24 蒼穹間の不倫案件
「思いつかないから、答え教えてくれないか?」
「……もう一つは男性型アンドロイドや架空キャラクターとの結婚です」
「……!? 冗談だよね」
「ガチです」
「ガチかー」
「アンドロイドの結婚……アンドロイドウエディングの大手はSWHなので、ヴィーナ社長が詳しいと思いますよ。忙しいと思いますが電話してみたらどうですか?」
「そう……だな」
ゆきひとは、客間の固いベットの上でヴィーナに電話をかける。
使い慣れた通信機器があるのは、とても有難いことだ。
ナノマシンのシステムも慣れれば色々出来るのであろうが。
数回呼び出し音が鳴った後、通話状態になった。
「忙しい中すみません」
『ゆきひとさんどうしました? ゆきひとさんとのコミュニケーションも仕事の内なので、遠慮せずに電話して下さい』
何時でも電話していいという言葉に嬉しい気持ちが湧く半面、仕事の一環だと言われると寂しいものがある。
セラから聞いた情報を元に現在の結婚事情について聞いてみた。
その内容はにわかにも信じがたいものだった。
成人女性の結婚や独身の割合は半々で、結婚している女性の約七割が同性婚。残りの三割は、アンドロイドか架空キャラクターとの結婚になる。後者は金銭的な面や覚悟でハードルが高い。アンドロイドや架空キャラクターとの結婚は生涯契約となり、専属のクリエイターが就く。独自のAIでもメンテナンスやUPデートが必要になるからだ。結果、一般的なAIに比べて個性的で感情豊かなAIに仕上がっていく。
アンドロイドとの結婚の本場はアメリカ。セラが言っていた通り大手はSWH。初期費用や維持費用の高さから一部の富裕層にしか手が出せない代物で、絶対数は多くはないのだが、生涯契約なのでかなりの収入源になるらしい。
一方の架空キャラクターとの結婚の本場は日本。株式会社リップホイップが大手で、二次元と三次元のタイプがある。元々はヴァーチャルユーチューバーを主体とした会社だったが、ウエディング事業にも手を出した所、大きな成功を収め大企業へと発展していった。フランスにも子会社がある。初期費用はアンドロイドの結婚より安く十万円から。金額もさることながら問題なのは両者共覚悟の方。
一度結婚してしまうと、余程のことがない限り離婚が出来ない。しかも夫となったアンドロイドや架空キャラクターに「人権」が発生する。人と同じ扱いになり、気に入らないからといって破壊したりデリートすると殺人になる。
「とても参考になりました。ありがとう」
『いえいえどういたしまして』
想像を超える結婚事情に冷や汗が出てしまう。
空港施設やこのマンションのように変わらない物もあれば、ナノマシンやアンドロイドなどSF世界まっしぐらな部分もある。この時代は必要な物は一変させ、残した方がいい物は残しておく。ゆきひとにとってそんな印象を与えた。
難しい案件。それは恐らく後者の方ではないかと予感させた。
ゆきひとはクレイやセラと共にパリ観光をしながら法律の勉強を始めた。強風の中、凱旋門を見て回る。この門は英雄ナポレオンによって建てられた力の象徴だ。本やスマホを駆使して勉強している過程で凱旋門の情報が目に入り、行ってみたくなったのだ。エッフェル塔やルーブル美術館などにも足を運んだ。何時の間にか観光が主体となっていたので、ゆきひとはクレイに「法律に詳しくなったのか?」と突っ込まれる。それもあってか、ゆきひとは法律に詳しくなった。
二週間後。
法律に詳しくなったゆきひとはオネットの補佐、パラリーガルとなった。
短髪を無理やり七三にして伊達眼鏡をかける。グレーのスーツを着るが筋骨隆々の為、ぱっつんぱっつんになっている。体から入っていく作戦だ。
オネットの個人事務所に向かう。こちらも弁護士のマンション同様、年季の入った建物で、全体的にブラウンカラー。内装はこじんまりとしており、最低限の家具しかない。
そこでオネットから、今抱えている案件を聞くことになる。
「ゆきひと君。これから自分の補佐をよろしく頼むよ」
「イエッサー!」
敬礼のポーズをとるゆきひと。
オネットはゴホンッと咳き込んだ。
「それでは手伝ってほしい案件の説明をしよう。クライアントからの相談、それはヴァーチャルダーリンの不倫案件だっ!」
直接言葉に出されると内容のインパクトにたじろいでしまう。
しかしゆきひとにとっては予想の範囲内だ。




