26 フルヌードダビデ 『〇』
フリージオはフランスで知らない人はいない程の有名人で、王室の人間でありながら、雑誌モデルやメディアなどでマルチタレントとして活動をしている。人生の九割を男装して過ごしており女性からの人気が高く、フランス国内で抱かれたい「男子」一位を七年連続獲得している。華々しい活動の一方でミステリアスな部分も多く、その二面性が人気に火をつけたとも言われている。
「君達、証拠が出なくて困ってるんじゃないかな? 僕が協力してあげようか」
オネットは口に手を当てる。
どうやら腑に落ちない点があるようだ。
「フリージオ殿は、リップホイップフランス支部の筆頭株主ですよね。我々に協力する理由は無いように思いますが」
「僕……メンズ・オークションの配信を見て、ゆきひと君のファンになっちゃったんだ。だから何か力になりたくて」
「……俺の何が良かったんですか?」
「予感がした。君となら何か面白いことが出来そうだなって」
曖昧な表現だ。
ゆきひと自身、凄い人物に評価されるのは単純に嬉しいことだが、デュランと同じく裏があるのではないかと警戒してしまう。
「具体的に教えてほしいです」
「そうだなぁ。その筋肉、その筋肉が素晴らしいよ」
「えっ、そうですか」
ゆきひとは照れる。
筋肉にチョロかった。
「それだけじゃない。普通なら精神的に可笑しくなっても仕方がないこの状況で、あれだけのパフォーマンスを魅せたんだ。そんな君に凄い魅力を感じた。僕は魅力ある人が大好物なんだよね」
「あ、ありがとうございます」
「フリージオ殿、理由はわかりましたが、何か手はあるんですか?」
フリージオは指を鳴らす。
「ゆきひと君。僕の家でフルヌードモデルやらない?」
「……!? 証拠を掴むのと、俺がフルヌードをやるのと、どういう関係があるんですかっ!」
「クリエイターのアンサリー女史を僕の邸宅に呼んでデッサンさせる。詳しいことは成功したら教えるよ」
他に手が無い以上、この提案に乗るしかない。
ゆきひとは自分がパラリーガルとしてあまり役に立っていないことを気にしていた。今の妻であるオネットの役に立ちたい。そう思えばフルヌードぐらい大したことではないような気になっていた。
「わかりました。俺、フルヌードモデルやってやりますよっ!」
「そうこなくっちゃ!」
フリージオはノリノリである。
上手く乗せられてしまった感のあるゆきひとだが、堅苦しいスーツをずっと着ていたこともあり、少し解放的な気分を味わいたいという気持ちもあった。
つまり、ゆきひとも少しノリノリだった。
フリージオの邸宅では小鳥がさえずり、庭は深緑で染まり整えられていた。デッサンを行う部屋から、その光景がよく見えた。
アンサリーは「わぁ」と言いながら、豪邸の庭を見て感動していた。王子の邸宅で世にも珍しい男の肉体美を描けるとあれば、クリエイターのアンサリー女史が食いつかない訳がなかった。
アンサリーはショートボブの眼鏡っ子の二十六歳。黒のワンピースを着ており、とても控えめな印象だった。本来であれば敵陣に乗り込むような真似を弁護士が止めるのだが、アンサリーが雇っているのはAI弁護士。法律の知識や裁判での補助の役割をこなすが、依頼人の行動にまで口は出さない。フリージオがリップホイップフランス支社の筆頭株主ということもあり、完全に油断していた。
フリージオは部屋のドア付近(庭の見える場所の反対側)の小さい椅子に腰かけてタブレットを見ている。近くには円形のテーブル。上にはティーカップが二セット。フリージオの向かいにはクレイが座っていた。二人の麗人は絵になる存在で、アンサリーの萌えレーダーに引っかかった。
「とても素敵な豪邸にお呼び頂きありがとうございます」
アンサリーは二人の麗人を凝視した。
「お、お二人はどのようなご関係で?」
「クレイとは古くからの友人なんだ」
笑顔で答えるフリージオとは対照的に、クレイは静かに紅茶を飲んでいた。
アンサリーの目には男装の二人が王子達のティータイムに見えている。クリエイターは至福の顔をしていた。
そんなお淑やかな空気の部屋に屈強な男が入ってくる。
バスタオルを腰にかけた上半身裸の男。
突然のマッチョにアンサリーは心を奪われた。
「ダ・ビ・デ・ゾウッ!」
口を両手で押さえて興奮している。日本の男装ホストクラブに数回足を運んだことのあるアンサリー。ホストの王子達に囲まれた状況とは違う衝撃に体のマグマがほとばしっている。手さげバックからノートと鉛筆を取り出し、ハヤブサの如く絵を描き始めた。
ゆきひとは戸惑いながら部屋の中心で仁王立ちをする。そんなマッチョの様子にアンサリーは不満を漏らす。
「初対面で失礼ですが、フルヌードとお聞きしたんですけど。……下は取らないんですか?」
「そ、そうですね」
半裸は慣れている。
全裸も経験はある。
だがまじまじと目視されて、作画対象にされるという経験は無い。
男は目を瞑り意を決する。
そして恥を捨てる。
男の投げ捨てたバスタオルはクレイの方に飛んでいき叩き落とされた。
彫刻のような全体像が浮き彫りになり、下半身には新世界が広がっている。
アンサリーは全てをさらけ出した男の肉体美に我を忘れた。
三十分が経ち、フリージオはタブレットの電源を落とした。興奮しっぱなしでデッサンをしているアンサリーに加わり、スマホで「ダ・ビ・デ・ゾウッ」を撮り始める。
「……ちょっと」
ゆきひとは抵抗した。
「動かないで!」
アンサリーに静止させられた。
結局証拠を得られたのかわからないままアンサリーのデッサンは終わり、彼女は満足して帰っていった。
ゆきひとはやっと服を着ることが出来た。
「結局証拠は掴めたんですか?」
「バッチリだよ」
余裕の表情のフリージオは、親指と人差し指で丸を作った。
ゆきひとは日を改めて詳細を聞いたが、その技術は男のいた時代には無く、それが証拠として使えるのか理解出来なかった。
五月中旬。裁判の前日。
証拠を掴んだゆきひとは、アンサリーの不倫相手と思われるデュランに電話をかけた。AIのキャラクター、デュランは即座に応答する。
『何か進展はありましたか?』
「証拠は掴みました。……恐らく裁判はこちらが勝つでしょう。不倫を認め和解するようアンサリーさんを説得して頂けませんか?」
『僕の意見がアンサリー様に通ると思いますか?』
「それはわかりません」
『……少し質問してもよろしいですか?』
「どうぞ」
『……恋人と家族、何方かしか救えない状況だったら何方をとりますか?」
ゆきひとにとっては難しくはない質問だが、あまり考えたくない内容だった。
顔が強張ってしまう。
「俺にとって血の繋がりはそれほど重要ではない。……けど、その時に大事だと思う方を助けると思う」
「曖昧な答えですね」
「そういう返し方をされた俺の気持ちが少しはわかったんじゃないですか?」
戸惑うAIの声を聞いて、ゆきひとは笑ってしまった。
「大変参考になりました。……意外とドライなんですね」
「そうですかね」
「ゆきひと様、質問に答えて下さったお礼に僕の真意をお教えします。そのことを其方の弁護士先生にお伝えして頂いてかまいません」
デュランは今回問題になった経緯、自分がどうしたいのかを淡々とゆきひとに語った。その真意は裁判をかく乱する為なのかはわからない。もしその内容が事実だとするとオネットは裁判で窮地に陥るかもしれない。
デュランは「法廷で会いましょう」と言って電話を切った。
ゆきひとはデュランから聞いた内容をオネットに伝えるべきかどうか悩んで立ち尽くしていた。




