275 真のサークルクラッシャー
「珍しいな、アンタの悩み相談なんて」
思ったよりも興味津々なハルガ。
「姐さんの……友達の悩み?」
オートマも喰いつきがいい。
「……ルースター?」
僕は、ルースターの名前を呼んだ。
余計な事を言うんじゃないぞ?
……的な圧が、名前を呼ぶ声に乗ってしまった感じだ。
ルースターは、こちらを見て微笑んだ。
……何!?
「私の友達が……とあるゲームで、ゲームマスターをしているんだけど」
「ゲホッ、ゲホッ」
咳き込む僕。
「どうしたんだ? サーマン」
僕の心配をするハルガ
「いえ、少し……貧血が」
オートマは、僕に怪訝な顔を向けた。
「貧血で……咳?」
「……すみません。ルースター、続けて下さい」
うっかり続けて下さいと言ってしまう僕。
「ゲームマスターは、自分がゲームマスターだと気付かれずにギルドを作っていたのだけど……ある時、メンバーの三角関係に気付いてしまうの」
「それでそれで?」
喰いつきのいいオートマ。
僕は、冷や汗が止まらない感じがした。
「そのギルドのリーダーであるスプライトは……名前は仮ね、別のギルドのムーンライトの事が好きになってしまい、ギルドを抜ける約束をしてしまったの」
「スプライトがムーンライトを好きになって、ギルドを抜ける!?」
謎テンションなオートマ。
「それを知ったオータムが……!」
「オータム!? 私の名前に似てる!」
「気のせいよ」
「気の……せい?」
「リーダーの移籍を阻止しようとするのだけど、それでもスプライトはムーンライトのギルトに行きたいみたいなの……。私の友人であるゲームマスターは、事情を何らかの方法で知ってしまったらしく、その事で悩んでいるみたいで……私の友人は、どうしたらいいと思う?」
これは一体……どういう状況なんだ?
僕は事態を上手く呑み込めず、俯いてから手を顔に当ててしまっていた。
不自然な仕草を取ってはいけないと思い、咄嗟に顔を上げるが、ハルガやオートマの方を見るのが怖くて、ずっとルースターの方を凝視していた。
サークル内、いや……人間関係でここまでピンチになったのは、生まれて初めてじゃないか?
苦しい……。
この場がしんどい。
「リーダー」
オートマの声がしたので、僕はオートマの方を見た。
「もし、ゲームマスターの立場ならどうします?」
「そんなの……本人の自由だろ」
オートマの口が歪んだ。
「リーダーは、このサークルを抜けないですよね」
「いい機会だから話しておく。今……別のサークルから誘いを受けている。もし、オレの出した条件をクリアしたなら、オレはこのサークルを抜けるかもしれない」
「リーダー! 私は嫌です!」
オートマの反応は早かった。
「サーマンも、リーダーに何か言って!」
半ギレ気味のオートマが、突然こっちに話をふった。
「えっ……僕?」
ハルガが、僕の方を見た。
「リーダー……僕も、このサークルは続けたいです」
「なら、お前達三人で続ければいい」
オートマが、一歩前に出た。
「狩りは四人でやる方が効率がいいから、この人数でやってきたんじゃないですか……!」
オートマの意見はもっともだ。
サークル上限十二人だった所を四人に抑えたのも、クエスト自体四人で十分という理由もあったし。
ただ、レイドバトルを除いて、ほとんどのクエストを全員がソロ討伐出来る為、最近はメンバー全員で集まる意義のようなものが失われていた。
それに……。
「オレが抜けた後は、別のメンバーを迎えればいい」
メンバー数を言ってしまえば、メンバーを補充すればいいという話になってしまう。でもハルガ……そういう事じゃないんだよ。
「私は、リーダーを含めた四人のチームがいいんです!」
オートマの叫びの後に、一時の沈黙。
ハルガを見ると、バツが悪そうにしている。
僕がここで発言したとて、この修羅場を止められる感じではない。
むしろ失言をしてしまった場合、加速度的に修羅場は悪化していくだろう。
僕は怪訝な表情でルースターを見た。
困っている所か、若干嬉しそうにも見えた。
僕は心の中で「何て事をしてくれたんだ」と、ルースターに気持ちをぶつけた。
ルースターと目が合った時、ルースターがゆっくりと手を上げた。
「実は私、リアルの友人から仕事の誘いを受けていて、ゲーム自体をお休みするかもしれないの。……だから、私もサークルを抜けるかもしれない」
オートマは、ギョッとした表情でルースターの方を見た。
「嘘ですよね! 姐さん!」
「うーん……今日はエイプリルフールだから、明言は避けるわね」
オートマは、再びハルガを見る。
「リーダー! さっき抜けるって言ったのは、エイプリルフールの嘘……ですよね?」
「オレは、そんな下らない事はしない」
エイプリルフールでの会話が、事態をややこしくしてる……!
「もしかして、誘われているサークルに好きな子でもいるんじゃ……!」
ハルガは、ちょっと困った表情で顔を逸らした。
「……別に」
「それって……」
オートマ……言っちゃうのか?
「BTR,s ANGELの、ウサギって子ですか?」
「なっ……! まぁ……好きとかじゃないけど、オレは今、ウサギちゃんと狩りがしたい」
「それって、好きって事ですよね……!」
若干イラついてきているハルガ。
「あぁ……そうだな、オレはウサギちゃんの事が好きなのかもな……!」
あぁ……もうおしまいだぁ。
「ウソォ!!」
何処から発したのかわからないような声を出すオートマ。
思わずバックステップをして、口を塞いでいた。
「……嘘でも嘘じゃなくても……もうどっちでもいい」
「そんな浮ついた狩りなんてしてたら、ランキングが……!」
「オレはもう、ランキングに興味はない」
この感じだと、ユッキーが暫定ラスボスをクリアしたからハルガが移籍というより、ハルガがウサギと狩りをしたいから移籍する感じだな。
ユッキーの努力は一体……。
「……リーダー!」
オートマは、悲しげな表情を浮かべた後、そのままログアウトしてしまった。
ため息を吐くハルガは、僕の方を見た。
「オレが抜けた後にサーマンが引き継がないなら、オレは……このサークルを解散するかもしれない」
僕は、只々悲しかった。
こんな形で、五年以上続いたサークルが終わってしまうかもしれないなんて。
「リーダー……僕も、サークルを抜けてほしくないです」
「悪いな、サーマン」
「……」
ハルガは、続いてルースターの方を見た。
「アンタがリアルの都合で抜けるって言うなら、それを止める権利はオレにない。だから、オレ達の事は気にしなくていい」
「……ええ」
「じゃぁ、おつかれ」
ハルガは、僕を一瞥してからログアウトしていった。
ルームには、僕とルースターが残された。
僕は、ルースターに絶望の視線を向けた。
「ルースター……」
僕は、名前の後に言葉を続けなかったが、僕の言わんとしている事は伝わったみたいだった。
「この程度で崩れる関係性なら、どの道長くは続かないわよ」
「それでも僕は、このサークルを維持したかった」
「ゴメンね……サーマン。お疲れ様」
ルースターは、静かにログアウトした。
一人残された僕は、絶望に打ちのめされ、暫くの間天を仰いでいた。
数十分後。
オートマからの招待が来た。オートマは一旦ログアウトしたが、再びオンライン状態になってルームを作っていた。
僕は、招待を無視できるはずもなく、戦々恐々としながらオートマのルームへと向かったのだった。




