272 霹靂瞬く武士を鎮めし者 真相の片鱗を知る
海面に顔を沈めた狼は、意識を取り戻した様子で、顔をバサッと上げフルフルと首を横に振った。
瞼を開けると充血したような赤の瞳が元の黄色い瞳に戻っていた。
「拙者は……拙者は、正気に戻った」
「おお、やったぜ」
胸を撫で下ろすユッキー。
RS・ティラオスとRA・ティラメスも、スサノオ亜種に近づいて喜んでいる感じだった。二号も嬉しそうにシャッターを押した。
「ヒジカタ、帰ろう? ハナちゃんも待ってる」
「……拙者は、帰れない」
「TIMカンパニーに問題が?」
ユッキーのスカイリングが光る。
『ストです。聞こえますか? ヒジカタさん、ご無事で何よりです』
「スト殿……」
『今僕は、別の拠点の皆と一緒にコスモ・ラメールに来ています。僕がナディアさんと話をしますから……』
言葉に詰まるスト。
「スト君、どうしたんだ?」
『いえ……僕自身が逃げ出した身なので、他の誰かの事は言えないなと思ってしまって……ただ……』
「スト殿、拙者の望みは今別にある」
『何でしょう』
「ハスキルーとは何なのか、何故ハスキルーはモンスターになるのか。知っている範囲でいい……教えてほしい」
『……』
数秒の間。
『僕の知っている情報が全て正しい訳ではありませんが、ヒジカタさんの気が晴れるなら……』
「頼む」
『ハスキルーは、サイボーグなんです』
「サイボーグ!?」
驚くユッキー。
「サイ……ポーク? サイと豚の新種?」
「ヒジカタ、それは違う。違うよ」
ヒジカタは、サイボーグの単語を知らなかったようで理解できていなかった。
『ハスキルー達は、病魔で動けなくなった動物達を機械化し、治癒した事で生まれた生物だと聞いています。オーガもピンチも元々普通の犬でしたが、病気を治す為にハスキルーとなりました』
「少し言っている事が理解できないが、大よその事は把握した」
ストの話を聞いて、二号は写真を撮るのをやめた。
「自分らってサイボーグだったワン? リアルの自分と境遇が似てるワン……」
ユッキー、スカイリングに語りかける。
「ちょっと待ってくれ、これだけリアルなサイボーグを作れるなんて、どんな未来から来たんだよ。何の為に……」
ヒジカタは、亜空間内の外壁となる漆黒の空を見上げた。
「拙者が、今すべき事がわかった」
「ヒジカタ、一先ず……」
「拙者は海域に留まり、次の水神による襲来に備えよう。恐らく現時点で互角に戦えるのは拙者しかいないようだし、皆が集まっているこの街を守りたいと思う」
「意志は固いんだな」
「ユッキー殿、拙者は難しい話がわからぬ。拙者が水神を抑えている間に、力を付け、街の皆で戦えるようにレベルアップしてほしい」
「そうだな。俺が水神を倒せば、ヒジカタは戻ってこれるんだもんな」
「先の事はわからないが、ハナの事、皆の事を頼んだぞ」
狼は、微笑んだかと思うと、颯爽と波を飛び越えて遠くの海へと消えて行った。
遠吠えが遥か彼方から聞こえる。それが何度かこだますると、亜空間が収縮して四散し、ユッキー、二号、RS・ティラオス、RA・ティラメスは、元の空間であるコスモ・ラメールの砂浜に戻って来た。
星が煌めく夜。
砂浜の海は穏やかになっていた。
ユッキー達の帰りを待っていたのは、ナディアとその部下達。
浜辺にいたはずのバディは、消えていた。
ユッキーは、いち早くその事に気が付いた。
「バディは?」
「おかえりなさい……その事については広場で話すわ。スト君とスカイリングで通話していたようね。広場に来ているみたいだから、一緒に行きましょう」
「お、おう」
ユッキーと二号は、ナディア達と一緒に広場へ。
RS・ティラオスとRA・ティラメスは、空高く飛んで姿を消した。
広場中央には、元代表代理のスト、現代表代理のコシロウ、受付のボディ、リンス、シャンプーの三姉妹、便利屋ハスキルーのキングとクィンの間にすすり泣くハナがいて、バディの相棒トリィは、受付カウンター傍の物陰に立っていた。野次馬に紛れて運び屋のオヤジもいる。
ナディア達に気付いたストは、ゆっくりと歩いて来るナディアを見た。
「ナディア……おかあさん」
「スト君、大丈夫だった?」
……ナディアのセリフが柔らかい。
ユッキーが、ナディアに詰め寄ったからだろうか?
「怒っていますか?」
「……何故?」
少し微笑むナディア。
謎の緊張感が走っている。
ユッキーは、痺れを切らして二人の間に入って行く。
「すんません、お取り込み中失礼しますが、バディが見当たらない」
「そんなに彼女の事が気になる?」
「そういう訳じゃないけど……何気にこの世界での付き合いは長いので」
「バディは……研究所内にて事情聴取されています」
「事情聴取!?」
「バディは私に何か隠し事をしている。今回の水神による暴走は……」
ストは、怒った感じでユッキーの前に出た。
「バディさんに罪を擦り付ける気ですか?」
「そういう訳じゃない」
「だって、だって……! あの水神は、ナディアさん達が造った生物ですよね」
口に手を当て驚きを抑えるユッキー。
「水神を造った!?」
「確かに水神ヘキサトリトンは、ガンオタである私達の部下が造りました」
ガンオタとは、ガン○ムオタクの略である。
「その設定いる?」
「この世界の亜空間を発生させるモンスター達だって……!」
「ナディアさん達がモンスターを作ってたの? それを、バスター達に討伐させるってどういう事だよ……!」
「僕は、ジュラシックパークのような遊園地施設だと聞いていたから……それで稼いだ資金でお父さんの病気を治す為の治療薬を作るって……! でも、ハスキルーやモンスターになった子達が討伐されている所を見て、だんだんと何かが違うって思うようになって……」
ナディアは、ストの怒りに対して揺らぎを見せなかった。それは、コシロウやハスキルー達を除くTIMカンパニーの面々も同様だった。
一方、街の住人達や現地の人はざわめいていた。
「病気を治す為の糸口になっているのは、本当だよ?」
ユッキー、再びナディアとストの間に入る。
「ちょっと待って、話が何処に向かっているのか見えない。ハスキルーがサイボーグなら、ハスキルーから進化するジュラシックモンスターもサイボーグという事になるけど……。それと、スト君の父親の病気を治す事と、モンスターを討伐させる行為はどう繋がる訳?」
「場所を変えましょうか」
ユッキー、二号、ナディア、ストは、ナディア研究所へ行く為に、クエストカウンターの横を通った。
歩行中、ユッキーの視線は、すすり泣くハナに向いて次にトリィの方へいった。
トリィは、険しい表情で視線を返し、言葉を発っさずに口を動かしていた。
ユッキーは、「えっ何?」といった顔をして、トリィから視線を逸らした。
所長室に入る一同。
ユッキー、二号、ストは、それぞれ自分の席に座った。
ナディアは、人数分珈琲を淹れて、それぞれの席に置いた。
「入って来なさいよ。聞いてるんでしょ?」
ナディアが大きい声で何処かに向かって話すと、十数秒後にコシロウが所長室にやってきた。
「バレてましたか」
「この時代の盗聴器なんて、すぐにわかるよ」
「それより、あんな事を広場の中心で言ったら大騒ぎになるぞ?」
「ショーの一環だと言えば、大半の人は納得してくれるわ。街の方は、部下達に任せているから心配ご無用。子供が荒唐無稽な話をしたって、誰も信じやしない」
ユッキーは、ナディアの傍に座り直した。
「ナディアさん……病気を治す事と、ジュラシックモンスターを作った事の繋がりを教えてくれ」
珈琲を一口入れてから話すナディア。
「私達が未来から来たという話は聞いているわよね? 私達の時代では、ある資源が枯渇していて、そのせいで治療法の無い病気が蔓延してきているの。スト君の父親……私の夫は、その病気にかかっていて、治療の糸口を探る為に私達はこの時代に来たの」
「うん、それで何故モンスターを作った?」
「効率よくその資源を集める為」
「その資源って?」
「おしえなーい」
「何でや! ……あんなにリアルなモンスターを量産する必要は無いだろ。元々病気の動物達なら、可愛そうじゃん。そんなんだからスト君が怒るんじゃん」
「サイボーグというのは、半分正解で半分不正解」
スト、ナディアのサイボーグ発言に反応する。
「どういう事ですか?」
「貴方に教えた事が全て正解ではないという事。そして、恐らくバディも私に全ての正解を教えていない。水神はあくまで外敵を追い払う為に造ったもの、あんな形で街に危害を加えるだなんて想定外だった」
「バディは、これからどうなるんだ?」
「暫くは隔離する」
「俺に秘密を探られたくないから、隔離してるんじゃないか?」
「それも少なからず理由としてある。……こんな事を言うのは可笑しいかもしれないけど、ユッキーが記憶を取り戻すのが一番早いと思う」
「そう言われてもなぁ……」
「……だって、ユッキーも私達と同じ未来人なんだから」
イベントが終了し、画面が真っ黒にフェードアウトした。
ユッキーは、「霹靂瞬く武士を鎮めし者」のメダルをゲット。このメダルは、Tクラスの暫定ラスボスをクリアしたという証となる。続きのストーリーは、アプデを待とう。
このイベントが終了すると、自動セーブされ、そのままログアウトとなる。ユッキーもその流れに沿ってログアウトしていった。
ハルガに与えられた条件を見事クリアしたユッキーは、ジュラシックバスターの冒険に一区切りをつけたのだった。




