25 英国紳士に困って男装王子現る
依頼人の名はトロワ・ウィッチ。ヴァーチャルダーリンとの結婚歴は約一年。彼女が訴えている相手は、リップホイップのフランス支社専属クリエイターのアンサリー・ブラックだ。トロワの結婚相手は三次元のヴァーチャルオリジナルキャラクターのデュラン。このデュランと専属クリエーターのアンサリーが不倫しているのではないかという話だ。
裁判は既に数回行われ、デュランの態度が可笑しいという点で攻めてはいるものの、決定的証拠がなければ勝つのは難しい状況になっている。基本的にヴァーチャルダーリンの不倫の裁判で勝つには、直接的な不倫現場の映像を入手する他ない。本場日本に比べてフランスでは事例すら少なく、今回訴える相手はAIを管理しているクリエーター。これは初のケースで、ヴァーチャルダーリンの案件を扱ったことのないオネットは苦戦していた。
勝つ見込みが無いと思われるが、依頼人は自信たっぷりで絶対に不倫していると譲らないのだという。実際に怪しい面がない訳ではない。トロワの夫デュランが自身の記憶データの提示を拒否している点だ。人権を得た彼に拒否権は勿論ある。
もし次の裁判までに証拠が見つからなければ、敗訴は免れないだろうというのがオネットの見解だ。
「つまり映像証拠が出れば勝てるってことですかね」
「まぁそうなんだが……勝訴してるケースは、不倫状況を自撮りした物がうっかりミスで流失してしまってっ……ていうパターンが大半なんだ。アンサリー女史は大手の所属クリエーターだし、映像を残して置くことはないと思う。デュランを説得するしかないかな」
「相手の弁護士はどういう人なんです?」
「相手はAI弁護士のナポレオーネだ」
「エーアイ弁護士……だと? それって舐められてませんか?」
「AI弁護士は法の下では公平だから心証は悪くない。弁護士でも不正を働く人間はいるからね。むしろ正々堂々と戦える。AI弁護士の依頼は民事限定にはなるがコストが安い。その分本人もある程度法の知識がないと戦えない。まぁ、理由の大半は男の弁護士がいいって言う人が多かったりもする」
「うーん、俺って何か役に立てますかね」
「一度デュラン殿と話して見てくれないか? 男同士なら何か答えてくれるかもしれない」
オネットとゆきひとは、依頼人のトロワのマンションへと向かう。豪華で煌びやかなエントランス。オートロック、エレベーター完備で高級マンションなのは間違いない。
インターホンを鳴らすと困り果てた様子のトロワが出迎えた。そのトロワはゆきひとを見た瞬間、驚いて髪を整えた。そして二人をダイニングまでシャキシャキと案内した。トロワは二十代の女性で、いかにもお嬢様といった雰囲気を醸し出している。ダイニングにはテレビや小型モニターが数台ある。恐らくそこにヴァーチャルダーリンが現れるのだろう。高級ソファに二人が座った後、トロワが再び困り顔になって口を開いた。
「そういえば弁護士さんは、今結婚されてるんですよね」
「そうだな。ゆきひと君には今自分の補佐をしてもらっている」
「生身の男性を見るのは初めてなので驚きました」
「さっそくなんだが、デュラン殿と対話を希望したい」
トロワはため息を吐く。
「会話になるかわかりませんが……どうぞ」
トロワがこめかみに手を当てると、窓際に設置されたモニターにデュランが現れた。ナノマシンに反応して呼び出すシステムなのだろう。デュランは英国紳士風の四十台ぐらいの見た目の男性。優しそうな雰囲気で落ち着いている。
オネットとトロワは別室に移動。
ゆきひとはデュランと対話を試みる。
「初めまして。弁護士補佐をしている大桜ゆきひとと申します」
デュランは少し考える仕草をとり、ゆっくりと口を開いた。
「アンドロイドですか?」
AIにアンドロイドだと疑われると、不思議な気分になる。
「いえ、生身の人間です」
「少し調べますので、少々お待ちを」
モニターにNow Loadingの文字。
「失礼致しました。第三回メンズ・オークションに出場された方ですか。この度は大変な思いをされましたね」
「いえいえ。……って、そういう話をしに来たんじゃないです」
「と、言いますと?」
「単刀直入に聞きます。不倫されてますか?」
「さぁ」
否定も肯定もしていない。
不思議というか不可解だ。
ゆきひとは質問の内容を考えて腕を組む。
唸り声を上げて貧乏ゆすりをする。
「不倫についてどう思われますか」
「悪いことだと定義されていますね」
「では不倫されてないんですね」
「それは……どうですかね」
はっきりしない。
ゆきひとは心の中で「ぐぬぬ」と声を出す。
AIだというのに何を考えているのかわからない。
「ゆきひと様。今僕から話すことはありません。もし証拠を掴んだというのであればお話を伺います。そのスマホに僕のID及び連絡先を登録してもいいでしょうか」
「構いませんよ」
ゆきひとがスマホを確認すると、デュランの連絡先が登録されていた。モニターに視線を戻すと既にデュランはいなくなっていた。
トロワに対話の結果を伝えた後、オネットとゆきひとはマンションを後にする。デュランからの証拠提示は絶望的で、別の手段で何かしらの映像証拠を探す必要があった。
行き詰まった二人に協力したいという人物が現れる。
その人物はオネットの個人事務所にやって来た。
光り輝く天使の羽のような白い髪で少し癖のあるミディアムヘア。細い腕は透き通る肌。白いYシャツに青いデニム。初見でも一般人ではないという直感が働くような不思議な容姿。
掴みどころのない見た目にゆきひとは戸惑った。
「えーっと、今話題のヴァーチャルダーリン不倫裁判が気になって来ちゃいました!」
固まるゆきひとをよそに、オネットは来客の麗人と握手をしていた。
「ゆきひと君! この人はこの弁護士事務所の支援者なんだ。君も元気いっぱいに挨拶をしてくれないか?」
ゆきひとは戸惑いながらも、来客の麗人に挨拶し自己紹介。
麗人は手を差し出し握手を求めた。
「僕はフランス王室の第一王子、フリージオ・エトワールさ! よろしくな!」
僕、王子という言葉。女性に見えるが言葉使いは男性だ。ゆきひとはフリージオと固い握手を交わす。
これがゆきひととフリージオの初めての出会いだった。




