269 ヒジカタ、願いの果てに。
圧縮されたそれは、ドクンッ、ドクンッと鼓動を鳴らし、雷鳴を轟かせてながら花開くように爆発した。そこから青と灰色の雷雲を思わせる毛並みをした巨大な狼が波立つ海上に顕現した。
「テディァァァノアッ!!」
壮観たる狼に、バディはゆっくりと接近した。足が波に打たれながらも、巨大な狼を見上げたバディは、高揚した表情を見せた。
「テイデンスサノオ……亜種!」
ヒジカタ改めテイデンスサノオ亜種は、禍々しい水神に体を向けて睨みつけた。そして波を駆けて加速し、荒れ狂う大海を飛び跳ねて、嵐を支配するヘキサトリトンへと立ち向かった。
「テディァァァノアッ!!」
テイデンスサノオ亜種は、ヒート状態となって黄金の煌めきを体中に纏いながら実体のつかめない黒い渦の水神ヘキサトリトンに雷撃を放った。ヘキサトリオンも、テイデンスサノオ亜種相手に四方八方からスプラッシュビームを放って反撃した事で、本格的な乱戦が始まった。
テイデンスサノオ亜種は、ヘキサトリオンからスプラッシュビームを受けて大ダメージを受けながらも、ヘキサトリオンに対して間髪を入れずに電撃を浴びせ続け、禍々しい大渦を陸地から遠ざけていった。縦横無尽に空間を割く電撃は実体のつかめないヘキサトリトンに効果があった。
二体の乱戦は続き、水神の拡張は徐々に収まっていく。雷雲の隙間から光が射す頃には、禍々しい物体は小さくなり海に押し込まれていった。
「ヒジカタ、凄いぞ!」
拳を上げて喜ぶユッキー。
「お父しゃん……」
ユッキーの胸元で心配そうにしているハナ。
「テディァァアアァノアッダァ!!」
水神ヘキサトリトンを撃退したスサノオ亜種だったが、水神から漏れた青い鳥がスサノオ亜種に群がり、巨大な狼を苦しめていた。スサノオ亜種の目は虚ろとなり焦点が定まらず、数秒間目が閉じてからパッと目が開くと、黄色い瞳は真っ赤な紅に変化していた。
海上で静かに立つスサノオ亜種は、海洋拠点を睨みつけた。そして、海洋拠点に向かって駆けだした。
「こっちに向かって来てない……?」
「お父しゃん……!」
「ヤバイヤバイヤバイぞっ!」
ユッキーとハナは、てんてこ舞いになっていた。
「レウスカイッ!」
RS・ティラオスは、臨戦態勢を取っていた。
「ユッキー、そこから離れて! 街の方からビームが飛んでくるから!」
「何っ!?」
バディは、叫んでから物陰に隠れた。
ユッキーは、ハナを抱えながら海洋拠点コスモ・ラメールとスサノオ亜種を繋ぐ直線状から逃れるように走って逃げ、RS・ティラオスは上空に飛び立った。
コスモ・ラメールのナディア研究所内のシーンに移行。
研究所内の司令塔のような場所に、ナディアとその部下達がいた。
その場所は、戦艦のコックピットのような仰々しい施設となっていた。
艦長のような振る舞いで、ナディアは腕を前に出した。
「放テェッ!!」
研究所の屋上のシーンに移行。
そびえ立つビーム砲台の先端に光が集中し、海上を駆けるスサノオ亜種に向けてビームキャノンが放たれた。
ビームは広場上空を通過し、スサノオ亜種に接近。
スサノオ亜種が陸地に足を踏み入れた瞬間にビームキャノンがヒットした……が、スサノオ亜種の電磁バリアにより、眩いビームはスサノオ亜種の前面から拡散、放射していった。
ビームの効果が無かったように思われたスサノオ亜種だが、水神との激闘によるダメージもあってか、その場に伏せて倒れ込み、砂浜に亜空間を展開してから巨大な体躯を消した。
ユッキーは、スサノオ亜種の展開した亜空間に近づいて手を突っ込んでみる。
手は、にゅるんと入った。
「……どうなったんだ? ヒジカタは無事なのか?」
手を抜くユッキー。
バディも亜空間に手を入れようとしたが、電撃に弾かれて入らなかった。静電気に驚いたような感じで、バディは亜空間から距離を取った。
二号とハナも亜空間に触れてみる。二匹は電撃に弾かれなかった。
怒涛のイベントが終了し、一端自由行動に。
困惑気味のユッキーは、取り敢えずバディに話しかけた。
すると、街の方からナディアとその部下達がやってきた。
「ユッキー、バディ、そしてハナちゃん……大丈夫だった?」
「俺達は大丈夫だけど、さっきのビームは一体何だったんだ? 何でアレをヘキサトリトンに使わないんだ?」
「ヘキサトリトンは大きすぎるし、私達が観測した時点では体力がフルだったから、水神相手に使っても利かなかったと思う。ヒジカタのサイズは、まだ許容範囲だったし弱っていたから……」
「ヒジカタは大丈夫なのか? 大丈夫なんだろうな!」
「あれは亜空間に押し込む為に撃ったものだから、大丈夫だと思うけど……拠点を襲うような事になれば、彼も対処しないといけない」
「そんな……」
ナディアは、動揺しているユッキーをよそに、スサノオ亜種が展開した亜空間に触れた。ナディアの手は電撃に弾かれた。
ナディアは、自分の部下達に視線を向けた。ナディアの部下達も次々に亜空間に触れたが、ナディアと同様に部下達の手も弾かれた。
考え込むナディアに駆け寄るバディ。二人で数秒間言葉が交わされた後、ナディアとバディは、ユッキーの方を見た。
ユッキーに近づくナディア。
「ヒジカタ……テイデンスサノオ亜種が展開した亜空間は、恐らくユッキーとハスキルーしか入れない特殊なテリトリーになっているのだと思います」
バディが前に出る。
「スサノオ亜種を倒せるのは、バスターさんしかいない」
「ちょっと待って、ヒジカタを倒せって言うのか!?」
ハナ、会話中のグループの中心まで歩いて来た。
「バスターしゃん……きっと、お父しゃんが正気に戻ってくれたら、私達の味方になってくれると思いましゅ……。今回のクエストは、私から依頼しましゅ。お願いしましゅ……お父しゃんの心を取り戻して下しゃい」
「ハナちゃん……」
ハナは、バディの所までトボトボと歩いて行った。
バディは屈んでハナの言葉を聞き、それをクエストとして起こしていった。
クエストの依頼を受理したバディは、立ち上がってユッキーを見た。
「今回のラスボス級クエストに参加出来るのは、バスターさんだけです。お供は大丈夫みたいなので受け付けています。準備が出来たら、私の所へクエストを受けに来てください!」
バディのその言葉で、一連のイベントが終了した。
「暫定ラスボスは、ヒジカタの事だったのか……」
感情が不安定な様子のユッキーは、バディに話しかけ、Tクラスの暫定ラスボスとなるメインクエストの内容を確認した。
メインクエスト名は、「霹靂一閃テイデンスサノオ亜種」。
依頼主はハナ。内容はバディの手が加えられている。
「お父しゃんが、この拠点を守る為に巨大な狼となって水神に立ち向かいました。でも、青い何かに苦しめられて暴走してしまいました。バスターしゃん……どうか、お父しゃんの心を取り戻して下しゃい、お願いします!」との内容。
参加条件は、BR「100」、HBR「50」以上。
クリア条件「テイデンスサノオ亜種の撃退」。
失敗条件「制限時間経過」「三回戦闘不能」。
参加人数「一人まで」。ハスキルーは参加可能。
暫定ラスボスのメインクエストは、ソロ限定クエストとなっている。
ソロ限定という事もあり、ユッキーは一人で装備ビルドを考え始めた。
T・レックス派生の大剣を作ろうとしたようだが、素材が足りず、ハナの便利屋を利用していた。キングの「ポイント交換所」は、Tクラスに入るとハナの便利屋でも利用出来るようになっている。足りない素材が丁度あったので、ゲーム内電子マネーを支払って購入していた。
製造して装備した大剣は、「時空土虎大剣」。
時空シリーズは、ほとんどの武器種が無属性なのだが、大剣に関してはサブに土属性が付いている。デフォルトで「無属性強化」スキルが付与されるシリーズ武器で、通常時はTクラスで不利になりやすい無属性の強化で火力を出し、土属性弱点の相手は無属性強化スキルが乗らない分を属性相性で火力を出すという戦い方となる武器。その特性上、他のTクラス武器とは使用感が異なる。
スサノオ亜種は、見るからに雷属性だったので、土属性で弱点を突いて戦おうという算段なのだろう。
防具は、T・レックスとポン・デ・Sのキメラ装備で、雷耐性を高めていった。
食事を済ませて装備を整えたユッキーは、胸に手を当てて深呼吸をすると、二号に駆け寄って顔をびよーんと伸ばした。
「まだ、なにもしてないふぁん」
「ゴメン、何か落ち着くから」
小さく笑ったユッキーは、立ち上がった。
「二号も行くだろ?」
「勿論だワン!」
前回のメインクエストとは違い、既に自発条件は満たしている。
ユッキーは、バディに話しかけてTクラス最後のメインクエストを受注した。




