273 星降る海に揺れる篝火
ユッキーが暫定ラスボスをクリアしてから数日が経った三月三十一日。
そろそろ自分のサークルでの集まりの日が近づいてきて、胃がキリキリする気がしてきた頃に、ユッキーが久しぶりといった感じで、コスモ・ラメールにログインしてきた。
拠点の全体マップを見ると、広場にいるストとコシロウからイベントの吹き出しが表示されていたので、ユッキーはまずストに会いに行った。
ストのそばには、便利屋ハスキルーのハナとクィンがいて、今後の便利屋についての説明があった。
暫定ラスボスクリア後の便利屋は、スカイホライゾン担当がキングで、コスモ・ラメール担当がハナとクィンになる。それに関しての話だった。
ハナは「お父しゃんが見守ってくれてるから頑張るワン!」と前向きになっており、クィンは「ハナちゃんの事は、あちしに任せて!」と意気込んていた。
ストは基本この二匹のそばにいる感じで、バディの代わりにPHSでのクエスト対応を受けるとの事だった。
続いてコシロウに話しかけると、クエスト中の料理担当としてユッキーに付いていくという話をしてきた。宅配系は、トリィのおでんになる。
暫定ラスボスクリア後は、バディの仕事をストとコシロウが分担する感じだ。
全てのプレイヤーがこの流れになる訳ではなく、バディのデートイベントを暫定ラスボス前にこなすか、スト完全放置ルートに進むと、事情聴取中でもPHSでのクエスト受付をバディが行ったり、そもそも事情聴取のシナリオにならない。
ストとコシロウの会話が終了すると、ナディア研究所の方からイベント吹き出しが発生するが、ユッキーは研究所に向かわず、金冠祭中という事もあってか、最大最少サイズの図鑑を埋めていた。
リアルタイムでの夕方になると、ユッキーにフレンドからの招待が来たようで、ユッキーはルームを移動した。
呼び出したフレンドは、オジョー。
僕の記憶が正しければ、ゴリラ周回依頼のマッチングである。
場所は元のルームと同じ海洋拠点コスモ・ラメール。
オジョーは浜辺エリアにいたので、ユッキーはその場所へと移動した。
ユッキーは、星々がほのかに光る藍色の空と、その空を幻想的に反射した海に目を奪われながら、波打つ砂浜を見つめるオジョーの元へと足を運んだ。
オジョーは、日傘に夏服スキンというスタイルで、焚火のそばにいた。
リアルだと冬と春の境目のような季節だと思うが、ゲーム内は夏の終わり、秋の始まりといった雰囲気だった。
他プレイヤーも可視化されているが、景色の邪魔になっておらず、程良く遊んでいるといった感じで風景に溶け込んでいた。
「おじゃまします……オジョー」
ユッキーの声に反応したオジョーは、立ち上がってユッキーの方を見た。
「ユッキー、いらっしゃい」
「ラスカルにオジョーから招待が来るかもって聞いてたけど、本当に来てビックリしたぜ」
ユッキーは、にこやかに笑いながらギャップ設定で竜人スキンを解除し、久々に人間スタイルのユッキーになった。
……ラスカルって誰だっけ?
数秒考えて、BTR,s ANGELサブリーダーのフランス王子だと思い出した。
「あぁ、うん。実を言うと貴方を狩りに誘ったのは、一度ちゃんと話をしておきたかったからなのよね」
焚火の近くに座る二人。
「俺も、聞きたかった事を思い出したんで質問するぜ」
「ユッキーから、どうぞ」
「ラスカルからの伝言で、俺に好きな数字を聞いた事があっただろ? アレは一体何の意味があったんだ?」
「覚えてたんだ。大事な意味はあるんだけど……教えなーい」
「何でぇー……ナディアママの真似なんてしなくていいんだぞ?」
「私のキャラ、そんな事を言ったの?」
「あぁ……Sクラス以降はAIなんだっけか」
「ごめん、本当は色々話そうと思っていたんだけど、今、話せない事は話せない。聞き流せる所は聞き流して欲しい」
「無理しなくてもいいんだぞ?」
首を横に振るオジョー。
「ううん、話せる場所は限られてるから」
「ここが特に安全って訳でも」
「このゲームは聖域なの」
「聖域?」
聖域!?
「当時のゲーム製作者達と、私のパパ達で様々な契約を交わしていたみたいなの」
「パパって、セヴィス・トルゲスって人物?」
「もう知ってるのね。ママの片腕となっているバロンは、私のパパ……セヴィスがモデルになっている」
「……らしいな」
「……契約の話に戻るけど、当時のゲーム製作者達は、パパ達の会社からの技術提供とこのゲーム内の安全を見返りに、多額の出資やフルダイブ技術におけるテストプレイデータなどを送っていた。だから、このゲーム内では最低限の安全が保たれている。パパの会社はママの会社に吸収されるまで、資金が潤沢ではなかったから、そういった契約も必要だったみたい」
このまま僕は、この会話を聞いてていいのだろうか?
「オジョーは、誰かを警戒しているのか?」
「基本的にお姉ちゃん以外の人間は信用してない。……今まではね。……質問に答えてないけど、私からの質問いい?」
オジョーのお姉ちゃんは、ヴィーナ・トルゲス女史だったか。
「うーん……まぁいいぞ」
「今でもお姉ちゃんの事、好きなの?」
「うっ……うん?」
「即答できなかったけど、別に好きな人でも出来たとか?」
「そんなんじゃない! ……けど、前みたいに依存している感じでは、なくなったかなぁ」
「そう。……接触禁止の件だけど、正式な契約書を交わした訳ではないし、法的な効力は無いわよ。オネットも言ってたけど」
オネットって誰!?
検索して調べてみると、オネット・シュバリィーという人物が出てきた。フランス人弁護士のようで、今ではSWHの専属弁護士として活動しているようだ。
詳しく調べてみると、どうやらユッキーと最初に結婚生活を送った人物らしい。
「オネットって……今オジョーの所にいるのか」
「クレイの代わりに雇ったの、専属弁護士として」
クレイ……?
何処かで聞いたような。
「クレイ師匠、ボディガードを三か月でお役御免になったと聞いてたけど、代わりにオネットがオジョーの傍に付いたのか」
ユッキーは、師匠が多いな。
「彼女が担当した、ヴァーチャルダーリン不倫事件って覚えてる?」
「覚えてる」
……な、なんだその事件は。フランス、ヴァーチャルダーリン不倫事件と検索。すると、アンサリー・ブラックと、ヴァーチャルキャラクターであるデュランによる不倫事件の記事が出てきた。
オネットが担当した不倫裁判は、二八二五年の五月に行われており和解という形で決着がついていた。アンサリーは現在リリー・レズビアン・ラインという団体に所属しており、デュランにおいては、その後どうなったのかの記載は無かった。
「彼女、あの裁判のせいで弁護士としての仕事が来なくなっていたのよ」
「……えっ? どうして」
「本来、弁護士は依頼人に不利益な事をしてはいけない。オネットは和解に話を持って行く為に、依頼人に無断で勝手な行動をした。だから、依頼が来なくなった。あの裁判は貴方との結婚生活中に行われた出来事で、大きな話題になってしまったのも、良くなかったみたいね」
「そうだったのか……」
「オネットは、弁護士としては失格だけど人としては正しい事をした。私はオネットのそういう所に魅力を感じて雇ったって訳」
「何にせよ、仕事が見つかったなら良かったな」
「さっき、依存の話をしたじゃない?」
「うん」
「私もお姉ちゃんに少し依存していたと思って、最近はオネットに色々と相談するようにしているの」
「そうなんだ。俺も最近、相談出来る人が増えてきて、色々と大丈夫になってきたな。自分で言うのも何だが、精神的に強くなってきたと思う」
「そうね、ユッキーも変わったと思うわ」
「……こういう事言うと怒られそうだが、オジョーどうしたんだ? 俺に優しすぎて逆に怖いぞ」
「私も変わったのかもしれない」
数十秒、夜空の下で波の押し引きを見ている二人。
「怖いとか言ってゴメン」
「怒ってないわ。……私が変わったのは、代表取締役になっちゃったからかな」
「それだけじゃ、ないんじゃない?」
「……そうね」
俯くオジョー。
「どうしたんだ?」
「お姉ちゃんが……あの時、貴方と一緒になるのを躊躇ったのは、私のせいなの」
「……ん?」
「私、子供の頃に事故を起こしていて……それが私とお姉ちゃんだけの秘密となって、歪な絆になった。他の家族には詳しい話をしてないし、ユッキーにも詳しくは言えないけど……」
「うん」
「お姉ちゃんはユッキーの事を嫌いになった訳じゃないし、接触禁止も法的拘束力は無いから……だから、お姉ちゃんの事をまだ好きなら……今は無理だけど、何年後かに会いに行って欲しい」
「……いいのか? 一番下の妹さんが……」
オジョー……の妹?
調べてみると、ギフティ・トルゲスという名前が出てきた。
ユッキーの想い人であるヴィーナ・トルゲス、ジュラバスの製作に関わったソフィア・トルゲス、現SWH本社社長のギフティ・トルゲスのトルゲス三姉妹は、一部界隈では有名人のようだ。
僕的にパッと思いつく人物が、ボディ、リンス、シャンプー三姉妹な辺り、自分の知見の狭さを感じる所ではある。
「多分邪魔されるか、嫌がらせされるかもしれないけど、いつかお姉ちゃんと会う機会は訪れると思う。……私が最近感じている事だけど、近い将来……嵐が来る、気がするの」
二人に向かって風が吹いた。
「……嵐?」
「それが過ぎ去ったら、多分……」
「まるで預言者だな」
「予言と言うよりは、推測だけどね。……そういえばあの犬、今日はいないの?」
「二号の事か? ……今は外してもらっている感じかな」
「二号って、今セイカの専属カメラマンをしているマーティンでしょ?」
「詳しいな」
「私……子供の頃、マーティンの事嫌いだったのよね」
「二号は暫定ラスボスを倒すまで活躍してくれたぞ……って、子供? 子供の頃からの知り合いなのか?」
「向こうは私の事を覚えてないみたいだったけど……。マーティンは当時、うちの会社でもカメラマンとして雇われていた時期があって、その時にお姉ちゃんと謎に親しくしていたから、ちょっとやきもちを焼いてた」
「二号の顔を伸ばしていたのって……」
「少し、幼少期の頃の恨みが入っていたかも」
小さく笑うオジョー。
ユッキーは、「アハハ……」と苦笑いを浮かべていた。
「少し遅れたけど、暫定ラスボスクリアおめでとう……近い内にハルガとは会うんでしょ?」
「そうだな。明日はサークルの集まりがあるらしくて、話がまとまったらウサギちゃんの方に連絡がいくみたい」
ハルガがユッキーの仲間になる話は、ちゃんと続いていたんだな……。何処かで有耶無耶になっていそうな感じでもあったが……。
それと、ハルガはちゃんとサークルでの集まりも覚えていてくれてたんだ。
「私もハルガと話してみたいって言ったけど、今回はパスしてもいい? ちょっと、様子を見たいの」
「あぁ……うん」
「もし、話に決着がつかなかったら、次の機会には参加しようと思ってる」
「助かるよ」
「あまり狩りに協力できなくてゴメンね。私はもう離脱するから」
「うん、お疲れ様。……お仕事も、お疲れ様」
「嫌味じゃないけど、無職もお疲れ様」
「……おう!」
「じゃねー」
オジョーは、手を小さく振ってログアウトした。
ユッキーも、会話が終了してからすぐにログアウトしていった。
結局僕は、夢のような一時の会話を最後まで聞いてしまったのだった。




