ぐらい受けたが、何処も私を雇ってくれる会社は無かった。
就職に能力は関係ないなんて嘘ばっか。ネットの情報なんて当てにならないじゃんと思いつつ、ルックスAとBについてネットで調べていたら、本当に法改正があって、そんな事になっていた。
今、私達の時代ではSUITE BUYBUYという政府機関が、何でもかんでも身勝手に法律を変えているらしかった。ルックスAやルックスBになった原因も、政府機関であるSUITE BUYBUYのせいだ。
女子アイドルに夢中だった私は、世間の変化に気付かなかった。
世間では、ポリティカルコネクトという言葉が何時の間にか蔓延し、創作物において美男美女は淘汰されていった。就活に関しては、どうやらLGBTQ+の方が有利になるらしく、私はレズビアンを装うようになった。
一時期、そばかすがあると就活で有利となるという噂が流れた事もあり、私は日サロで肌を焼いてそばかすを作った。
内定をいくつか貰えるようになったが、逆にこんな事で内定が決まる会社に魅力を感じず、自分から辞退するようになっていった。
もはや、自分でも何がしたいんだか、わからなくなっていた。
最初の就活から三年も経つと、親の遺産が半分以下となり焦った。
ホテルのベットで寝ていると、夢の中で七年前に亡くなったトリィの事を思い出した。記憶と共に涙するのと同時に、あの時助けてくれたおじさんの事を思い出して、私はガバッと目を覚ました。
財布にずっと入れていたおじさんの名刺。
名前は「ジュライ・リード」。
ネットで検索してみると、有名な科学者である事がわかった。
「しかも、タイム・イズ・ライフの社長さん……」
私は、衝動的に名刺に書かれた連絡先に電話をかけた。
その時は繋がらなかったが、折り返しでジュライさんから連絡があり、私はジュライさんのご自宅に招かれる事となった。
ジュライさんの家は、丘の上にある白い外壁の豪邸で、緑や黄色の植物達が庭を爽やかに彩っていた。噴水やプールも当たり前のようにあった。
何時もより服装に気合いを入れた私は、緊張しながら呼び鈴を鳴らした。
出て来た家政婦さんに豪邸の内部へと案内された。
リビングの手前ぐらいで、三歳ぐらいの男の子が私の前に現れた。
男の子は、浮き輪袋のような物をポンポンして遊んでいた。
ゴールデンレトリバーも出て来て、男の子とじゃれ合っていた。
何だか昔の私を見ている気分になった。大型犬は可愛いよね。
「僕、さんしゃい!」
突然、男の子が私の前で三本指を立てて歳を教えてくれた。
「ワン!」
男の子に反応して、可愛げに吠えるワンちゃん。
「この子、オーガって言うの!」
「へぇ、かっこいいねぇ。私はバディって言います」
「オーガは女の子だよぉ!」
ゴールデンレトリバーの雌にオーガって名前、どういうセンス?
「ワンちゃんはオーガで、君の名前は?」
「僕はストだよ!」
「スト君か、よろしくね」
「うん! バディお姉ちゃん!」
私は、社長の御子息と思われる子と固い握手。
見ず知らずの女子に不用心だなと思っていると、外で車が止まる音がした。
「ルックスAが帰って来た!」
やはり、スト君はジュライさんのお子さん。
大きい玄関に向かうと、スーツ姿でピシッと決めていたジュライさんに、スト君が抱き付いていた。
「家の中では、お父さんでいいと言っているのに」
「ごめんなさいルックスA……じゃなかった、お父さん」
少しやれやれといった感じで笑うジュライさんは、皺を増やしつつも、あまり変わらないご様子だった。私がじっとジュライさんの表情を見ていると、ジュライさんがこちらに視線を向けた。
「お久しぶりですね、バディさん」
「お久さしぶりです……。本日はお招き頂きありがとうございます」
「かしこまらなくていいよ」
温厚なジュライさん相手に、私は謎の安心感を覚えた……束の間、褐色のワンピ女子が分厚い本を片手にすまし顔で豪邸内に入って来た。
……誰?
「ナディアお姉ちゃん!」
スト君は、褐色ワンピ女子にすり寄って行った。
彼女の名前は、ナディアというらしい。
「スト坊ちゃん。こんにちは」
スト君とナディアは親しげだった。
それにしても、このハスキーボイスの褐色女子は一体どういった方?
私が戸惑っていると、ジュライさんは上着を脱いで、スト君達を紹介する流れになった。
「ストとオーガの紹介は、終わっているのかな」
「うん!」
ジュライさんは、ナディアの方を向いた。
「彼女はナディア……我が社の社員だよ。将来の有望株でね」
スト君が、お父さんの前でピョンピョン跳ねた。
「ルックスB……お母さんの病気治った?」
ナディアは、スト君の背丈に合わせて屈んで頭を撫でた。
「坊ちゃん。母君は重い病気なのですよ」
「お父さん達はタイムマシンの研究をしているんでしょ? 未来に行けばお薬貰えるのに!」
幼い子供の発言に、ただただ笑う社長と褐色女子。
スト君とオーガを庭で遊ばせている間、私と社長と褐色女子のランチタイムが始まった。
私は、二人に就活についての相談、主に愚痴を言っていると、社長から我が社の面接に受けてみないかと言われた。社交辞令的に無理ですよと言ったが、社長の下で働いてみたいとは思った。
私には何のスキルもない。でも、面接だけでも受けてみないかと言われたので受ける事にした。
豪邸を出ると、庭で遊んでいたスト君が私に手を振ってくれた。
オーガも元気そうだ。
私がスト君に手を振り返すと、遊び相手が増えている事に気付いた。
遊び相手は、やたら体格がガッシリした男性とドーベルマンだった。
面接会場は、高層ビルの一室。
何となく受かる予感はしているのだが、面接前の嫌な緊張感が相変わらずこの体にのしかかって来た。
それでも絶対受かるという根拠のない自信があった。
しかし、その自信を即座に払拭するような相手が、私の前に立ちはだかった。
「ルックス……C!?」
面接官は、最初の面接で私を落とした会社にいた獣人男性だったのだ。
「おや、君か?」
「どうしてルックスCさんが、ここにいるんですか?」
「社長の知り合いと聞いていたが……」
「これ、脈アリですか?」
「調子に乗るんじゃない」
「はい!」
「では、ルックスAとルックスBについて……」
「ルックスAB共に、不慮の事故で亡くなりました」
「……そう、でしたか」
数年前のように、キレたりはしない。
私は、この会社で働きたかった。
だから、少し狡猾になった。
いい感じに言えば、大人になったのだ。
一週間後に通知が届いて、見事就職が決まった。
私は、タイム・イズ・ライフという電子メーカーの人事部で働く事になった。
私の直上の上司は、面接を担当していた獣人男性。
彼の名前は、シード。
私は、彼の事をシード先輩と呼び、彼の下でみっちりしごかれた。
仕事は色んな人に怒られてばかりだったけど、シード先輩が助けてくれて何とか続ける事が出来た。
仕事以外では、社長宅でご馳走になったり、スト君とオーガと遊んだり、シード先輩とナディアを誘ってカラオケに行ったりもした。ナディアは頑なに歌わなかったけど、シード先輩は歌が上手かった。
シード先輩とは、結構一緒に食事をする事が多い仲だったが、恋愛関係とかにはならなかった。
その理由は、彼がゲーマーで筋トレオタクだったからだ。
異性よりもゲーム、筋トレというタイプだった。
根本的な事を言ってしまうと、私は獣人という事についてあまり詳しくなかったので、ちょいちょい先輩の生い立ちを聞いた。
獣人というのは、基本裕福な家系でフィジカルやメンタルを維持するのにとてもお金がかかるらしい。
つまり、高スペックでなければ獣人にはなれなず、生まれた瞬間から獣人というのはいないらしい。
シード先輩は、資産家の次男坊という比較的自由な立場を生かして転職を繰り返していた。生まれついての風来坊気質か、転職が趣味みたいに言っていた。家柄がいいせいか職は選び放題のようだ。その事についても詳しく教えてくれた。
獣人という肩書はLGBTQ+よりも強力で、ほぼ百パーセント、九分九厘面接に受かるらしい。もちろんベースとなる最低限の教養は必要みたいだが、面接に落ちる事はまずないのだそう。
シード先輩は、その恵まれた家庭環境をフルに生かして、働いては飲んで歌って遊んでいた。
完全な陽キャと思いきや、シード先輩の忘れられない思い出は、「モンハァン」というハンティングゲームだった。SNS上で友人や見ず知らずの人達に声をかけて、発掘武器を目当てに周回していた事が一番の思い出なのだという。
まだ注目されていない新人アイドルを発掘するようなものなのだろうか?
シード先輩の熱弁にいまいちピンとこない私。私も当時アイドルにハマっていたから、何かに熱中した記憶はわからないでもないので、一応共感はした。
シード先輩がその時に使っていたSNSを見せてもらった。
アイコンが青い鳥のSNSだ。
シード先輩は、いずれ青い鳥のSNSサービスを提供している会社に勤めたいようだ。そんな夢や目標を、先輩は目を輝かせて話していた。
転職を繰り返す遊び人ではあるが、私にはとても魅力的な人に思えた。
ルックスAやルックスBに関しては、シード先輩だけではなく、他の皆も納得している訳ではなかった。社会がそうなったから、法律がそうなったから従っているだけだった。
最初の面接でシード先輩に出会った時の印象はかなり悪かったが、面接官をする方もする方で、今のルールに色々と思う所はあるんだなぁという事がわかった。
そういう視点を獲得出来た事は、自分にとって収穫だと感じた。
私がタイム・イズ・ライフに入社して三年目、シード先輩は念願だった青い鳥の会社に転職していった。それと同時に芸能部門が設立された。先輩が立ち上げた部門なので、先輩の置き土産なようなものだ。
私がアイドル好きだから先輩が配慮して残してくれたのかと思いきや、蓋を開けてみるとスタントマンメインの俳優育成所だった。
……何故?
機械と動物に強いスタントマンを売りにするらしい。
俳優育成所へ見学に行ってみると、社長宅でよくニアミスしていたスト君の遊び相手がいた。今時珍しいストレートなイケメンマッチョだ。モテるだろうが、ポリコレが評価される社会では、大企業の就職とか厳しいだろうな。近くにはドーベルマンのワンちゃんも一緒だった。なんなら、途中からスト君とオーガも見学に来て、一緒に遊び始めた。
三年目の私は、シード先輩の仕事を引き継ぎ、指導する立場になった。
受付嬢が似合いそうな、ソープという名前の後輩もできた。
私が入社する時点で社長のお墨付きを貰っていたナディアは、私と同じ年にも拘わらず管理職に。本人よりも年上の男達を動かしていた。
シード先輩がいなくなってからも、ナディアと二人でカラオケに行く事はあったが、先輩程ナディアとは親しくならなかった。本心を読めなかった部分もあるが、単純にスペックの差に引け目を感じていたからかもしれない。これは同性かつ年齢が近い故のジェラシーか。
ソープは、完全飲み会お断りスタイルだったので、仕事だけの付き合いだった。
たまに街中で、シード先輩と会う事があり、飲みに行く事があった。
相変わらず元気でチャラく見えたが、少しやさぐれているようにも見えた。
青い鳥の会社、思ったよりブラック企業なのかな?
先輩がやつれていた理由は、その年の夏の終わりに知る事となる。
社会情勢に疎いと感じた私は、携帯端末のネットニュースをこまめに見るようにしていた。何気なくニュース一覧を見ていると、青い鳥のSNSサービスを提供する会社が、事業家のハーニンに買収されると大々的なニュースになっていた。
そして、見出しの一部に青い鳥の名前が変わると書いてあった。
私は嫌な予感がして、青い鳥のSNSでシード先輩と連絡を取ろうとした。
しかし、サーバーが落ちたようで使えなくなっていた。
「私……このSNS以外で、先輩と連絡する手段が無い?」
思考をグルグル回した結果、ナディアに電話をして先輩の連絡先を教えてもらおうとした。
ナディアは、数秒ほどで電話に出てくれた。
普段は出来る女にジェラシーを燃やしてしまうが、こういうすぐ電話に出る有能さは、素直に凄いと感心してしまった。
「ナディアに頼みたい事があるの!」
「どしたの?」
「えっと……シード先輩の事覚えてる?」
「そりゃまぁ」
「連絡先知らない?」
「うーん……知らない事もないけど……。緊急の要件であれば、今会社に来れる?」
私は、会社の部長室にいるナディアを尋ねた。
すると、ナディアは連絡先を教えるのではなく、もうシード先輩とは関わらない方がいいと私に告げたのだ。「どうして?」と、内心冷たいなぁと思っていると、ナディアは、とあるネット記事を私に見せた。
記事の内容は、資産家の会社が倒産したニュースで、その資産家は自己破産した後に自殺したと記載されていた。
「この資産家……多分、シード君の親ね……」
「……!?」
気付いたら、私は会社を飛び出してシード先輩の行方を捜していた。
もし、富と権力を失ったとあれば、獣人としての体裁が保てなくなる。
それは……死を意味するのではないか?
……嫌だ。
これ以上、大切な人が死ぬのは嫌だ。
街中ですれ違わないかな……と思い繁華街をうろついて、SNSが復旧してないか確認しつつ、ネットでシード先輩の情報を収集しようとした。
夜も更けてくると、ナディアからメールが届いた。
それは、何処かの住所だった。
私は、その住所を頼りに、二階建てのオンボロアパートに辿り着いた。
「こんな所に、シード先輩が?」
メールに記載のあった家の玄関をノックした。
返事は無い。
一瞬、面識のない資産家の自殺した映像が脳裏を過った。
まさか……と思い、ドアノブを引いてみる。
ギィィとゆっくり開いた。
私は、暗い細い通路を歩いて行く。
玄関から入ってすぐ右手側にキッチンがあり、奥にワンルームといった構造だと暗い室内の中で推測した。
ゴミは捨てられておらず、カップ麺の食いかけが放りっぱなし。
足元の不安定さに恐怖を感じつつ心臓をバクバクさせた私は、一歩ずつ足を前に出していった。
ワンルームの部分まで来た所で、暗い周囲を確認した。
ほぼ何も見えない。
とてもシード先輩が住んでいるとは思えない部屋だ。
「おじゃまします……。シード先輩いますか?」
これ……シード先輩の部屋じゃなかったら不法侵入だな。
一瞬戻ろうかと思ったが、どの道先輩の家でも不法侵入になるので進んだ。
壁に手をかけて、電気が付くであろう箇所を探す。
今時のワンルームなんて、声をかければAIが反応して明かりが点くというのに、この部屋は見るからにそういった機能が無さそうなので、最初からAIが反応するか確認するという選択肢は無かった。何とか蛍光灯のスイッチを発見して部屋を明かるくすると、壁に腰かけて座っている半裸の獣人男性が目に入った。
口から下を出し、顔がアボーンとしているシード先輩がいた。
「先輩……! 生きてますか?」
「あぁ……?」
私の声に反応して、私の方を向く先輩。
良かった……生きてる。
喜びも束の間、シード先輩は携帯端末の画面を連打し始めた。
「何をやってるんですか?」
「CMを……見たいんだが……見れないんだ」
「CM?」
「CMを見ればイチババコインを貰えるっていうのに、今配信しているCMはありませんって画面に表示されて、CMを見せてくれないんだ……」
「その……イチババコインって、価値はいくらなんですか?」
「一・五エンぐらい?」
私は、先輩の携帯端末を取り上げて、部屋の反対側に投げ捨てた。
「そんな事をするぐらいなら、働いた方が稼げますっ!」
「連打していれば、たまにCM見せてくれるから!」
「どのぐらい連打してるんですか?」
「一時間くらい?」
「時給一・五円とか笑えません!」
この男、金銭感覚ゼロか。
先輩は携帯端末を取りに行こうとしたが、私はそれを抑えようと移動を阻んだ。しかし、大の男で無駄に筋トレしているマッチョ獣人を抑えられる訳もなく、私は先輩に押し倒された。




