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2 プロローグ 白銀の壁 【2】

 「……ねぇ」と少し高めの声がする。「おーい」と中性的な声に変わる。「おい!」という声と共に、ゆきひとの腹部に激痛が走る。


「うおぉ!」

 

 仰向けの体を起こすゆきひと。目の前には鋼の腹筋の上に座り込む麗人がいた。

 光り輝く天使の羽のような白い髪で、少し癖のあるミディアムヘア。細い腕は透き通る肌。白シャツと白デニムからは高潔さを感じさせた。


「起きろよっ! 何で寝てんだ!」

 

 その声に反応してエーデルも目を覚ました。二日酔いから覚めるように頭を抱えている。


「エーデル、起こしてごめん!」


 突然のことにゆきひとは慌てた。


「いや、他人の気配に気が付けなかった自分に落胆しているんだ」

 

 落ち込んでいるエーデルをよそに、麗人はゆきひとの腹部を子供の遊具に見立てて跳ねた。


「あっっイヤ……それはぁ」


「ゆきひと君は腹筋鍛えるの好きでしょ」

 

 エーデルは興味ありげに天使と男神の戯れる様子を眺めている。

 天使はその視線を逃さなかった。


「小父様どうもどうも!」


「何か面倒くさそうなのが来たな」

 

 軽やかに立ち上がる麗人。

 気品漂う美貌はエーデルに会話のペースを譲らなかった。


「お初にお目にかかります! 僕は! 私は! フランス王室第一王子フリージオ・エトワールでっす! 以後お見知りおきを」

 

 エーデルの表情が曇る。


「王……子?」

 

 ガラスのブラインドが降りる。

 ゆきひとは唖然とした。


「……」


「え、何か僕悪いことした?」


 食堂が賑わっている。そこにゆきひととフリージオはいた。見物している職員の女性達に、フリージオは天使の笑顔を振り撒く。黄色い歓声が小さく響いた。

 そんな麗人をよそに、ゆきひとは鶏肉のササミをもくもくと食べていた。

 フリージオは視線をゆきひとに移した。


「何かあったの? あ、いやあの件か。そもそもそれで来てたの忘れてた。随分雰囲気変わったよね」


「そうかな。……それより王子のせいで矛盾が生じてしまった」


「何の矛盾よ」


「男の数」


「ごめんごめん。……僕はさぁ、君が元気無いと思って様子を見に来たんだよー」


「それはありがとうございます。でも俺より年上なんですから、もっと大人っぽくして下さい」


「僕から小父様に説明するよ。彼はすぐ理解すると思うよ」


「根拠は?」


「僕は彼の出場した第二回メンズ・オークションを見てるから」


 ゆきひととフリージオは並んでエーデルの部屋へと向かう。もう何度目になるのだろうか。ゆきひとはフリージオに対してそっけない態度をとっていたが、内心は明るい彼と再会したことを嬉しく思っていた。

 二人がエーデルの部屋に入ると、壮年の男は自然と立ち上がった。


「ごめんなさい。前回は誤解させたようだね。怒ってはいないよね?」

 

 フリージオは無邪気な笑みを浮かべた。


「どうかな?」


「僕は生物学的には女だけど、男装を楽しんでいるんだ」


「……そういうことか」

 

 エーデルがフリージオの言葉を理解するのに数秒もかからなかった。


「そういうこと。ユッキーは嘘をついてないよ」


「ユ、ユッキーって俺のこと?」

 

 苦笑いを浮かべるゆきひと。

 フリージオはそれを見て喜んでいる。


「やっと笑ったね」


「苦笑いって言うんだぞこういうのは」

 

 ゆきひとはフリージオのテンションに押されている。

 エーデルは深く息を吐き座り込んだ。体の力が抜けているようだ。


「で、今日の要件は何だ?」


「エーデルを救い出したい本当の理由を話に来た」


「そうか」


「それを話すには、俺がこの時代に来てからの一年間を全て聞いてもらわないといけない」


「……わかった。聞こう」


「なら決まりだね!」

 

 フリージオは指を鳴らす。青白い壁は闇を増し部屋の照明を覆い隠す。そこから光の粒が彼方此方で輝き出した。さながらプラネタリウムのよう。


「懐かしいなこれ」


 イメージシアターを見たことのある褐色の男。

 驚きのあまり言葉が出ない壮年の男。

 フリージオは星屑の上でステップを踏んだ。


「これはイメージシアターだよ!」


「今回は俺の思考に反応するのかな」


「そうそう。ユッキーのイメージがこの空間に表れるんだよ」


「そう言えばどういう原理なんだ?」


「ユッキーの体にもナノマシン入ってるよね。まぁ細かいことは割愛で」

 

 エーデルは床の星座を触る。


「数年いたが、こんな機能があったのか……」


「王子……何時の間にこんな機能を?」


「ここの病院、僕の所有物なんだけど」


「あ、そうなんだ」


「もっと驚けコノコノー。まぁいいや話し始めてユッキー!」


 ゆきひとは小さく頷いた。


 ゆきひとがこの時代に来てからの一年間は残酷でも愛おしいかけがえのない出来事の連続だった。次々と個性溢れる麗しき女性達との結婚生活を重ね、そして堕ちていった。

 ラストグリーン病院で、ゆきひととエーデルが初めて出会う丁度一年前まで遡る。

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