244 あの人に電話してみた
二月中旬以降は、ハーフアニバーサリー間近という事もあって、僕は新武器のテストプレイなどをしていた。
新武器の実装は、七周年アニバーサリーの時だが、事前情報としてハーフアニバーサリーに情報が流れるので、この時期にもうやっている。
僕が忙しくしている中、ユッキーが約三週間ぶりにログインしてきた。
日付は二月二十二日で、にゃんにゃんにゃんの日だった。
僕はリアタイしようか迷った。内情を知りすぎたせいで追い詰められている上に、隠れて観察していた事に少し罪悪感もあったからだ。
その日は忙しかったので、録画して後日見る事にした。
ここまでが二月中に起きた事だ。
三月に入ってから時間に余裕が出来たので、二月に録画していたユッキーの動画を見る事にした。
リアタイしない動画は「1、5倍速」で見る事が多いので、今回視聴するユッキーの動画も無意識に「1、5倍速」にしていた。
ルームには、ユッキー、オジサン、セイカ、ラスカル、ウサギ、セカンドという、五人と一匹のサークルメンバーが勢揃いしていた。後一匹いたような気がしたが、多分正式メンバーという訳ではなさそうなので、今は気にしないでおこう。
ハルガがユッキーに課したフレンドの条件を考えると、オジサン、セカンド、セイカ、ウサギとのプレイが禁止されていたので、これはどういう状況なのだろうかと思った。僕が色々思考を巡らせている内に、セイカがユッキーの前に立ち、他のメンバーが周囲を囲っている構図になった。
「ユキーワタシトノヤソクオボテル?」
「ショジキニユトレラクキテオモダシタ」
……ヤバイ、聞き取れない。
重要な場面っぽいし、標準速度で聞くか。
会話が始まる部分まで、動画を巻き戻した。
「ユッキー、私との約束覚えてる?」
「正直に言うと、連絡が来て思いだした」
「まぁ、私も第一エンディングまで付き添わなかったから仕方ないけど……」
「それは……さて置いて、言いたい事があるのだろう」
「言いたい事というか、まず、Sクラスクリアおめでとうございます! ……という事で、取材させて下さい!」
「ハイッ!」
そういえば、ユッキーがSクラスをクリアしたら、セイカから取材を受けるという話だった。
「……あ、どうもありがとう」
「……で、何の取材だ?」
「貴方達の目的を教えてほしい」
「うーん、それはなぁ」
ハルガに対しては仲間にするつもりだからか、いずれは教えるような流れではあったが、セイカに対しては情報を出し渋っている。……というか、セイカはユッキー達の目的を知らないのか。
「……取り引きしない?」
「取り引き?」
セイカは、ゲーム内で使えるデジタル携帯端末を取り出した。
ゲーム内携帯端末は、リアルの物と情報を共有出来る代物である。
「もし、貴方達の目的を教えてくれたら、ヴィーナ・トルゲスさんの連絡先を教えてあげる」
「……なん、だと!?」
ユッキーは、大げさなリアクションをした後、腕を組んで考え込んだ。
オジサンは、険しい表情をしており、他のメンバーは様子を疑っているという感じだった。
ヴィーナ・トルゲスは、SWHの元日本支社代表取締役で、ユッキーと駆け落ちした事が原因で世間から消えた人だ。……これって、かなりスキャンダラスな展開なのでは?
十秒の静けさが過ぎると、ユッキーが口を開いた。
「……でもよぉ、それって、人様の個人情報だよね」
極々真っ当な意見が返ってきた。
ちょっと、引き下がるセイカ。
「確かにその通りだけど……いいの?」
「いいの?」
謎の駆け引きが繰り広げられている。
ジュラバスはそういうゲームをする場では無いぞ。
「話す機会を……この先ずっと逃すかもよ?」
「……でも、接触するのは禁止されてるし」
接触禁止?
これはヤバい。
「接触じゃない。会話をするだけ。会話が成立したら貴方達の目的を教えてほしい」
「……ていうか、その番号……生きてるの?」
「かけてみないと……わからないかな?」
「かけてみてよ。交渉は電話が繋がってからだ」
「……まぁ、そうね」
セイカは、ヴィーナの電話番号と思われる番号に電話をかけた。ゲーム内の携帯端末を耳に当てて直立不動になる。
ルーム内の視線は全てセイカに集まっており、只ならぬ緊張感がルーム内を埋め尽くしていた。
五秒経過。
セイカ、一度携帯端末を耳から離す。
再び、電話。
十秒経過。
「出ないわね」
「その番号、偽物なんじゃないか?」
「……そんな訳ない。情報源の信憑性は高いから」
「その情報源は誰よ」
「流石にそれは……情報提供者に対する守秘義務が」
「セイカが言えないなら、俺達も言えないぞ」
「……ぐぬぬ。ちょっと待って」
こめかみに手を当てるセイカ。
誰かと連絡を取っているようだ。
一分後。
「連絡早。……許可が下りた。情報源は萌香様よ」
もえかさま?
早速、名前を検索した。予測ワードで「和宮萌香」という名前が出て来た。多分「もえかさま」は彼女だ。
世界に七人しかいない純血の日本人で、現在の職業はYOーチューバーとの事。彼女は第三回メンズ・オークションの出場者の一人で、アンドロイドの暴走事件が日本の京都で起きたという事もあり、ユッキー、セイカ共々、和宮萌香と面識があるという事のようだ。
「セイカお前、何時の間に萌香と主従関係を?」
「そんなんじゃない。彼女、リスナーに自分の事をそう呼ばせているのよ」
「そういえば今、YOーチューバーとかやってるんだよな。どの道、萌香から貰ったその番号は既に使えないんじゃないか?」
「私が今使った番号は、萌香様とヴィーナさんが、ライブの連絡時に使用していた番号みたいなの。……はぁ、確かに使えなくなっている可能性は高いか」
肩を落とすセイカ。
「まぁ、使えないなら仕方ないさ。HAHAHA……」
気まずい展開を回避出来て安堵している感じのユッキー。
「取り敢えず、今日はこれで解散しようか」
「そういえば、これからどうするの? フレンドとプレイせずに、Tクラスの暫定ラスボスを倒さないといけないんでしょ?」
「あぁ、そうなんだ。厳密に言うと、オジサン、セカンド、セイカ、ウサギちゃん以外だ。……ていうか、暫定ラスボスって何? 何故暫定?」
「Tクラスのシナリオは、まだ完結してないらしいのよ。Sクラスをクリアしてから三週間経つのに調べてなかったの?」
「少しでも調べると、ネタバレ踏みそうで」
「そういうの気にするんだ。私もそこまではプレイしてないから詳しくはわからないんだけど」
セイカの言う通り、Tクラスのシナリオはまだ完結していない。
Tクラスの暫定ラスボスとは、Tクラス実装時に追加された最後のメインクエストのボスで、Tクラスの真のラスボスという訳ではない。
「わからないなら、無理に教えてくれなくていいぞ」
「ねぇ、もしよかったら……二号をクエストに連れてってくれない? 条件を逸脱しないし、枠も空いてるでしょ?」
……二号?
……あの写真撮りたい犬か。
「え……? 考えておくよ」
複雑な表情のユッキー。
全員がルームを離脱したので動画が終了した。
二月二十二日の録画視聴を終えた僕は、今さっき見た動画が気になって再視聴しようとした時、丁度ユッキーがログインしてきた。
只今、三月一日の十五時半。
どうしようか……リアタイしようかなぁーやめとこうかなぁー。
時間もあるので、リアタイする事にした。




